暗躍する執事さん
暗躍って程でもないけれど・・・。
エレベーターを1階で降りたところで、「あ。」とある事に気付く。
そういえば、職場は以前携帯の電波が入りにくく、お客様から不満も出たりしていた。
今回の改装で携帯のアンテナ設置も行われる予定と言ってたけど・・・
結局どうなったのかな。
あたしも結構不便な思いをしてたんだよねぇ・・・。
確かめてみようと新品ピカピカの携帯をバッグから取り出した。
うん。3本立ってる!
まゆさんのお店は1階とはいえ、モール自体が斜面に立てられているので、
半地下のような場所にあった。
だから心配してたんだけど、半地下でも大丈夫なようだ。
そういえば・・・昨日壊れた時、元々あったデータって大丈夫だったのかな。
昨日交換されたセルジュさんの番号が唯一のデータだったりして・・・
「あ!ちゃんと残ってる!」
「何がですか?」
「携帯に入ってたデータ!壊れた携帯から引き出せたんだね!」
良かったぁ~~!
喜んでいると、隣を歩いていたセルジュさんが一瞬歩みを止めた。
「ん?どしたの?」
「いえ。何でもございません。お店の場所はこちらですか?」
「ううん。こっち。」
さりげなく話題を変えられたのにも気付かず、あたしはセルジュさんをお店の
方向に案内した。
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お嬢様の思い人は『横井 新太郎』
あの写真の、目の細いメガネをかけた男だった。
データを求めていたものの・・・携帯を踏みつけてしまうとは思わなかった。
もっとも、そのおかげでどの「ヨコイ」か分かったわけだが・・・。
横井新太郎、27歳。
モール内の、時計店に勤める男。
性格は、紳士的に見えて・・・・野心家。
本当は東京にある本店で働きたいと思っている。
そのため、付き合っている女性もいない。
このモールでの勤めは、単なる踏み台だと思っているようだ。
自信家でもある。か・・・。
お嬢様との出会いは、お互いの職場の飲み会が同じお店で行われており、
なんとなく合同のようになったらしい。
改装前は、同じ半地下のフロアにその時計店はあったが・・・
改装後は、時計店だけが2階に移った。
「ここでーす!」
お嬢様の声で、店の前まで来た事に気付く。
「ちゃんと名前で呼んでね!」
私にだけ聞こえる小さな声で言うと、店の奥に向かって元気に挨拶した。
「おはよーございまーす!まゆさん。お久しぶり!」
奥から、お嬢様よりも年上の、小柄な女性が出てきた。
ゆったりしたワンピースにレギンス、明るい茶色のふわふわした髪の、
少女のような女性だった。
・・・とは言っても、彼女の事も、もう既に頭には入っていた。
少女のような容姿で、少女のような話し方。
でも、それは見かけだけ。実際はとても芯の強い、熱い女性だ。
結構な、曲者だ。
今も、頼りなさげな風貌で、でも目は強くしっかり私を見ていた。
しっかり見極めようとしてるように。
この人は・・味方にしておいた方が良さそうだな。
「はじめまして。セルジュ・ロマーニと申します。今、みはるさんのお宅に
お世話になっています。開店準備という事で、男手があった方が便利かと
思いまして、お手伝いに参りました。」
そう言って、にっこりと笑顔を返した。
今までは、周りにもっともっとやっかいな人間がいた。
大切なものを手に入れるためには、そんなにカンタンに本性なんか、見せない。
値踏みするように見ていた厳しい瞳のまま、
「店長の川田まゆです。嬉しいわー。じゃあ、今日はよろしくお願いしますね」
そう言うと、「みはるちゃん!こんな素敵な男性が居るなんて聞いてないわ~」と
言いながら、早速引き離しにかかった。
これは・・・先が思いやられるかも・・。
予想通り、棚の設置やダンボールを倉庫から運んだり、なかなかハードな役目だけが
回された。
休んだのはランチの時だけ。
根を上げるのを期待していたようだけれども・・・こう見えてずっと鍛えている。
着々と、言われる仕事を片付けていた。
その時
「いたっ!!」
「!大丈夫ですか?どうされ・・どうしたんです?」
「大丈夫。ぶつけただけ・・」
大丈夫とは言うが、設置途中の棚の金具にぶつけたらしい膝からは少しだが
血が出ている。
「店長、みはるさんを医務室に連れて行ってきます」
「お願い。医務室の場所は2階の奥のオフィススペースよ」
「ごめんなさい・・」
立とうとするお嬢様を、一気に抱き上げた。
「ひゃあ!」
「無理して歩かないでください。ひどくなったらどうするつもりですか。」
医務室は2階・・・好都合だ。
エレベーターよりも、動いていないエスカレーターの方が、近いな。
それに・・・人目につきやすい。
ずんずん建物の中央のエスカレーターに向かう私の行動に、お嬢様が焦り出した。
「ちょ・・!エレベーターで行けばいいでしょう?」
「遠回りになりますから」
「そうだけど・・あの!恥ずかしいから降ろして」
「ダメです」
2階に着くと、お嬢様の抵抗はもっと激しくなった。
何度頼まれても降ろすつもりなんか無い。
このフロアには、あの男も居るのだから。
お姫様抱っこは、やっぱ永遠の憧れですよねぇ。