ゲイボルク・8
機人の村。
村とは名ばかりに、格納庫を出れば、町の風景を見ることが出来る。
まず、ファーディアと天城が歩くのは技師たちが集まる工房の連なり。流石にバンプ・ナイトを扱っているため、どれも百mを越える高さがある。大通りでさえ工房の影により一日中陽の光が当たらない程だ。
その工房群を抜けると、居住区が現れる。先程までの無機質な風景と違い、居住区はほっ、と息が出る程に落ち着くものが目に入る。それは家なのだが、どれも木造であるのだ。丸太が積み重なるような組み方ではなく、木の板を貼り付けている造り。屋根は瓦になっていることから、東照の宮国由来のものなのだろう。全体的に和を感じる。
ファーディアと天城は居住区の中央に建てられた一際大きい家の門前へと辿り着く。そこは武家屋敷であった。
「此処が村長の家よ。ついでにわたしの家でもあるの」
天城がファーディアに振り返り、誇るように胸を反らす。しかし、ファーディアは武家屋敷へと目を向けてはおらず、ただ、上空を見上げていた。
昼時であるため、ファーディアは太陽の光を手で遮っている。空に飛ぶあるものが気になるらしく、普段から細い目を更に細くさせ、じっと凝視していた。
「あれは……」
疑問なのか、ただの呟きなのか。酷く小さく、低い声。全てを見透かしているような口振りであるファーディアらしくない声だと天城は思った。
「どうしたのよ。お空に何かあるの?」と天城がファーディアを見詰める先へと目を向ければ、黒い影を見付ける。「……鳥?」
「鳥だとしたら大きすぎますよ」
天城の疑問の声に、ファーディアが答えた。
「なんだ、聞こえてたんじゃない」
「申し訳ありません。――しかし、あれは……」
二人は再び、空を見る。
「確かに……、でかいわね。うーん……、十mくらいかな?」
天城が目測で黒い影を測れば、ファーディアは「それくらいですね」と同意する。
「空を飛ぶ生き物であの大きさは……飛行型の鬼くらいでしょうが、形がしっかりとしすぎてます。――機械か何かか……」
「ちょっと待って。あれは飛行船じゃないわよ。鳥みたいな形をしてるじゃない」
「ですがあれは生き物ではないですよ。飛び方もどこか直線的です」
「因みにバンプ・ナイトであんなのはないからね」
「それは知ってますよ」
ファーディアが視線を武家屋敷へと戻す。
「でも、エーリンが開発したものかしら……わたしはあんなもの知らないわよ」
天城は手を顎に当て、考え始める。そしてファーディアも「ふむ」と腕を組み、小声で呟く。
「……あれが出張るとなれば――」
「ん? 何か言った?」
「え、いや……、何もありません。今、あれについて考えても仕方がないので、早く村長と面会しましょうか」
ファーディアは言葉でそう言いながらも、空を飛ぶものが気になるのか、度々視線をやっていた。その様子に天城は「やっぱりファーディアらしくない」と言いながら、門を潜った。
玄関へ入ると、その家で給仕をやっている者が廊下を歩いていたので、天城が呼び止める。
「――そういうことだから、よろしく。――ファーディア、お婆ちゃんのところへ案内するわ、着いて来て」
「先の者は?」
「この家の使用人。無駄に広いからお婆ちゃんが雇ってるの。取り敢えず、先にお婆ちゃんのところへと行ってもらったから、すぐに面会できるように計らってくれるでしょ」
「……無駄にいいとこのお嬢様っぽいですね。本当にお金に困ってるのですか?」
「お金がないからって、無闇に人の首を切れないわよ。さっ、こっちよ」
天城が靴を脱ぎ捨て、廊下の奥へと歩いていくので、ファーディアはその後を追う。
家の中は先程の使用人のお陰か、綺麗に片付いており、襖が外された部屋から畳の匂いを引き連れた風が流れている。
普段、ダマリの荒野で過ごすファーディアにとって新鮮な空気が存在していた。
「こういうのもたまにはいいものです……」
すると、先を歩く天城が顔だけをファーディアへと振り向せる。
「あんたたちは根無し草か……。家もないのよね」
「そうですね。もし家があるとしたギャリーでしょうか」
「そういえば気になってたんだけど、ファーディアってどのくらいから流れの機士をやってるの? 見た感じ、かなり慣れてる気がするのよね」
天城が問えば、ファーディアは「たしか……」と自分の記憶を探り、
「八年……でしょうか? かなり曖昧です」
そう答えれば、天城が「はぁ!?」と驚きの声を上げる。
「八年!? あんた何歳よ?」
「歳ですか? 私は十七ですよ。ヒガンと同じです」
「え、ちょっと待って……十七で八……? 九歳じゃない!」
「単純な計算で何を驚いているのです」
「驚いてるのはそこじゃないわよ! あんたわかって言ってるでしょ!? ――でも九歳って……本当の本当に子供じゃない」
「仕方がありませんよ。それしか道がなかったのです。――親も居らず、ただ自分には才があった。それだけなのです。私は自分の出来ることを選択したまでです」
ファーディアは平然と言う。
「……子供でその発想じゃ……成る程、だからこうなったのね」
「わたしもそう思います」
ファーディアは苦笑するが、天城は本気で笑えない。
「でも、本当によく生き残れたわね。ヒガンはあんたの腕前も大概だ、って言ってけど、本当に大概よ」
「生き残るために必死だったのですよ……。昔はね」
「こうなると本気でヒガンとファーディアが一緒にいるのが奇跡に思えるわ」
「同意です」
ファーディアが頷くと、丁度目的の場所へと着いたらしく二人は足を止めた。
「此処がお婆ちゃんの執務室? ……みたいなところ」
襖で閉ざされた部屋を天城が指す。
「何故に疑問系?」
「だってお婆ちゃんはずっと此処に居るんだもん。私室な可能性もあったりなかったり」
「どちらにしろ曖昧な答えですが……、取り敢えず入りましょうか」
「そうね。此処に居るのは間違いないわけだし。――お婆ちゃん、入るわよ」
天城は返事を待たずに襖を開ける。
すると、開かれた部屋の中央、畳が敷かれた場所に楓柄の着物を纏う一人の老婆が熱いお茶を啜っていた。が、
「あつっ、わっちゃぁー!?」
突然の来訪に驚き、舌を火傷していた。
「天城嬢。親しき仲にも礼儀は必要であると私は思います」
ファーディアがジト目で見ると、天城は慌てて老婆へと駆け寄り、
「ちょ、お婆ちゃん! そんなドジっ子要らないよ!」
「他にも言葉があるじゃろがぁ!!」
天城の頭頂部に老婆のチョップがめり込んだ。
めき。
「にょおおっ! 頭が割れるように痛いぃぃぃ!?」
「今、いい音しましたね。――失礼します。ファーディア・コンラです」
頭を抱え畳の上を転がる天城をファーディアは無視して、老婆――八丈軍・楓へと頭を下げる。
楓は天城の頭へとクリーンヒットした手を擦りながら、ファーディアを見上げた。
「よく来たね。取り敢えず座りなさいな。――……ちょっとお前は出ておゆきっ!」
楓は奇声を上げてブリッジをしていた天城を部屋から蹴り出して、再び元の場所へと座り直す。そしてファーディアは襖の向こうから聴こえる天城の断末魔――蹴り出した際、またもや頭部にクリーヒットしたらしい――へと一瞥し、楓へと顔を戻すと、深刻な顔で口を開く。
「あれが血の繋がりのスキンシップ……。どうやら私は勘違いしていたようです。私は過酷な環境で暮らしていたと思ったのですが、バイオレンスなのは寧ろ家族を――」
「面白い勘違いだね。どうでもいいけど、取り敢えず孫を助けて貰ったことに礼を言わせてもらうよ」
楓は呆れた顔をしながらも、ファーディアにお茶の入った椀を差し出す。ファーディアはその椀を手に取りながら、「成る程」と今度は真剣な顔をした。
「彦様がタイミングよく現れたのも、どうやら私たちの情報が筒抜けだったようですね」
「別に知ろうとしたわけじゃないさ。彦坊やが知らせてくれただけのこと」
と、楓が返せばファーディアは再び「成る程」と頷き、上を見る。
「どういう経緯かは、予想できます」
ファーディアが見上げるのは、部屋の天井ではなく、その向こう――空である。
「さぁてね。モリガンも心配なんんだろうか、どうかは知らないねぇ……」
「彦様にモリガン……、となれば私は大体のことを察するしかありません。――モリガンが乗るあのカンムリは、彦様の許しがなければ飛ぶことが出来ない」
「………」
「お話、下さいませんか?」
ファーディアが真剣な顔で見ると、楓は溜息を吐く。
「話がわかり過ぎる、とは不幸だと――」
「そのような前置きはいいのです。――ゲイボルクがあるのですね? この村に」
「………」
楓の沈黙では肯定でしかなかった。
それを確認したファーディアは目を瞑り、深く深呼吸をし、
「師匠と弟子……か」
息を吐くと同時に言葉を漏らした。
「ゲイボルクに乗るのはクーフーリンのみであります」
楓は言う。その声には先程までの不遜な態度は微塵もなかった。
「ヒガンが羨ましい……。私は彦様の弟子になりたかった……」
「それはもう遅い後悔で御座います。彼岸には彼岸の、貴方には貴方の道がある」
「でしょうね……。でも、ヒガンにこそゲイボルクは相応しいと思うのも確か。私はその礎になってもよいと考えるようになりました」
ファーディアは深く何かを噛み締めるように頷いた。
そんな様子を楓は哀しみの目で見ていた。そして、
「お話しましょう――」
そっと、己の懐へと手を入れた。
研究室から帰ってきたら、日付が変わってるるるるるるrrrr
土日で書き貯めしたいところ。