同行者は執事さん
部屋を飛び出したあたしは、闇雲に城の中を走った。
すると。
柔らかな日が差す場所に出た。
そこには綺麗な花々な咲く中庭だった。
・・・あたしの「中庭」の概念からは遠く離れた広大な中庭だったけれど。
屋根が美しく曲線を描く、小さな東屋を見つけ、そこにぺたりと座り込む。
お金持ちって、色んな苦労も苦悩もあるんだろうけど、それでも庶民より
絶対幸せなんだと思ってた。
でもあれは絶対踊らされてるよ~~。大臣も言って・・って、それでその気に
なっちゃったのかな?
それで、あんなに愛情深く接してくれるご兄弟に対してまでも頑なになってたなんて・・。
悲しいよ・・・。
ふぅ。大きくため息をつく。
明日。帰ろう。うん、サインもしたし。あたしにはついていけない世界だ。
「日本からの可愛いお客様が、どうしてここでそんな大きなため息を?」
突然、柔らかいテノールが聞こえ、俯いていた顔を上げる。
あ。第1王子の・・・
「ジョルジュさん」
「どうか、したのかい?セルジュが何か失礼なことを?」
少し笑って、顔をふるふると左右に振った。
あたしに対してなんて、何もない。むしろ、彼はあなた達に失礼な事をしているのに・・。
セルジュさんよりも少し華奢な体つきのジョルジュさんが隣に腰を下ろす。
「セルジュさんは・・いつもあんな他人行儀なんですか?」
「・・・昔は、違っていたよ。誰よりも屈託のない笑顔を見せる天使のような子だった。
そうだね。イギリスから戻ってくるまでは」
イギリス?大学の時だ。
「イギリスには、今外務大臣をしている、叔父の義兄が同行しててね」
「外務、大臣・・」
『大臣だってそう言って・・』
さっきのセルジュさんの言葉が甦る。
「クーデターの噂があるんだ」
「え?」
「えーと。日本語で言うと、謀反?」
いえ、クーデターでわかりますが。
「・・・セルジュが加担しているという情報があってね」
「っ!!!」
話はそんなに大きくなっているの?
本気で・・・セルジュさんは本気でこの優しいお兄さんを傷つけようとしているの?
「セルジュさんは、お兄さん達をとても好きです!何かの・・間違いです。
きっと、巻き込まれてるだけです!」
「ありがとう。うん・・私達も、そう思うよ。でもね、たとえ巻き込まれているのだとしても
私は見極めて、裁かなければいけない立場なんだよ」
兄弟同士で・・・愛し合ってる家族同士でそんな事・・・。
どちらも、望んでないのに・・。
「遺産の殆どを相続放棄したって聞いたけど?それにはセルジュも含まれるのかい?」
「え?あ、ハイ。もう、サインもしました。明日・・帰国します」
でも・・セルジュさんどうするんだろう・・どうなるんだろう・・。
さっきまで目の前にあって、セルジュさんの綺麗な青い目が思い出されて仕方なかった。
とてつもなく、ざわざわと胸が騒いだ。
「サイン・・だけ?」
「えっ?何か、言いました?」
「いや・・この国も、少し騒がしくなりそうだから、明日帰国するのは良い考えだと
思うよ。手配しよう」
立ち上がりながらそう言ったジョルジュさんは、物騒な物言いとは裏腹に、少し
すっきりした表情をしていた。
この国が少し騒がしくなるって・・なんだ!?
セルジュさん・・・大丈夫かな・・王様の座狙ってるって、バレバレじゃん!!
------------------------------------------------------
案の定その夜はまったく眠れず。
自分が色々と聞いてはいけない事を聞いてしまったんではないか。まだどうにか
出来るんじゃないか。いや、あたしに何が出来るってーんだ!と、頭の中は
その繰り返しだった。
「どうなさいました?顔色がよろしくないようですが」
早くに起きて朝食の場に現れたあたしの顔を見て、セルジュさんが驚いたように言う。
対する君はどーしてそんなに活き活きとしてるんだ!?
今渦中の人なのに!!!
昨日の愚痴王子っぷりは何だったんだって位、それはそれは晴れやかな顔をしている。
「セルジュと離れたくなくなったのではないか?」
からかうように言ったのは、昨日の会話が無かったかのように面白そうに
目を輝かせているジョルジュさんだ。
「ジョルジュ兄さん、僕は彼女に捨てられたのですから。そんな皮肉を言わないで
くださいよ」
笑って応戦するセルジュさん。
んん???な、なんだ!?なんだって今日はそんな普通の仲良し兄弟みたいな
やり取りなんだ!?昨日のギクシャクはなんだったんだ?
もうわからない事だらけだ。おかげで、この国の絶品チーズオムレツとパンを
味わう事も出来なかった。
---------------------------------------------------------
帰国するあたしに用意されたのは、あたしが記憶する飛行機とは随分形が違うものだった。
「コンコルドですよ。」
こっこれがあの!!!!
「もう使われてないんじゃなかったんですか?」
「そう。ジュエル王国が買い上げました。王室の自家用機として、王と王子が
それぞれ1機ずつ持っているんです。」
はぁーーーー!!!!!金持ちって!!!
まぁいいや。乗れるなんてラッキーだ。
滞在中お世話になった人達と、見送りに来てくれた王室の殆どの人達に挨拶し、
セルジュさんの専用機だというコンコルド・セルジュ号(勝手に命名)に
乗り込んだ。
タレント弁護士は先に出国していた為、帰国は1人だけれど、乗務員の方が
2人も乗ってくれるらしい。
至れり尽くせりだ!なんて贅沢!!
これだと、1人でも暇じゃないね♪離陸態勢に入り、窓から外を覗いて手を振る。
・・あれ?
「セルジュさんがいない・・」
ぽつりとつぶやくと、後ろから「ここに居りますよ」と低い良い声がした。
「え!?どうして!!!!」
なんでセルジュさんが一緒に乗ってるの!!!
「私はあなたの執事ですから」
「違うでしょう!放棄しますって書類にサインしたもの!」
「サイン・・・ね。判は、押しました?」
「は!!!はぁ~~!?」
セルジュさんは、やれやれ。といった感じに肩を少しすくめた。
「先祖は日本語だけ広めたわけでは無いのです。印鑑も広めたのですよ。
ジュエル王国の公式書類には捺印が無いと無効となります」
「き!昨日言ってくれなかったじゃないですか!」
「お部屋を飛び出されましたし」
ふふ。と綺麗な笑顔を見せる。
「私はおっちょこちょいな主人を持ったものです」
え!あたしの所為ですか!!
「執事なんて!無理です!あの、すぐまた書類作って国に帰ってください!」
「書類は、昨日の日付でしたから、もう無理です。それに、私はもう国に帰れません」
「今はもう無理だけど!日本に着いたらトンボ帰りで・・」
「いえ。そういう意味ではなく。
クーデター計画がどこからかバレましてね。大臣は失脚。私は加担したとされて
しばらく国を出なくてはいけなくなりました」
言ってる事ば物騒な事なのに、またもや晴れやかなキラキラ笑顔を見せ、爽やかに
言ってくれちゃった。
「つまり・・・」
「これからよろしくお願いしますね、お嬢様」
ニコリ。
結局はお持ち帰り。