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執事さんのそっくりさん

「ちゃんとセルジュさん自身を見て受け入れなさい。今、一緒に居る。この事実は変わらないんだから。ちゃんと受け止めなきゃ人として失礼よ!」


「どうやって!」


叫んでパチリと目を開けると、オーロラのようにあたしを包み込む天蓋が見えた。

繊細な彫刻が施された天井部分から淡い花びらがついたたっぷりドレープの柔らかなレースが視界に広がり、外の世界からあたしを優しく隠す。

それは今のあたしの心そのもののようで、慌てて掻き分けて外に飛び出した。

その途端にクリアになる視界。


「あぁーー。夢にまで見ちゃったよ……都子のキメポーズまでしっかりと見ちゃったよ……」


セルジュさん自身を見て受け入れろって、どうやって?

今までは違ったって言うの?

ちゃんと、セルジュさんと向き合ってるもの。

確かに別世界の人だなって最初は思ってたけど、でも今は違う。お姉ちゃんの事を任せたのだって、セルジュさんを信じてたからだ。でも、離れてみたら寂しくって……会えたら嬉しくって……時々無茶苦茶な所あるけど、でも、大切な存在なんだなって分かったもん。

――それだけじゃ、足りないって言うの?


うーん……パジャマのままカウチソファに胡坐をかいて考えてみる。


セルジュさんが、あたしにとって家族同然に大切な人なのは、うん。間違いない。

まゆさんや、香澄、都子の大切とはちょっと違う。

同じ『大切』だけど、種類が違うんだ。


都子はセルジュさんが全てを捨ててあたしについて来たって言ってたけど……それはちょっと違う気がする。

だって今はホラ、クーデター未遂事件に巻き込まれた為騒動が落ち着くまでは国に帰れない。だっけ?それにあたしが相続したっていう(実感ないけど!)遺産に、専属執事でセルジュさんが入ってたんだよ。そうそう、印鑑が無かったから相続決定したって話になったんだよね。

よしよし。起き抜けのあたしにしては、頭がぼうっとしてないぞ。


それで一緒に来て……ウチに同居して……


ん?


どうして、そのままずっと一緒なんだろう?


だって。確かに相続したかもしれないけど。それっていつまでの話?

セルジュさんの人生、どうなっちゃうの?

やりたい事、なりたい自分がセルジュさんにだってあるんじゃないのかな。

セルジュさんだっていい大人だし――って、セルジュさんっていくつ?

あれ?あれれれ?

ええと、好きな色は明るい青でしょ?だってミドルネームがアクアマリンだもんね。え?でもそれって好きな色?

じゃあ好きな食べ物は?趣味は?そもそも毎日何してるの!?


あたし……セルジュさんの事、全然知らないかもしれない!


さっき外に這い出たはずなのに、視界がまた天蓋の中に入っちゃった感じ。薄いレース越しにしか、セルジュさんを見ていなかったのかもしれない。

今更ながらそれに気付いて、あたしは愕然とした。

そのままのポーズで呆然としていると、コンコンと優しいノックの音が聞こえた。

あたしは一瞬セルジュさんが起こしに来たのかと思って慌てたんだけど、入って来たのはメイドトリオのひとり、アリーさんだったので心底ホッとした。

今、この混乱した状態でセルジュさんと顔を合わせたら確実に挙動不審になってしまう!しかも、いまだに続く例の『ほっぺにチューが目覚まし時計』。頑張って先に起きていたらそれはそれで、セルジュさんは心底残念そうな顔をするのだ。


「あら。お嬢様、起きてらっしゃったのですね。お早うございます」


トレーを手にして器用に腰を屈めて礼をしたアリーさん。紅茶セットが乗ったトレーは重いだろうに、カチャリとも鳴らずにアリーさんの動きと共に少し沈む。

これはこっちに引っ越してきてからの習慣となったアーリー・モーニング・ティーだ。

いそいそと胡坐を解くと、テーブルにそっと置かれアリーさんが紅茶を淹れてくれる。少し濃い色のそれは、たっぷりのミルクが加えられてマーブル模様を描いた。

ミルクたっぷりの優しい熱い紅茶を、朝に寝室で飲むんだって教えてくれたのはセルジュさんだっけ。

そんなことを考えながらカップを口に運ぶ。口につける前にふんわりとミルクティーの甘い香りがして、自然と頬が綻んだ。


「ところでお嬢様、今日はなぜ早起きを?何かお悩みがあるのでは……」


傍で控えているアリーさんが明るい緑色の瞳を心配そうに揺らして聞いてきた。

ちなみに!メイドトリオさんはアリーさん、ケリーさん、モリーさんです!

トリオのリーダー(と言っていいのか分からないけど)は、アリーさんで、蜂蜜色の髪を大体はお団子にしていて、緑色の瞳。いつも落ち着いていて、慌てた所を一度も見たことがない。

ケリーさんは黒髪のショートボブにブルーの瞳で、背が高くモデルさんのよう。明るくて元気なムードメーカー。そしてモリーさんは赤毛のショートカットで、榛色の瞳で少しふっくらしていて性格もおっとりさんです。

見た目こんなに違うトリオなんですが、連係プレーは本当に見事。

三人とも元々ジュエル王国でセルジュさんに仕えていたんだって。


「あの……お嬢様?」


――おっと、また思考が脱線しちゃったよ。


そこであたしはハッと気付いた。元々セルジュさんに仕えていたんだから、アリーさん達に聞けば分かるじゃないか!


「アリーさん!セルジュさんって、どんな人なんですか?」


その質問が余程意外だったのか、アリーさんは目をぱちくりとさせ、次の瞬間フフフと笑い出した。


「まぁ、お嬢様が一番ご存知でございましょう?」

「そんな事ないです!アリーさん達なら、ずっとセルジュさんに仕えていたし、もっと知ってると思って……」

「あらまぁ、お嬢様と出会われる前の事もお知りになりたいのですね?なんてかわいらしいのでしょう。フフフ」


いや……あの、そうじゃなくて……。


「私はセルジュ様にお仕えするようになって20年になります。セルジュ様は幼い頃から美しく、お優しくて何でも出来るお子様でしたの。周囲にとても気を配る方で兄弟喧嘩も殆どありませんでした」


誇らしげに話すアリーさんの言葉に、なんだか胸がもやもやした。

――なんだか、初めて会った頃のセルジュさんみたい――綺麗だけど、透明で頑丈なガラスの向こう側に居るような……近いようで、とても遠いような……。


「お嬢様っ」

「あ、ケリーさん」


ココンッと軽やかなノックとほぼ同時にカチャリとドアが開けられ、白く小さな顔を艶やかなショートボブの黒髪が包んだ華やかな容姿のケリーさんが入って来た。


「まあっ、ケリーったら。なんです、お嬢様のお返事も待たずに入室するなんて」

「あら、アリー居たのね。ごめんなさい。お嬢様にお見せしたいものがあって、つい気が急いてしまったの」


室内にアリーさんが居るのを見て、ケリーさんが思わず肩をすくめた。

ケリーさんはメイドトリオの最年少だ。一回り年上で大先輩のアリーさんにはいまだによく叱られるらしい。

アリーさんはまだ何か言おうとしていたけれど、ケリーさんが助けを求めるように視線を寄越したので、慌ててケリーさんに尋ねた。


「見せたいものってなんですか?」


すると、アリーさんが苦い顔をしながらも口を噤んだ。でもきっとケリーさん、後で小言を食らうんだろうなぁ……。


「これですわっ」


ジャン!


なんとケリーさん、「ジャン!」と自分で効果音をつけながら身体の後ろから、高そうな分厚いファッション雑誌を取り出した。

おおっ!それは毎月発行されるのに、一冊2,500円もするというおセレブなファッション誌ではないですか!

4ヶ月購読するだけで諭吉さんお一人旅立ってしまう雑誌です!地元の小さな書店では売ってませんよー。でもお姉ちゃんが元義兄と付き合ってる時に取り寄せて買ってたから存在は知ってるんだよね。


「あれ?でもこれって、確か月末……明日発売じゃありませんでした?」

「ハイッ!でも、特別に早く手に入れたのです!」


ホラホラッ!とページを繰ると、見開きでババーンときらきらの金髪に印象的な紫の瞳が!!

こ、これは……!


「セルジュ様が、モデルのお仕事を再開されたのです!」


ホラホラッ!とケリーさんがどんどんページを繰っていく。


瞳のアップから始まり、全身のシルエット、金髪が印象的な後姿に彫刻のような鼻筋の通った高い鼻が美しい横顔。でもそれだけじゃなかった。

今まで、決して全体像を見せなかったセルジュさんがとうとう誌面で全身をさらけ出したのだ!

次のページではシンプルな黒のトレンチコートをスマートに着こなしている姿が載っていた。染み一つない白い肌も、濃厚な蜂蜜のようなゴージャスな艶のある金髪も、ほんのり色づいた薄い唇に乗った蠱惑的な笑みも、心の奥深くに一瞬にして入り込んでくるような強烈な紫色の視線も、全てが明るい照明に晒されていた。


さっきまでケリーさんに対して難しい顔をしていたアリーさんまでもがうっとりした表情になっている。


あれ?でも……


「なんか……おかしくないですか?」


「何がでございますか?あぁ……確かにお嬢様にお見せするような表情はカメラの前ではお出しにならないかと思いますが」


「うーん……?それですかね?でも……何か違うんですけど……」


すると、二人ともそんなあたしの様子に首をかしげてしまった。


「ううん。いいんです。あの、この雑誌もらっていいですか?」


「勿論ですわ!その為にお持ちしたんですもの!」


張り切って返事をしたケリーさんの腕をアリーさんがしっかりと掴んだ。

掴まれたケリーさんは頬をひくひくさせている。


「お嬢様への用事が済んだのなら、少しお話致しましょうかね?ケリー?」


怖い。怖いです、アリーさん!目!目が笑ってませんーー!!

ごめん、ケリーさん……手を振って見送ることしか出来なくてごめんね!


さてと。


改めてファッション誌をめくってみる。けど、やっぱりもやもやは拭えない。


目に飛び込んでくる情報はセルジュさんそのものなんだよ。でも、何かが違うと訴えてくる。それが何か分からない、そんな感じ。


セルジュさんに仕えて20年というアリーさんに聞いても、欲しい情報は得られなかった。ええと、雑誌の登場であんまり突っ込んだ話も出来なかったけど、あの様子だと得られる情報は表面的なものでしかなかった気がする。


ありのままのセルジュさん。かぁー……受け入れろって、ホント、どうやって?何にも知らないのに。


「これってほんとにセルジュさんですか?なんて、それこそバカな質問じゃない?」


紙の上からでも強烈な視線で見つめるセルジュさんを指でぐりぐりしても、勿論誰も答えてはくれなかった。



その後、用意された朝食を食べて敷地内を散歩してくると言い残し部屋を出ると、フロアコンシェルジュの村井さんがにこやかに挨拶してくれた。


「お早う御座います。本日はとてもよいお天気です。今日はどちらへお出掛けですか?」


「すこし散歩してこようかと思って……あれ?」


村井さんの背後に蜂蜜色の光るモノが見えた気がして、思わず声を上げていた。


「お嬢様?何かございましたか?」


「あの、あそこ、なんですか?」


長い長い廊下の向こうのガラスを指差すと、村井さんは「西館との間にあるフロア専用のジムですよ」と教えてくれた。


緩やかなS字カーブのこの高層マンションは、実は東館と西館がつながってS字になっている。その東館と西館の間にはフロア専用のジムがあるのだそうだ。

あたしは身体を動かすのは苦手なので、行った事はないけれど、セルジュさんはよくここで身体を動かしているらしい。フロア専用とは行ってもそれぞれの棟に一部屋しかないフロアなんだからほぼ独占じゃないか!


もしかしたら、さっきチラリと見えたのはセルジュさんだったのかもしれない。用事からもう帰ってきたのかな?

運動するセルジュさん、それはそれで新発見があるかも……と、ジムに行ってみる事にした。


近づいてみると、ランニングマシンで一心不乱に走っている後姿が見えた。

ランニングマシンは床から天井までの大きな全面ガラス窓に向かって設置されている。大都会をこんなに高い場所で見下ろしながら走るのって、気持良いのかもしれない。夜は夜景とかすごく綺麗なんだろうなー。

ジムへの入り口となるドアの横には、もう見慣れてしまったタッチパネルがあった。指を近付けると、当然のようにしゅるっと開く。

あたしに背を向ける黒のTシャツを着た広い背中は汗でぐっしょりと色を変え、背中に張り付いていた。

長めの襟足も汗で濡れている。マシンは結構な速さで動いている。もうどれ位走りこんでいるんだろう。両耳からはイヤホンのコードがぶら下がり、何かの曲を聴いているようだ。

何聴いてるんだろう……くそうー!好きな曲も知らないよ。なんか悔しい!!よし!このまま背後から驚かしてやるー!


ぐっと拳を握って一歩踏み出すと、その後姿はあっさりと振り向いてあたしの野心はあまりにも簡単に散ってしまった――のだけれど……。


マシンを止めて振り向いたその顔はセルジュさんなのに、不思議そうに紫の目を丸くした視線があたしを見下ろしていた。


紫の瞳――あれ?


「君……もしかして」

「モデルで再登場したの、あなた?」


雑誌のセルジュさんを見た時の違和感が、一瞬にして霧散した。

やっぱりあれはセルジュさんじゃなかったんだ!


「すごい。よく分かったね」


にやりと笑うその様子も、セルジュさんに似てはいるけれどもやっぱり違う。

目の前のそっくりさんは、片頬だけを上げてフッと笑んだ。


「以前は確かにセルジュさんだったけど、今回はあなたがエスなんでしょう?」


すると、そっくりさんはランニングマシンのリモコンにひっかけていたタオルを手にして優雅な仕草で汗を拭きマシンから降りた。


「カメラマンも誰も気付かなかったのに、さすがだね。お嬢様」


「あなたそっくりだけど、でも違うもの。良かった。雑誌見てからもやもやしてたの。セルジュさんじゃないのに、アリーさんもケリーさんも気付かないんだもん。セルジュさんの事、教えてもらおうと思ってたのに……」


「セルジュの事、知りたいの?俺が教えてあげようか?色々知ってるよ。何しろ生まれてからずーーっと一緒だったんだから」


あたしはふと上を見上げた。薄い唇は弧を描いているけど紫の目は笑っていない。


「あなた、誰ですか?」


すると、冷たい色を湛えていた瞳が少し和らいだ。


「それ、今なんだ?まぁいいや。すぐに見分けたんだから、合格。俺はね、シモン。セルジュの従兄弟だよ。アイツよりも少しだけお兄さん。生まれた時からずーーっと一緒。仕事がセルジュの護衛だからね。だからあいつの黒歴史も知ってる。どーする?セルジュをクーデター計画から救い出したオヒメサマ?」


黒歴史!なんだか危険な香り!


「し、知りたいです!」


「では、私の全てを教えてさしあげますよ。直接、私の全てを……」


突然頭上から聞こえた声に振り返る間もなく、暖かな腕に抱きこまれた。


「せ、セルジュさん?いや、なんかあの……セルジュさんが言うと全ての意味がなんだかおかしく聞こえるんですけど??」


「うふふふふ。何がでしょうね?私の事を知るのに、直接尋ねずにシモンを頼ろうとするなど……酷いお方ですね?まぁいいでしょ」


そのままずるずるとジムのドアへと引きずられる。というか、あたしの足は殆ど浮いてる。

視界の端に映るシモンさんがどんどん遠ざかっていくんですけど!

あっ、シモンさん、何手を振ってるんですか!「ご愁傷様ー」って何ですか!

この光景、最近見たような気が……デジャヴですか?それよりなんであたし拉致されてるんでしょう?いつの間にかオヒメサマ抱っこだよ!目の前には満面の笑みを浮かべたセルジュさんがいる。


あ。目が合った。


瞬時に瞳に甘い色が混ざる。


「私にもお嬢様の全てを教えてくださいね?」


その言葉に、あたしの背筋にぞくりと震えが走った。


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