執事さんと小旅行
厳密に言えば、小旅行計画。
改装したばかりなのに、また改装。
まゆさんに、モールの管理会社に持っていくように言われた書類を持って
社員用エレベーターで2階にやってきたあたしは、仕事中にも関わらず
ちょっとだけ・・ちょっとだけ。と、遠回りして横井さんの居る時計店前に
やって来た。
売場の一部を囲い込み、中でなにやらゴトンバタンと音がする。
今までそこに並べられていたのだろう、時計たちは、今売場に出ている
ショーケースに窮屈そうに並べられていた。
「あら。日野さんじゃない」
時計店の、女性の店員さんがやって来た。
えっと・・・だ、誰だっけ。
「また改装なんですか?」
こうなったら名前を出さずに会話を続けてみよう。
「そうよー。今度ね、国内でも取り扱い店舗の少ない、高級時計ブランドの時計を
扱えるようになったの!
その為の特別なショーケースをね、用意してるのよ」
彼女はふふふ。と得意げに笑った。
あたしは・・あまり時計に詳しくない。というか、ブランド全般詳しくない。
だからイマイチ、ピンとこなかった。
「はぁ・・特別のショーケース用意するような、すごい時計なんですか?」
「そうよ!他の時計と、桁がひとつ違うわ。」
ええーーー!そ、そんなモノを腕につけて、誰が出歩くというのだ!
想像できない世界だ。
「今、横井くんはその件で研修に行ってるの。」
なんだ・・いないんだ・・。
ちょうど、女性店員さんはお客さんに呼ばれたので、あたしも寄り道を切り上げて
管理会社に向かった。
会えるかも?とちょっと期待してただけに、その後の足取りは重かった。
「まゆさんー、2階の時計店、また改装してました。なんかすごい有名なブランドの
時計を扱うみたい」
「・・・寄り道したの?」
はっ!!!ついついお使い中の寄り道を自ら暴露してしまった!
「え~と・・ちょ、ちょっとだけ」
へへへ。と笑うと、まゆさんは「横井くん、居なかったでしょ」と言った。
「はい・・なんで知ってるんですか?」
「みはるちゃん、連休取りなさい。最近働きすぎだわ。すごく有難いけれど、
頑張りすぎたらパンクしちゃう。在庫結構あるし、たまにはゆっくり休みなさい」
突然、まゆさんから連休を言い渡された。
な、なんで~~?
不思議そうにしていると、11時45分の男がキラキラ笑顔でやって来た。
今日は平日なので、周りでキャーキャー騒ぐのは暇を持て余している女子大生と
主婦のみだ。
「あっ、セルジュさん。ちょっと待って!」
売場の整理が途中だったんだ。お昼休みの前に片付けておかなきゃなー。
あたしはセルジュさんをカウンターに残して売場に向かった。
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「あなたでしょう」
「何がです?」
「横井くんに、時計ブランドを紹介したの」
店長がチラリと私の腕時計に目をやる。
「長年愛用しているブランドですからね。近くにあったら助かるのに。と言ったまでですよ」
そう。それを、「こちらも扱えるよう努力している」と前向きな発言をしたのは
向こうだ。
「横井くん、お手柄だって社長直々にお言葉があったらしいわ。今、そのブランドの方に
研修に行ってるんですって」
「取り扱いが難しい時計ですからね。知識が無い人間には売らせない厳しいブランドです」
「分かってて紹介したくせに」
「横井くん、本店に呼ばれたわよ。そのブランドの責任者ですって。東京本店に在籍して
各店舗をまわるらしいわ」
「すごい出世ですね。喜ばしいことではないですか」
「みはるちゃんは落ち込むと思うわ」
「・・・・」
「仕掛けたあなたに頼むのはとーーーーってもムカつくけれど、仕方ない。
みはるちゃんに連休をあげる事にしたの。リフレッシュ休暇よ。確かに最近
頑張りすぎてたし」
「・・・つまり?」
「この件は横井くんみたいに野心のある子には大きなチャンスだわ。みはるちゃんの
事は気にかけてると思ったんだけど・・でも今の彼なら容赦なく切り捨てて行くでしょうね。
研修が終わったら簡単な引継ぎをして、すぐに異動みたいだし、少しここから
みはるちゃんを引き離そうと思って」
「なるほど・・・休暇が終わった頃、彼はもう急な異動でここには居ない。と
言う事ですね」
「そうよ。彼はきっと本店に行くと決まったら、みはるちゃんに冷たくすると思うの。
それは・・見てられないから」
「良いでしょう。この話、乗りましょう」
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「急に1週間もお休みって・・何したらいいんだろー?・・・あ。」
「家でアクセサリー作りは、ダメですよ、リフレッシュ休暇になりません」
むーーー。作り貯めておこうと思ったのに・・・。
「お友達に会うとか、どこかに泊りがけで出かけるとか・・色々あるではないですか」
「あ!そうだね!」
親友の香澄と都子には、一緒にパリに行ってから会っていない。
ふたりは東京でOLをしてるからなかなか会えないのだ。
ジュエルから帰って来て、なぜかセルジュさんもついて来たと言ったら
会わせろってずーっと言われてるしなぁ・・・。
「セルジュさん!一緒に東京に行きませんか?」
「東京、ですか?」
「だめ、かな?」
「勿論、お供致しますよ」
願っても無い申し出だった。
ただ、横井の居場所を確認して近寄らないようにしなければな・・・。
セルジュさんはキラキラ笑顔の下に、こんな黒い考えを綺麗に隠していたのだった。
勿論、あたしは全然気付く事もなくいそいそと2人に送るメールを作成してたのだった。