ゲイボルク・7
妖精をモチーフとしたルコルパーンの特徴といえば、その背の低さと顔のない頭部だろう。
前者は、従来のバンプ・ナイトの高さである百mの半分、五十mであること。後者は、まるでバイザーで隠されているかのごとく、顔の部分全体に凹凸がないのである。
ただし、のっぺらぼうの顔にはエーリンという国が出来る以前に存在した国の女王、ブーディッカを模した顔がペインティングされている。
また、装甲の薄いルコルパーンはその特性上、機動性が高く、他のバンプ・ナイトと比べ、脚部スラスター使用による飛翔低空移動が可能である。
ヒガンの持つルコルパーンは旧式ながらその例に漏れず、戦闘以外での移動ではホバリングを用いている。
現在、ルコルパーンはMkⅢになるまで二回の改良を加えられているが、二百年前と性能はそれほどの差はない。それは、ルコルパーンが初期段階で完成型へと達していた証拠でもあるが、鬼の出現が増加を辿る現状、本腰を入れて最新の量産機を作り出す余裕がないことの表れでもある。
「ヒガン、つい先程キルケニーと連絡が取れた。あちらさんは既に戦闘に入ってる、とのことらしい」
キルケニーに向かって荒野を走るギャリーのコンテナの上、彦は腕を組みながら、ギャリーの横を並走するルコルパーンへと話しかけた。コンテナの高さは五十mのため、彦とホバリング移動をするルコルパーンの顔は同じ高さにある。
「だったら急がなくちゃやばいな……」
ルコルパーンから聞こえるのはヒガンの声。ヒガンはエーテルが充満するコックピットの中、その中央に立ち、また彦と同じく一口の刀を腰に差している。コックピットの内面は全てモニターになっており、さながら宙に浮いているように見えるヒガンは、モニターの先――コンテナに建つ彦を見る。
「あと、鬼の数だが、大型が五、小型が百。予定通り、俺は町の外で小型の鬼を蹴散らすことにする」
「予定通り、って。そもそも彦先生は自分のバンプ・ナイトを持ってきてないじゃないか」
ヒガンの言うとおり、現在荒野を走っているヒガンのギャリーが一台。彦のものはない。
「うるさい。俺のバンプ・ナイトはギャリーの中に積んでいないのだ」
「じゃあ、どこにあるのさ?」
「……調整中だよ」
「壊したな」
「違うやい! ――あと、お前の担当は大型の鬼、二体な。キルケニーに居る機士は三体で手一杯だとよ」
「二体……か」
「どうした、不安か?」
彦が笑いながら言うと、ヒガンは「馬鹿を言うな」と反撃する。
「ただ、これだけの数が来るとは少し予想外だったたけだ」
鬼のタイプは大型と小型にざっくりと別けることが出来る。バンプ・ナイトで戦わなければならない程の大きさを大型。生身でも戦えるのは小型。これらの判断基準は曖昧であるが、十mを越えているなら大抵は大型になる。
「そう言うな。今鬼の被害が一番大きいのはエーリンとトレントだ」
「トレントも襲われているのか。初耳だな」
「エーリンはそれに加えて盗賊の被害もあるからな。あと、こっちは大国。トレントはウェールズ連合の小国だ。話の大きさも変わるだろうよ。ついでにトレントにはゴシック魔導隊が出張っているとも聞く。情報に規制を掛けているんだ」
「ゴシック魔導隊が? たしかに、それでは納得が行くな……。――しかし、今はトレントよりこっちが問題か……。今回は俺たちが行かなきゃ、キルケニーは二人の機士で対処することになった。――エーリン軍は如何したんだか」
「軍はこれじゃ動かないな。まだマシだと判断される。まぁ、これの倍……、鬼が多ければ流石に出向いただろうが」
「でも、これだけ手が回らない状況なのにゲイボルクもスカアハも出していないのは気になる」
「……出し惜しみ、さ。でも近いうちに見れるんじゃないかな」
「彦先生?」
彦の自嘲気味な言葉にヒガンは疑問を抱いたが、
「それよりも、ほら手を出せ。早く俺を乗せろ」
彦の言葉で遮られる。
「………」
ヒガンは困ったように眉を寄せるが、黙ってルコルーパンの掌をコンテナに隣接させる。
「握り潰すなよ」
「思考が乱れたら、そうなるかもしれない」
ルコルーパンの掌に乗った彦が言えば、ヒガンはせめてもの仕返しとばかりに軽く脅してみる。
バンプ・ナイトの操縦方法はかなり単純なものである。
思うだけでいい。
それだけでバンプ・ナイトは、操縦者の行いたい動作をコックピットに充満するエーテルを介し、動く。なのでコックピットの後部にある操縦席に座るだけでも操縦は可能であるのだが、精密な動作と反応速度を鑑みればエーテルとの接触面を広くする必要があるので、立って操縦することが多々ある。まず戦闘では立つことになるだろう。
「怖いこと言うな、まったく」
彦はヒガンの言葉にわざとらしく身を震わせる。
「その余裕面、いつか叩き割ってやる」
ヒガンはそれでも悪態を吐くが、
「楽しみにしてるよ」
と言われれば、流石に口を窄める。
「……ちゃんとしがみ付いてくれよ」
気を取り直し、ヒガンはルコルーパンの背部スラスタを全開にすると、キルケニーに向かい高速移動を始めた。
●
「カハ様! 聞きましたぞ!」
エーリン。アルスター領に聳える王宮に老臣の声が響く。
エーリンの女王であるバイブ・カハが振り向けば、その老臣が大理石の床に伏していた。
「顔を上げい。――何を聞いた?」
カハは整った顔の眉を上げた。既に三十を越える歳にも関わらず、彼女の容姿は未だ十代の若さを保っている。
「はっ。ゲイボルクについてであります!」
「……耳が早いな」
「何故に国機を出しまするか! 今、あの二騎がどの様な状態であるか、カハ様もご存知のはず!」
老臣の目は不安に満ちていた。しかし、カハはくだらない、と鼻で笑う。
「お主もアンナ・ヒュラの件は知っていたはずだが?」
「それは知っておりまする。しかし、その敵討ちにゲイボルクはおやりになるとは些か軽率である、と苦言を呈します」
「馬鹿者め。アンナ・ヒュラは剣三位を冠する猛者であるのだぞ。それを打ち破るとなれば格上の者を出すのが道理。それに彼女の遊撃キャラバンはエーリンが支援していたもの。我が国が対処せぬでどうする」
「ですが、他に適任は居りましょう!」
老臣は頑として反対の意を唱えた。その態度には強い意志が見え、カハは眉間の皺を更に濃くする。
「よいか。これは速やかに対処せねばならぬことでもあるのだ。今回のショート・ホガーズの件。これは身から出た錆である。失敗は許されぬ。――それにの、これも計画が早まっただけと考えればよい」
カハが言えば、老臣は弱々しく「それはそうですが……」と反発する。
「もともと餌として蒔いたものであります。――しかし現在のゲイボルクはそう易々と出してよいものではありませぬ」
そう老臣が言うと、カハは顔の表情を豹変させ声を荒げた。
「うつけ者が! いつかは動かすもの。それにクーフーリンはエーリンに帰ってきておる。これ程までに状況が揃っておるのだ! また、文ももう出した! 今更お前が足掻いたところで変えられぬわ!」
「ぬぅ――……」
ついに老臣は口を開けなくなった。最早これまでか、と悟ったと同時、これ以上カハの怒りを買うのに恐怖を覚えたからだ。
すると、大人しくなった老臣を見て、カハは急に優しげな顔となって言う。
「安心しなさい。クーフーリンには弟子が居ます。いざとなればその弟子もやってくれるでしょう」
「……カハ様――」
老臣は怯えを持った目でカハを見上げた。
女王、バイブ・カハの意の下……クーフーリンの槍が動き出す。