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サンライズ・3

「クーフーリンは聞いたことがあるぞ!」

 大和・撫子は染井・吉野の問いに元気よく頷いた。その様子にヨシノは「逆に知ってもらわなければ」と溜息を吐く。

 此処は大和城の一室。畳が敷き詰められ、一辺を残し襖が部屋を囲み、その一辺には障子がある。撫子の勉学用にと設けられたこの部屋には、撫子のサイズに合わせられた背の低い机が用意されており、その机を挟んでヨシノと撫子は正座で向かい合っていた。

「いいですか、姫。一国の主となるもの、他国のことも知らなければなりません。正直、クーフーリンを知っているだけで、そのように大騒ぎをしておれば、他の者に笑われますぞ」

 ヨシノが注意を促せば、撫子は「むー」と頬を膨らませた。

「他にも知っておる! ただ、吉野が『貴方は知っているでしょうね』的な不適な訊き方をしたから大きく答えたまでじゃ!」

「姫。そのように相手の煽りに反応してはいけませんよ」

 撫子の返しをヨシノはさらりと受け流す。

「にゅにゅぅ……」

「なんだその声? ――こほん。では、続けますよ。先程も言いましたが、エーリンはこの大陸に於いて一二を争う大国であります。そのエーリンが誇るものの代表格といえば、バンプ・ナイトの製造です。我が国、東照の宮国ではそのエーリンで製造されているバンプ・ナイトを主力として使っております」

「だから桜子は躍起になっておるのじゃな」

「そうです。今、我が国でも東照の宮国というブランドを持つ量産機の開発が進められております」

「なら、吉野の定定がその先行版なのか?」

「残念ながら、違います。あれは量産を視野に入れない特別機オンリーワンですよ。そして、量産機の方は現在遅れを見せております」

「それは何故じゃ?」

「我が国で技師の数が少ないのです。八丈軍・桜子が技師の先頭に立っている現状からわかる通り、経験豊富な技師が存在しません。――これもエーリンに頼っていた所為でもあります」

 ヨシノがそう答えると、撫子は難しい顔をしながら「うむうむ」と頷く。

「鬼の出現が濃くなり、東照の宮国も面目を保つ為に必死にならねばならぬか」

「その通りで御座います。その為、桜子は量産機以外にも、国機の製造というものに力を入れているのです」

「成る程。東照の宮国には国の顔となるバンプ・ナイトがないからのう」

「エーリンにはゲイボルクとスハアハの二騎。イスイではグスタフ。サイエンス・コメは変則的でありますが、定期的に国機となるバンプ・ナイトを選定しスター・ロンドという名を授けています。中でも注目すべきはやはり、エーリンの二騎でありましょう」

「ゲイボルクとスカアハか……」

 撫子は唸る。原因はその二騎の肩書きにある。

「最古にして最強。ゲイボルクとスカアハは初めて造られたバンプ・ナイトであり、未だにそれを超えるバンプ・ナイトが誕生しておりません」

「吉野は実際に見たことはあるのか?」

 撫子の問いにヨシノは首を横に振る。

「見たことはありません。しかし伝え聞く話であれば――」

「話せ」

「はっ。――では……、ゲイボルク、スカアハの両騎は他のバンプ・ナイトと比べ、その動きが軽快であると聞いております」

「軽快、とな?」

「はい。バンプ・ナイトは言ってしまえは大きな機巧からくりであります。形は人に似ておりますが、動きまで精巧に真似ることは出来ません。機械的な動作をしてしまうのです」

「なら、ゲイボルクとスカアハには機械的な動きはない、と?」

「そう聞いております。――正に人を巨大化しただけ、としか言いようのない、よき動きをするようで」

「……なんとも面妖なことよのう」

「蔵八木様は、如何にしてそのようなバンプ・ナイトが出来たか知っておいででしたが……」

「父上が? 何故じゃ?」

 撫子は眉を顰めて、訊ねる。ヨシノは少し躊躇い「……憶測でありますが」と前置きをして言う。

「その製造については国の頭にしか知ってはならぬ程の秘密がある、と」

「つまり、私が皇帝になれば知ることが出来るやもしれぬな」

「もしかしたら、という言葉つきでありますが」

 そこで数拍の間が出来た。撫子は考え、ヨシノがそれを見守る形である。

 徐に撫子が口を開いた。

「確か、エーリンでは最新のバンプ・ナイトが造られたのであったな?」

「はい。量産機が造られております。その性能は他の追随を許さないものであります」

「確か、吉野は現物を見たのであったか。――その言葉、信じる」

「有り難きお言葉……」

「しかし、こうなると我が国は出遅れておるな。しかもバンプ・ナイト製造も我が国が他の国と比べて劣っているものの一角しかなかろう。果たして、何年……いや、何十年置いていかれておるのであろうな」

 撫子は口元に手をやり思案する。

 ヨシノはその様子を見て、ほっ、と安堵の息を吐いた。

 ―――やはり、この人は蔵八木様の血を継いでおられる。子供っぽさがあり知識は足りないものの、思考と着眼の力は既に有している。――まずは知識だ。俺に教えられる知識は全て授けよう。

 ヨシノは固く心の中で誓った。

「姫。恐れながら、思考を他に持っていくのはどうか、と。先にバンプ・ナイトについて全ての教授を受けて頂きたいと思います」

「……むぅ、すまん。――では続きを話せ」

「はっ。――では、ゲイボルクとスカアハについてですが、その搭乗者についてはご存知ですか?」

「確か、世襲制であったか?」

「はい。ゲイボルクに乗る者はクーフーリンと名乗ることになっております。そして、スカアハには先代のクーフーリンが搭乗します。この先代の方ですが、特定の名はなく本名を名乗るとのこと」

「クーフーリンと先代クーフーリンは師弟の関係と考えてよいのか?」

「それでよいと思います。勿論ですが、クーフーリンの名を与えられる以上、腕の立つ者であります。バンプ・ナイトの操縦技術も、生身での戦闘技術も」

 そうヨシノが言えば、撫子は「ほぅ」と目を細める。

「なら、吉野とどちらが強い? 吉野はこの国で一番強いのであろう」

 その問いにヨシノは苦味を持った笑いで答える。

「実際に刃を交えたことがないもので……、上下を決めるのは少しばかり難しいですね。ただクーフーリン、先代クーフーリンも剣の位としては二位と一位を持っております」

「……確か吉野は剣の位を持っていないのであったな? 何故じゃ?」

「何故……ですか? ――そうですね。蔵八木様から止められているからでしょうか」

「父上から?」

「えぇ、何やら『いつか剣の位がないお前が剣一位と戦って倒した時、その爽快感が違う』と。――つまり酒を美味しく呑むために、剣の位を持つことを禁じているのです」

「……父上らしい」

「否定ができませぬ……。しかし実際、剣の位を与えてもらうならば、剣三位までの者に認めてもらう必要があります」

「ん? どういうことじゃ?」

 撫子が首を傾げると、ヨシノは「いいですか」と話し始める。

「剣の位の授与には制限があり、剣一位から剣三位の者の一人から認定を貰わなければなりません。そしてその者が認定する者に対して、第何位を与えるかも決めます」

「なら、その三人に会わねばならぬのか、面倒くさいのう」

 と、その撫子の発言にヨシノは「違います」と否定する。

「三人ではありませんよ。剣一位は一人だけですが、他の剣の位は複数人いてもいい決まりですから」

「なんと! って、それはそれで面倒臭いのう……」

「そこまで口を尖らせる程でもないと思うのですが……。心配はありませんよ。剣十位までの人数を足しても五十人は居ませんから」

「そうなのか? それ程までに高い門というわけか」

「はい。それだけに腕の立つ者だけが持てる称号であり、価値があるのです」

「つまり、私の父上はその価値をぶち壊したいわけじゃな……。くだらん」

 撫子は脱力しきった顔で溜息を吐いた。

 ―――何やら蔵八木様の威厳がどんどんと損なわれている気がしないでもないが……まぁ、いいか。

 ヨシノは遠い目をして思う。

「ですが、いつかはクーフーリンと手合わせしたいものです」

「私もそれは楽しみじゃ。そうなれば吉野が剣一位となる可能性も出てくる!」

「ははっ。それは先代クーフーリンを倒した時ですよ、姫」

 満面の笑みで言う撫子にヨシノは訂正を加えながら、彼女の顔を見る。

 すると、ふと、ヨシノは不安になった。

 ―――いつか、こうして無邪気に笑うことも出来なくなる。

 撫子は王座に就くことが決まっている。それは決して幸せではないだろう。

 ヨシノはかつての蔵八木の知っている。まだ皇帝に即位していない時の蔵八木だ。

 蔵八木は皇帝になってから、だんだんと笑うことが少なくなった。ヨシノと会う時は今まで通りに振舞っていたが、それでも昔と比べて豪快に笑う姿などは見ることが稀になっている。

 王としての重責。国を背負う覚悟。臣民の生活。

 全てが蔵八木の背に乗っかっている。

 果たして、撫子は背負えるのだろうか。

 ヨシノは不安で仕方がなかった。

 撫子に王としての器があるのは、初めて会った時に感じていた。

 それでも、ヨシノは小さい撫子の肩を、無邪気に笑う顔を見ては心に暗い影を落とす。

 ―――それとも蔵八木様はその為に俺を姫の傍に置くのだろうか……。

 常々そう思う。

 撫子が背負う重みを一緒に背負う為なのか、と。

「しかし誰なのじゃろうな」

 撫子はヨシノの心は知らず、笑みを浮かべたままだった。

「はて、誰……とは?」

 自らの想いを表情に出さずヨシノが問えば、撫子はにこり、と微笑んで、言う。

「クーフーリンとはどのような者なのだろうな……」

書き貯めなんか幻想でしかなかった……。

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