ウワサ75
人の噂も七十五日。
善きも悪しきも七十五日、世の取り沙汰も七十五日であった。
世の取り沙汰は人に言わせよ、人の口に戸は立てられぬ。
どんな噂が立ってもそれは一時的なものに過ぎず、時が経てば消えていくものである。
僕らは、七十五日が経ったら、消えてしまう存在。
もしくは『噂』が「嘘」だったら、消えてしまう身。
だから「嘘」を「本当」「真実」にしないといけない。
僕らは生きようと必死だった――消えるもんか!
芸能人の失言謝罪、官僚のうっかり発言。しゃべり過ぎ、皆、しゃべり過ぎだ。
言わなくていい事まで言ってしまうから、トラブっている。
戦いの物語は、どこかで、静かに始まる。
一、四月、それは中学校で
二年生に学年が上がった「ちなつ」は二年一組の教室で、「彼」に会った。「おはよう」「あ、うん。おはよう」
黒縁のメガネをかけて微笑む彼は、ちなつとは一年の時も一緒のクラスで「白羽勇大」といった。
「席、わかってる?」
白羽は前の黒板を指さし、ちなつに教えてあげる。それを見れば、あ行からわ行まで名簿順に端から名前が書いてあった。
「離れちゃったね」
ちなつは「花屋ちなつ」、彼は「白羽」であるので、あ行の生徒から縦並びで廊下側、は行の生徒は窓際から二列目となっている。
「今年も緑化委員やる?」
白羽はちなつを見て顔色を窺った。「うーん、どうだろ……」と即答はせず、悩んでしまった。「また一緒にやりたいよね」と穏やかな白羽はそれを言うと、後ろで呼ばれてそっちへと行ってしまった。
残されたちなつは割り当てられた席につく。
それが、始業式。午前を終えて生徒は皆、帰路につく。桜は散り、葉桜の姿を魅せる。まだ春の休みが終わったばかりなのだ――。
私たち、これからどうなっていくんだろう。
期待か不安か、まだ背伸びをしたいちなつには、わからなかった。
二、五月、あなたを見ている
家庭訪問が終わり、郊外学習が終わり、新しいもの疲れが出始めた頃。部活動では仮入部期間が終わって、バレーボール部員が居る体育館内では、ちなつを含めた二年生が並んだ前で新入部員たちが整列して、一人ずつ一歩前に出ては紹介されていった。
次々と緊張した元気な声が上がる。わずか五人。三年、二年と合わせたら総勢二十八人となった。
「仲良く、頑張っていきましょう!」「ハイ!」
全員で声を合わせる。春の大会が迫っていた。競うよりも顔見せに近い意味がある試合である。新人五人を試合には優先させるが、三年、二年生も出る。下手な先輩を見せたくない、と表には出さないが、ちなつたちには意地があった。
一年生は上級生を交えてのグループを作り、乱打で打ち合う。練習時間が全体では二時間ほどで、ちなつは集中して相手からのサーブボールをレシーブで受け、それらを繰り返す。
ボール拾いの一年生は見学ばかりで退屈であり、欠伸が出そうで堪えていた。時たまに弾かれたボールが隣の、バスケットボール部の方へと飛んでいく事があった。
拾いに走った一年生から、ちなつにボールが渡された。
「あの、先輩」
「え?」
急に話しかけられて、驚いた。ちなつは相手の胸元を見ると、体操着に「藤堂」と刺繍がしてあった。
「ボール拾ったくれた、あの人……」
目が行った方へちなつも目を向けた。どの人? と初めは戸惑ったが、
「ほら、あの、三人居る……ゴール下の、頭一個高い人です」
と教えられてやっと判明した。「ああ、えっと……」見た事があった。
名前は確か、と記憶を探っていく。「黒馬くん、かな?」三組の人だったかな、と口にはしなかったが「そうですか!」と喜ぶのを見てオヤ? と思った。なるほどなるほど……と口元を歪めながら、温かい目で見守る。ちなつと黒馬との交流は無いに等しく、ただ、活発そうで目立つので、女子の間でも名前が挙がる事があり、よく聞いていただけに過ぎない。
「ほら、サボってないで戻って」「あ、すみません!」
悪気は無いだろうけど、あとあと! と、人の恋路にお邪魔をするつもりはないが、今はそれより試合に向けて集中してほしかった。今で無ければ思う存分に付き合うからと心中で呟く。
しかし、ちなつは気づいていない。
ちなつを見ていた、誰か、に。
そしてそれらは、一つではなかった。
三、六月、時の経過と灰葉
大会は終わって、順位結果は県内でも真ん中くらいでさほど盛り上がらず、梅雨の時期に差しかかろうとしていた。
その日、日直だったちなつは校庭に咲いていたアジサイを採ってきて教室の隅にある花瓶に挿し、飾った。放課後で、三人残っていたが、やがて人が居なくなる。ちなつも日誌を書けばする事は終わって部活に行ける。でも、その前に――。
「花屋さん、ごめん。日誌、任せちゃって」
少し走って来たのだろう、靴音が騒がしく、教室に入って来た途端にその人物は言った。
「あ、大丈夫。書けたから。それより灰葉くん、もう用は済んだの? 顔色が悪そうに見えるけど……」
ちなつの顔を見て気が緩んだせいか、灰葉はつい言葉を漏らしてしまう。
「告られた」
ちなつは目を見開き、口も開けてしまった。「なん……」そこまでしか声が出なかった。悪びれた様子もなく、
「ただ事じゃないって思ったけど、やっぱりただ事じゃなかった。びっくりしたよ、わざわざ教室に来て、僕を呼び出すものだから。花屋さんには、日直の仕事を押し付けて悪かったけど、まさか、こんな事になるなんて……」
興奮が冷めやらぬ、とはこういう事だろうか。普段は見せない珍しく動揺している相手に、ちなつは「座りなよ?」とイスを引いて勧めた。
さっき起こった事を思い出す。言った様に、ホームルームが終わって皆が教室を出て行く中で、日直だった二人は分担して、それぞれに仕事を始めた。黒板の字を消し、日付けを替え、掃除し、日誌を書き始めていた灰葉に、女子が一人やって来た。
(えーっと、四組の……)
ちなつとは姿格好が似ている。ツインテールの髪型だが彼女の方が髪は長い。顔は目が小さく、地味で、同じくらいの身長だが手足はちなつよりも細い。
「話があるんだけど……」
緊張が伝わる声で「いいかな?」が消えそうだった。ちなつたちは顔を見合わせたが、「いいよ、書いとくし、行って来たら?」とちなつに圧され「じゃあ、日誌、ごめん」と、申し訳なさそうに言い置いて、二人は何処かへと去ってしまったのだった。
神妙というか、何事か。灰葉くん、何があったの?
顔が全然笑っていなくて心配をしていた。だが、告白されたのだと分かると、それからどうなったかが気になった。ちなつの胸が、ドクドクと音が高鳴っていく。
「断ったよ。だってよく知らないもの」
灰葉の答えに脱力した。ともども、深い溜め息をついた。目は下を向いている。
「私もよく知らない人だったけど……クラス、一緒じゃなかったし、名前が……」
出て来ない、と焦った。クラスは五組まである。一組から五組までは距離があり、生徒同士が絡む事は縁がないと少ないだろう。小学校が分校の寄せ集めで中学校に集まり、彼女とは小学校が違ったし、全くの赤の他人だった。
「まるで幽霊にでも会ったみたいだったな、怖かったよ」
「そうね、気配なさそう」
お互い酷い事を言っているなーと笑い合い、「で、大丈夫だったの?」と聞いた。
「そうですか……ってションボリされちゃったけどそれだけで、どっか行った。謝りたかったけど、言えなかった」
段々と落ち着いてきたのか、窓の外へ振り向いた。
「これから、どうする?」「どうって?」「部活。帰る?」「ああ……」ちなつへと顔を戻し、
「うん、帰る。塾なんだ」
と、立ち上がった。
ちなつも釣られてイスから立ち上がり、「これ、持っていっておくね」と鞄と手に日誌を持ち、先に教室を出た。「うん、サンキュ」と後ろで灰葉の御礼を聞いて。
本当は、もっとずっと一緒に居たかった。でもちなつには限界だった。教室を出てからも、激しい動悸が抑えられなくて苦しんでいる。
嬉しい! 断ってくれて! 嬉しい! よかった!
顔を赤らめ、汗をどんどん掻いていく。汗なんてどうでもいい、気にならない。それより笑いが治まらなくて、どうしよう。
ちなつはその勢いのままで職員室に入ってしまった。幸い、担任の先生も周囲にも誰もおらず、ちなつのニヤケに気づく者は居なかった。
いつからだっただろう、ちなつが灰葉の事を意識する様になったのは。
それは些細な事からだった。本人からしてみれば大事件だったのかもしれない。階段を下りて行く途中でちなつは足が滑って落ちそうになった。たまたまそこに居た灰葉がすれ違いざま、腕を掴んで助けてくれた、というもの。
九死に一生を得た思いをしたが、間近でこんなに男の子に接近し触れたのが家族以外で初めてだし、ちなつのハートに着火したのは間違いがない。
顔が真っ赤になったのを見て、「熱あるの?」と聞いてきた。いや、違うの、これは、とドギマギして混乱していたちなつを心配して、保健室に連れていってくれた灰葉に、完全に恋の病に陥ってしまった。
それが先月の五月の出来事で、それから灰葉が気になって、灰葉に関する事、ものは何でも知りたがった。お父さんが漁師でね、家にあんまり居ないんだって、お母さんが韓国人でね、リュンくんもだけどハングル語とか中国語がペラペラみたい、私ら全然分からないや、何か、すごい。
美化委員で、囲碁部。塾で会うよ、いつも一人で居る。一度、お母さんが車で迎えに来てた事があるよ、暗くてよく見えなかったけど美人だったと思う、細くって、サングラスかけてて、オットナ~って感じで。でもアレだよ、ウチの母親に聞いたけど、リュンくんのお母さん、焼肉屋で働いているって。
灰葉リュンの情報の数々を友達から聞き、どれもちなつには有難かったし魅力的に思えた。私なんて、なんて平凡なのだろうか。バレー部、緑化委員、母は花屋のパート勤め、父は鉄鋼業者で工場で働いている。弟は小学六年生で一人いるけど、ゲームばっかりしていて生意気になってきた。飼っていた犬は死んでから飼うのをやめた。英語も国語もできる方だけど理科や数学は厳しい……。
六月はもうすぐ中間テストがあり、迫っている。
(普通に、しゃべれたかな……)
昇降口で上履きから外靴へ履き替えたちなつに、暗雲の影が迫っていた。
「おい見ろよ。少女が、弾んでるぞ」
クロバは、言った。
「可愛いね」
シロハは、言った。
「気持ち悪ィよ。ヤベー、消えそうだ」
クロバは舌を出し、吐きそうな真似をしてみせた。
「うん、ヤバいね僕ら、このままだと、消えてしまう」
シロハは首を傾げて困ったと地上を見下ろした。
羽の生えた、『噂』たち。
シロハには白い羽、クロバには黒い羽。鳥ではないが、天使や悪魔でもなかった。
「好きになってもらわねえと困るんだよなあ!」
クロバが我慢できず大声を出すと、自由に飛んでいた鳥たちは、恐れをなして何処かへと飛んでいってしまった。
「ちなつ様には、是非、勇大様を好きになって頂きたいのですが」
シロハは腕を組んで考え込んでしまった。
「消えてしまう……」
二人の声が重なった。
人の噂も七十五日。過ぎてしまったら、消える。もしくは「嘘」だったなら、消える。だから「嘘」を「本当」や「真実」にしないと、と焦る。
「嘘」って何さ?
誰が言い出した事なのか。
当の本人が知らない所で、戦いは始まっていた。
四、六月、時の経過と白羽
中間テストの期間に入る。当日に向けて授業は午前で終わり、部活は無く、生徒たちは家に帰って行く。
ちなつはテスト範囲を書き終えて教室に鞄を取りに行き、昇降口を出た。しかし校門までを行く道の途中で、忘れ物をした事に気づく。
「いけない、私、生徒手帳どこに仕舞ったっけ……」
急に思い出して不安になって鞄の中を探すが、見つからなかった。
「無いの?」
「何か急に思い出したんだけど……あれー、無い。範囲書き写して、それから入れたはずなんだけど。無いー」
無い無いと言っていると、余計に見つからなくなってしまう気がした。
「ひょっとしたら教室に置いてきたのかも。見てくる、もし無かったら仕方ない、もう一回書き写すかあ」
「じゃあ先行ってるよ」「うんそうして。ごめーん」
「見つかるといいね。じゃあお先にねー」
再度ちなつは謝り、友達と別れた。教室の机の下を覗いたら、簡単に生徒手帳は見つかった。安堵して来た道を戻って行ったが、昇降口に辿り着いた時に「あ!」と声を上げた。
雨が降っていた。激しい雨、さっきまで晴れていたのに。最悪だった、傘を今日に限って忘れてきてしまっていた。
梅雨だからとほぼ毎日と持ち歩いたり置き傘だってしていたのだが、先日に置き傘は使ってしまい、自分のは一本も持っていない。
雨は止む事はなく降り続いている。「まずいな……」
誰かに貸してもらおうかと考えていたが、皆は帰ってしまったのか、ちなつの他、誰も居なかった。
(嫌な事が重なるもんだ……はあ~、どうしよう)
止むのを待つか、濡れてもいいから走って帰るか。考えあぐねいていると、背後で気配がした。
振り返りアレ、と相手と目が合って見つめる。
「花屋さん、どうしたの。あ、もしかして傘が……」
勘がいいとちなつは苦笑してしまった。「そうです、やってしまったよ……」はぁあ~、と疲れた溜め息をついた。わざとらしく頭を抱えて。そこに立って見ているのは、白羽だった。
少し背が伸びた印象を与える。
「あーあ、今日はツイてないよ」
「そんな日もあるね。今日がダメなら明日はきっといい日だよ」
「そうかなー、だといいけどなー」
白羽とは四月に緑化委員になってから、距離が近くなっている。無口な方だろうと思い込んでいたが、実はちなつと居る時はそうでもない。一人で本を読んでいて、特定の誰かと友達って訳でもなく、分け隔てなく付き合って過ごしているのだと思っていた。
「よかったね。この雨、あと五分くらいで止むから」
「へ?」
「五分待とう」
「何で分かるの?」
不思議がっているちなつに、自分の所有していたスマホを出して見せた。
「リアルタイムで天気が分かるんだ、コレで」
「そうなの」
ちなつは感心してしまった。スマホを持っていないので、羨ましいとガン見する。
「ウチにそんな買う余裕が無いからね、いいなぁ」
何度かおねだりしても買ってもらえなかった。お金に余裕? それは疑わしく、単純に親の頭が固いせいではないかと疑っていた。
雨音が激しいまま変わらなくて、本当に止むのかと疑わしい。
「この前、クイズで知ったんだけどさ」
突っ立ったままの二人だったが、白羽が話し出したのでちなつは黙って時間を預ける。
「アジサイって……紫陽花、って書くけど、実は誤りで、本来はライラックの事をさすんだって。何だそれは、って調べてみたら、アジサイは『七変化』『八千花』とも呼ばれて、それは花の色がよく変わるからなんだってね」
一方的に話す白羽に、ちなつは、へえ、とか、それで、と返す。
「アジサイには薄緑色の花もある。夏を過ぎたら黄白色や黄色に黄葉する。花の色ってさ、土のpH(酸性度)によって変わるらしくて。一般には、酸性なら青、アルカリ性なら赤。アルミニウム? に関係が……って読み出したら、止まらなくなっちゃったよ」
話し足りなさそうに言う彼に、ちなつはちょっと笑った。
「花が好きだもんね」
白羽はうん、と頷いて笑って、ちなつを見た。やや下方にちなつが見える。
「将来は、植物の医者になるから」
言い切った彼の言葉に「すごい」と返した。また笑った。「なれるよ! 白羽くんなら!」
照れたのか、我に返ったのか、ちなつから顔を逸らし「あ、ホラね」と窓からの空を見上げる。
「向こう、白くなってきた」「本当だ。もう五分経った?」「経った経った」
「音がしなくなったね。止んだかな?」
白羽の言う通りかと外に出ると確かに雨は止んでいて、大雨なんて嘘の様だと飛び跳ねた。
「帰れるね、ありがとー!」
私が退屈しない様にと機嫌もとる為に気を遣ってくれたんだね、とちなつは追いかけて出て来るだろうと思われた後ろを見ても、どこを探しても、白羽の姿は無かった。
静かな時間が過ぎる。
「幽霊だったりして……」
ちなつの呟きは、空しく響く。「ま、いっか」意気揚々と駆け出して行った。
中間テストが始まり、結果ちなつは数学と理科が平均点よりも低かった事に嘆いた。
「うあ~ん……」蚊が飛ぶ様な声で項垂れる。
七十五日まで、もう、すぐ。
「え?」
誰かから呼ばれて振り向いても、誰も何も、無い。
渡り廊下で、一人だけが取り残された様な、寂しさがあった。
(またか……)
不気味、という言葉ならピッタリなのだろう――誰かが、見ている?
「出て来なさいよ」
試しにそう脅してみるが、特に何も起こらない。ちなつも起きると思って出た訳ではない、拗ねた表情を浮かべ、向き直して次の授業に急いだ。
見つからない。
『噂』は空に居た。
「難しいお嬢様だ……」
そう言ったのは、シロハ。「鈍い」そう舌打ちしたのは、クロバだった。
「そうかな? 人の気持ちがそう変わるものでもない」
「いーや。変わる。変わんねーんだったら、変えてみせる」
「何をする気だ? クロバ」
クロバはニヤニヤと笑いながらグミを二つ口に入れた。クチャクチャと、下品に音を立てる。
「見てな」
言うと、下降して行った。
五、七月、時の経過と黒馬
太陽がサンサンと輝き地面を照りつけていく。降った雨の跡は乾いていき、正午になると生徒はお腹がすき始めた。あと二十分で四時間目が終わる……窓際から二列目、腹の虫が主人を無視して鳴りそうなちなつの席へ前から手渡しでプリントが配られた。後ろの席まで行き届くと、先生が来月から始まる体育の授業について話を始めた。
七月、プール開きである。
水着や帽子にタオルと持ち物の確認や、女子は更衣室の利用、貴重品の管理……と一枚にまとめてあるが、ちなつは面倒臭がって話に集中できなかった。〇ンパンマンか私は、とふと浮かんだが、すぐに違うと取り消した。お腹がすいて力が出ないんじゃないのよ〇ンパンマンは。顔が濡れて力が出ないのよ奴は、ヒーローのくせに!
正気を失いかけているちなつに、待ってましたのチャイムが鳴った。それを合図に授業は終わり、慌ただしく席を立つ生徒たち。即座にお弁当を出して広げる男子たちや、先に机を動かしてグループを作り出す女子たち。ちなつもお弁当を鞄から取り出して、机と隣の机をくっつけた。
「お、今日はサンドイッチ。美味しそうじゃーん」
ちなつが宮田奈菜のお弁当を見てそう言うと、「今日は自分で作ったんだ」と自慢げに話した。
「すごーい。そんな時間、私には無ーい」
「今日だけだよ!」
「立派立派。女子してますー」
「あ、ちょっとトイレ行って来るね」
「あ、私も」
二人が席を立ってトイレに行くすがら、廊下で三人組の女生徒とすれ違った。中でも真ん中に居た女生徒は、頭一つ出て長身で、両脇の女生徒と何やらと話しながら。
「あのさ、ちなつちゃん。昨日ね、葛美ちゃんたちから聞いたんだけど……」
と話しにくそうに持ちかけた。「何を?」その時、背向で大笑いした声が聞こえた。感じ悪いなァ、と無視すると、奈菜は眉も声もひそめた。
「黄場さんてさ、ちなつちゃんの事が嫌いって言ってたんだって」
「はぁ?」
黄場宝恵。きばたまえ、と読む。先ほどすれ違った女生徒の中に居た、長身の彼女だった。クラスメイトだが、絡んだ事がほとんど無かった。
「身に覚えがないけど……嫌われる様な事、した覚えは」
無い、と言いたかった。何しろ目立つし派手そうだし、ああやって常に何人かと一緒に居るし、近寄り難い、関わりたくないと本音は言う。
「それがさ、三組の黒馬くんているじゃない?」
横に居る奈菜がチラチラとこちら、ちなつを見る。一瞬、誰と言いかけて、引っ込めた。「ああ、黒馬くんね」バスケで騒がしい渦中に居た気がする。バレーの練習中に、視線を感じて探すと、偶然なのかもしれないが、ちなつの事を見ていた気はした。大概は見なかった事にして無視している。
「黒馬くんがどうしたって?」
奈菜と共にトイレに着くと、声を潜めて彼女は言った。
「黒馬くんの事が好きなんだって。黄場さん」「えっ」
「だから、嫉妬。ライバル心メラメラ~って」
「ちょっと待って待って。黄場さんが黒馬くんの事を好きで、どうして私が黄場さんに嫌われる訳」
「だ~か~ら~」
イライラしながら奈菜はちなつに詰め寄った。奈菜の後ろ姿とちなつの困惑した顔が洗面台の鏡に映っていた。
「好きだからだよ。黒馬くん、ちなつちゃんの事が」さらに追い打ちをかけて「有名だよ?」と止めを刺した。
ところがちなつは薄々と感じ取ってはいた様で、あまり驚きがなく新鮮さはなく、代わりに寒気がした。
腑に落ちたのも否めない。奈菜たち周囲が気づいているのだ、ちなつだって信じたくなかったが、気づいていない振りをして身を守る方法、コレしかない。
「とにかく、気をつけようね。黄場さんや、その取り巻きの人たちに何かされたらさ」
イジメか……。そう思ったら、気が重く、気分が悪くなってきた。泣きそうにもなる。
(どうしよう……)
私、何かされるのかな。力が出ないよ……。
その後、ちなつはお弁当をきれいに平らげた。滅入る気持ちをこれ以上に下げない様にと、祈るばかりだった。
梅雨は南方からあけて良い天気の日が続いた。
初めてのプールの授業は午後からだった。お昼休みが終わる前に女生徒は移動する。水着になり、タオルを持ってプールに急いだ。水着姿が一人では恥ずかしくても、団体でならば平気だった。
「おいコラ~。広がれ~、男子そこ、フザけない!」
先生が注意して、やっと静かになった。準備運動をし、シャワーを浴びて、水に浸かる。歓声が上がり、ちなつを含め生徒たちは、はやる気持ちを抑えつつ、先生の指示のもと後半は自由時間になり、何事も無く授業は終わった。まだくたびれていない生徒たちはそれぞれに、着替えに行った。あー楽しかったね、昨日のテレビみた?
次々と更衣室へ入って行く女生徒の後方で、名前を呼ばれてちなつが振り返ると、黒馬が居た。「黒馬くん……?」と驚いていたが、「ちょっとこっちに来てみ」と促されて手招きをされた。
(何で……?)
よく考えれば変だった。まだチャイムは鳴ってないよね? 何で、三組の黒馬くんがこんな所に居るの? 授業中じゃないの……?
「早く来いって」
「で、でも」
「来たら分かるって」
抵抗しても聞かなさそうだった。早く水着から着替えないとホームルームに間に合わないだろう、全員が揃わなければ始められないし、皆が帰れないで迷惑をかける……と、そこまで考えていた。
「早く!」
一体、どこへ連れて行くのか? 睨みながら、黒馬は少し先に行く。そっちは、プールの陰だった。
(何かされたらどうしよう……)
恐怖だった。ぐるぐるとめまいがして、倒れそうだった。渋々と、黒馬が進んで行く方でノロノロと歩き、陰に入った所でグイっと腕を引っ張られた。つい、手が緩んでしまい、体を包んでいたタオルがボトッと落ちる。
(ぎゃああ!)
声にもならない悲鳴が響いた、喉の奥で。と同時に、お尻のあたりで熱いものを感じた。それは――。
「ケツッ!」
耳元で声がした。黒馬しか居ないので当人の声ではあるが。「ケッ……」意味が分からなくて、理解ができるまで長い時間がかかった。
お尻を触られた。
ケツ=お尻だと分かったら、今度は急に鳥肌が立った。
「ぎゃああああ!」
のけぞり、黒馬を突き飛ばしタオルを拾って、全力で逃げた。
記憶が飛んでいきそうなほど走った。いっそ飛んで行って欲しかった。悲鳴に気づき、先生がちなつを探しに来てくれたのだが、震える声で後ろを指さし先生が陰の方へ見に行っても、誰も居ないと戻って来てしまった。
校舎があって、先は行き止まりなはず……そんなバカな、とちなつは驚愕した。
全身の力が抜け、気づいたら保健室のベッドの上に居たという。
黒馬翔。二年三組、バスケ部に所属、風紀委員。部活動は一度もサボった事がなく、バスケをこよなく愛していたのかもしれない。実は映画の影響を受けて入部の門をくぐっただけだったが、その事は誰からも知られる事は無く、黒馬は質が悪い、ヤバい、怖い、変態と囁かれる様になった。
「やり過ぎだろ……」
風を受けて、見下ろしながら、シロハは薄い唇で呟いた。
「これでちなつ様の世界から、黒馬様を追い出せなくなった」
黒馬の事を忘れられないだろう、一生。例え、消えてしまっても。七十五日まで後が無い。消えた向こうは何だろう? どこへ行ってしまうのか?
「あなたは、何の『噂』なのでしゅか?」
頭上で、声がした。
なので見上げると、足が見えた。
「君も『噂』か。その小さい体は、生まれたばかり?」
シロハが目を細めて尋ねると、相手は「キバ」と名乗り、クスクスと笑いながら言った。
「黄場さんって黒馬くんの事が好きなんでしゅって」
クスクス笑いは、やがて空中に広がっていった。
六、七月、時の経過と?
いつからだろう? 春からか?
ちなつは、よく物を失くしている。
「あれ?」
机の中を探してみても、持ってきていたはずの国語の教科書が無い。他はあるのに。
「おかしいな、忘れてきちゃったのかな……」
次は国語の授業で、無くては困る。焦ってきて鞄の中やロッカーを探すが見つからない。仕方がないので、他のクラスの友達に借りに行った。
そして、これらは初めてではなかった。
「またなん?」
友達は、不信感を露わにそう言った。「うん……」
さすがに何度もおかしいだろうと友達は、ある可能性を告げたのだ。
「ちなつ、イジメられてんの?」
「え、まさか」
「だってさ、これで何度目。変でしょ、こんなの。またひょっこりと出てくるんじゃないの」
友達の指摘は、ちなつの不安をさらに深刻にした。今まで、数学、社会、音楽の教科書、ノートも一回。次の授業の準備をしようと、机の中を探すが、失くなっている。借りに行き、返した後で気づくのが帰宅後だったりするのだが、鞄の中だったりと見つかる。まるで何事も無かったかの様だった。
「ちなつって鈍いな~と思う事があるけど……誰かが、隠してんじゃない? よく教科書に落書きされたり、捨てられていたりっていうイジメあるけど。陰湿だね、さりげな~くしてますって感じで。それで、心当たりあるの?」
言われて一所懸命に思い出そうと試みた。自分の事を、嫌っている誰か。
一人、浮上する。「黄場さん……」つい、声に出てしまった。「黄場さん?」と友達も腑に落ちたと上を見て数秒、黙る。
「そうか。黄場さん、黒馬くんを好きだから、ちなつを嫌っているのかも」
続けて、ちなつは推理する。
教科書などが失くなる日、体育の授業が先にあった。いつも準備は早いが着替えて戻って来るのは遅いちなつ。机の中から物を抜き取る時間は充分にあった。誰かが現行を目撃していた可能性はあるのだが。
「単独じゃなくて、グループでしているのかもよ? 何かやだね、そういうの」
陰湿。友達に言われた事がちなつにはどれもショックだった。失くした物は返ってきているのだから、問題にはなっていない。でも必要な時に無いのは、困る。
決定的になったのは、放課後の事だ。帰ろうと靴箱を見たら、ちなつの国語の教科書が入れてあった。勝手に机から移ってきた訳がない。誰かが、ここに入れたのは明らかだった。
七、七月、時の果てに
夏休みが近づき、期末テストも近づいて来る。テスト期間中は部活無しか自主制となり、ちなつはバレー部に顔を出す事がほとんど無かった。
お尻事件があって、バレー部が練習をしている横ではバスケ部が練習をしており、アレ以来、黒馬の事が怖くなってしまって行きにくくなってしまっていた。事件の詳細が明るみに出る事は無かったものの、ちなつには記憶にいつまでも残っている消えない事件である。
一体、黒馬は何で、どういうつもりであんな事を。ちなつには理解不能だった。
家から近所のコンビニへ、ちなつはノートを買いに行く。そこで偶然会ったのが白羽と灰葉だった。
二人は学校帰りで、お菓子棚やアイスの入った冷凍庫の前で楽しそうに話している。新発売のアイスはCMで流れていた事を切欠に、チョコかミントか、はたまたレモンかと騒いでいる。割って入りミカンよと異種格闘を申し出た。
「対象商品二つでゲバダ大王のクリアファイルがもらえるって」
「それよりワンニャコのグミ可愛くない?」
「からあげ様買おうかな」
「花屋さん、何買いにきたっけ?」
「ノートだよノート。ありがと灰葉くん、忘れる所だった」
来た理由を成し遂げてレジから離れると、灰葉から呼び止められた。
「パピコ食べない?」
袋を持った手が目の前に差し出されて一瞬、身が固まった。パピコ、と言った後にうん、と頷いた。
袋を開けて中から取り出したパピコを割って、片方をちなつに渡した。レジから来た白羽の手にはヤセヤセ娘のアイスキャンデーがある。
「一番奥が空いてる」
灰葉に促されて、イートインスペースの奥へと進んだ。あとお一人様しか空いているスペースは無く、長居はできそうではなかった。
「期末、やだなぁ」
「もし悪かったら、夏休み中に補習とかあったりしてな」
「二年生ではそれは無いよ。来年、三年になったら分からんけど」
アイスを食べながら。話は途切れる事なく続いた。いつまでもこうしていたいけど――。願いは通じず、アイスを食べ終わると解散となった。
コンビニを出た所で、白羽と灰葉は自転車にそれぞれ向かい、カゴに鞄を置いたままだったらしいが、ちなつは気づいた。
白羽の鞄に白っぽい物が着けられていて、もっとよく見るとそれは流行りの推し活シリーズのライオンキーホルダーだった。
「じゃ、またね」「明日学校で」
手を振って別れる。今日は出会えてラッキーだったな、とちなつは胸躍った。明日、学校か……暑くなってきて億劫だけど、仕方ない、行くか。
「もう、いくつ寝ると~♪」
突然、歌い出す。どうせ家に帰って勉強だ、息抜きばっかりで、進まない。灰葉が買ったパピコになりたい。私たち、これからどうなっていくんだろう。
陽は遠く、でも熱く、輝いている。
その夜。リビングで涼んでいて勉強をしていると、母親に呼ばれた。普段は花屋のパートで夜もそこそこに遅いのだがこの日は家に居て、ちなつにキーホルダーを見せた。
表は白いライオンで、裏にマジックで「シロハ」と書かれていた。名前だろうか、というよりも何でここにコレがある?
「それがねぇ、今日来てたお客さんの誰かが落としていったみたいで、シロハって知らない?」
つまり、白羽が母親の店に行ったという事だろうか。ちなつは母親の手からキーホルダーを受け取り、数時間前に見た、記憶の中の白羽のキーホルダーと照らし合わせる。名前まで書いてあったかどうかは不明だったが、同じ物の様ではある。
「明日、本人に確かめてみるよ」
「そう? そうしてくれると助かるわ」
「その人、何買いに来たの?」
「え? 花の種よ。野菜もあるけど」
花の……白羽くんらしいかも、とちなつは思った。将来は植物のお医者さんだ、きっと常に研究しているに違いない。
翌日に早速、登校した本人に聞いてみると、やはりキーホルダーは失くしていたらしく、驚いていたが事情が分かるととても感謝された。
「ありがとう。探してたんだ。名前書いておいてよかった。こうして手元に戻ってきたんだから」
安心と喜んだ顔を見てちなつは嬉しくなって微笑んだ。「よかったね。まさかウチのお母さんから戻ってくるなんて縁があるね」と言い添えた。
その顔を見て急に白羽の表情が、様相が変わる。照れた様にも見えるし、戸惑いにも見える。
意を決したかの様に、声をかける。
「あの、花屋さん。お昼休みでいいんだけど」
「え?」
「話があって……話がしたいんだ。どっか、来てくれないかな」
意味深だったが、どっかってどこで、と話し合いの結果、体育館裏で、と決まった。
ちなつは授業中にもその事をずっと気にしていたが、お弁当はきっちりと食べた。
そして約束通り、体育館裏へ行く。花壇にはヒマワリなど賑やかに花を咲かせていて、満開だった。ヒマワリの花言葉って何だっけ、あなただけを見つめているとか、聞いた事がなかったっけとちなつは思い出す。
既に彼は参上していて、ちなつの顔を見るなり笑いかけた。
「ありがとう来てくれて。実は」
何故だか違う顔が浮かんだ。真剣な、白羽の顔が、全然違う人物の顔に見える。
「好きなんだ。付き合ってほしいです」
灰葉だ。ちなつは驚いた。「え……」でもすぐに白羽の姿に戻る。
錯覚だ、とちなつは息を呑んだ。何だって、彼は私の事が……好き?
嬉しいやら恥ずかしいやらで、返答に詰まった。でも、冷静に考えると、答えははっきりとしていた。脳裏に別の顔が浮かんだのがその証拠である。
「ごめんなさい。好きな人が居るの」
その言葉に、白羽の動きが止まってしまったかの様だったが「そっか」とどこかホッとした様な緩い表情になった。
「それならいいんだ。ごめん、驚かせて。気持ち伝えられてスッキリした、サンキュ」
御礼を言われて、何で、断ったのに、なんて優しい人なんだろうとちなつは泣きたくなってしまった。
じゃ、と軽く微笑んで彼は去ってしまった。しばらく動けなかったちなつだったが、別の音がして振り返った。
そこには、居るなんて信じられない人物が居たのだった。
「悪い、聞いてしまった」
灰葉リュン、昨日で今日。何も変わらないはずなのに、この気持ちは何だろう。恥ずかしい? 逃げ出したい?
ちなつは追い込まれる。黙ったまま、灰葉を見つめた。
「えーっと、その、何だ。ごめん。誰にも言わないから」
遠慮して立ち去ろうかという時に、待ったをかける。困った灰葉だったが、ちなつは顔を真っ赤にして、腕を掴んで離さなかった。
「好きです。ずっと、好きでした……」
ヒマワリの軍勢が応援していた。
もし、想いが叶ったなら。
それでも、『噂』は消えない。あやふやな情報が確かなものになるだけだ。
「諦めないわよ」
キバは残っていた。黄場が黒馬を好きという『噂』は、消えない。
僕らは、七十五日が経ったら、消えてしまう存在。
もしくは『噂』が「嘘」だったら、消えてしまう身。
だから「嘘」を「本当」「真実」にしないといけない。
僕らは生きようと、必死だった――。
白羽は、ちなつを好き。ちなつは、灰葉を好き。
黒馬は?
「七十五日なんて、あっという間でしたね」
シロハは目を閉じて、短い自分の生を想う。
「まだ時間はある。やり足らねえぜ」
クロバはしぶとく、終わりまで戦おうとする、運命に。
「やめておきなさい。またどこかで、おかしな『噂』が生まれますよ?」
「それって、誰の事?」
キバが吠えていた。「あなたの事とは限りません」とシロハは無表情で言った。
「七十五日が短くても精一杯の事をしました。人の気持ちは変えられる時もあれば、永遠の時もある」
死ぬ為に生まれた、とシロハは続けた。
「後悔はしていませんよ、充分です」
「おい、シロハ。体が」
分かってはいたが、シロハの体が薄くなっていき、ああ消えるのだと悟った。何も言えなかった。
消えた向こうは何だろう? どこへ行ってしまうのか?
分かっている事は、ちなつが灰葉を好きという事が公になり、黒馬がどう思うか行動に出るのかは分からないが、どうあれクロバもシロハの様に七十五日が来たら消えてしまうという事だった。
それまでに心変わりを黒馬がするだろうか。簡単に変われるだろうか。『噂』が立ってからの時間が迫っている。
自分も、消えるのだと、黒馬はいたたまれなかった。
八、七月、時は新たに、そして生まれる
期末テストが終わり、夏休みが目前だった。ちなつは数学と理科の結果が芳しくなく、塾に通う事になった。
そんな事に費やす位なら、スマホを買って欲しいと不満だった。しかし、
「あれ、花屋さん」
塾には、灰葉が居た。先日に振られたばかりのちなつは、どう応対していいのか迷っていた。塾の出入り口で立ち往生してしまい、挨拶さえ出て来なかった。
「先行くよ」
弱った顔をしていたが、言った通りに先に入って行った。その隙間に通行人が何人か、ちなつを一瞥したりで次々と入って行く。
固まってしまって何の反応もできなかった自分が憎らしくて堪らなかった。
(私のこの気持ちが、消える事はない……)
顔を赤くしながら、深呼吸をした。
(消えないんだから!)
空に誓った。まだ、明るい。
四組の桃波ことみは、公園で、人形遊びをしていた。買ったばかりの新しいワンピースを着せていた。写真を撮ったり、話しかけたり、誰かとラインしたり。ラインで「失恋ちう」「めげない。ファイト!」「応援しまーす」と、自分を励ましたりである。
その頭上になるが、『噂』なる「影」が居た。モモハといった。
ラインで桃波は書き込む。
「知ってる? ラーメンにナルトを入れたら溶けちゃうんだって」
妙な『噂』が生まれたものだった。七十五日、『噂』は自分が消えない為に、動き出している。
「あれー?」
ちなつがラーメン屋で食べようとしたナルトが、スープに沈んで溶けてしまった。「ナルト、食べたっけ?」
『噂』が、一人歩きしていた。
〈END〉