表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不老不死のお薬だしときますね  作者: 黒留ハガネ
1章 旅の仲間
6/16

6 どしたん? 話聞こうか?

「――――という理屈が成り立つ。だからもう分かったと思うけど、いわゆる魔力っていうのは形而上(けいじじょう)成分の事なんだよ」

「なるほど」


「この世界には石とか水とか木とか人間とか、そういう目で見て触れる物があるじゃんか。これが物質。唯物とも言うかな。酸素とか炭素とか水素とか、ザックリ物理化学で習う原子・分子の事だと思ってもらえたらいいんだけど、見張りの人は分かんないだろうし深掘りはしないでおくか。えーと、で、唯物の反対。つまり幸運とか、心とか、愛とか憎しみとか優しさとか。そういう目に見えない触れない物が形而上成分ね。分かる?」

「なるほど」


「魔法とか霊薬はこの目に見えない形而上成分を目に見える物質……形而上物質に変えてるんだ。例えば魔法の火は『熱い』『赤』『まぶしい』とか、そのへんの形而上成分を合成して作る。本物の火そっくりなんだけど、本当の意味では火じゃあない。魔法の火は、というか火だけに限らず魔法によって生成された全てのモノは形而上成分の合成が不完全で、時間が立つとバラバラになる。それで消えるように見える」

「なるほど」


「その点、霊薬は魔法よりちょっと力強く合成されてる。理論上、形而上成分を完璧にビッタリ合成すれば絶対に壊れないし劣化しない完璧な物質が出来上がるんだけど、それは理論上の話だから。普通、霊薬はそうならない。でも魔法よりは強めにしっかり合成されてるから、魔法と違って時間経過で消えはしないんだけど、なんか存在感がフワッとした儚げな液体みたいな感じになるワケさ」

「なるほど」


「で、ここからややこしいんだけど。魔法は呪文を唱えて生成する。じゃあ霊薬はどうやって生成しているかっていると、いわゆるパラドックスの力を借りている。基本的には目を閉じたりして未観測領域を作る事による形而上学的不確定性原理と、同じ形而上成分を速度の違う慣性系に置く事による双子のパラドックスの応用と、もちろん言うまでもなくタイムパラドックスと……」

「なるほど」


「……見張りの人、話ついてこれてる?」

「なるほど」


「分かった講義終了。ごめんな、自己満足トークに付き合わせて」

「なるほど」


 いかん。偉大な研究成果を掴み取った興奮で少しおかしくなっていた。

 これから霊薬を使って脱走しようって時に、霊薬の秘密をペラペラ見張りに話すなんてどうかしている。落ち着かなければ。

 幸い見張りの人は脳死で俺の蘊蓄を右から左に聞き流していた。聞こえているのと理解して覚えられるのは別の話。今からでもお口にチャックすれば問題あるまい。


 卓越した魔法理論で埋め尽くされた薄暗い閉ざされた小部屋で、俺はちゃっちゃか霊薬を調合していく。

 自分が持つ形而上成分(まりょく)が視えないまま、自分の形而上成分を調合するというのはなかなかに難しい。何の食材を使っているのか分からないまま、目を閉じて料理しているようなものだ。どんな原料を使っているか分からないし、どんな霊薬が出来上がるかも分からない。


 ただ、「死」「苦しみ」「衰弱」あたりの形而上成分を合成してしまい、致命的な猛毒の霊薬ができる危険は無い。それだけは有り得ない。


 俺は今ここで作った霊薬を全て飲むつもりだ。

 そしてここから脱出した後、過去の自分の脱出を助けるために援助を行うと心に決めている。


 今やっている道具無し霊薬生成は、未来からの援助があって初めて成立するかなり強引なやり方だ。

 未来からの援助が無ければ、この霊薬の生成は必ず失敗する。

だから霊薬が生成されている時点で、未来から援助されているし、未来から援助されているという事は、俺はこの密室からの脱出に成功したという事だ。

 いつ、どうやって脱出できたのかまでは分からないが、とにかく間違いなく脱出には成功する。


 もし猛毒の霊薬ができたのなら、作った霊薬を全て飲むと決めている以上、俺はそれを飲む。

 猛毒の霊薬を飲めば、俺は死ぬか致命的なダメージを受け、脱出できなくなる。

 脱出できなければ、過去の自分へ霊薬生成援助を行う事はできない。

 すると未来からの援助が無いので猛毒の霊薬の生成は不可能となる。

 だから猛毒の霊薬を飲むのは有り得ない。

 タイムパラドックスというヤツだ。


 理屈が成り立っているようでいて、根本的に破綻しているようでもある。

 時系列や因果関係がループして矛盾を起こしている理解し難い現象だが、だからこそコレ(、、)はパラドックスなのだ。

 霊薬はパラドックスによって生成される。パラドックスが起きているからこそ霊薬は生成されるのである。


 自分の体から湧き上がる形而上成分を引き抜いては混ぜ、調合し、霊薬に変えて飲む。

 霊薬の効果は正に千変万化だ。俺は霊薬を飲むたびに体がふにゃふにゃになったり、視界が白黒になったり、脇毛がものすごくムズムズしたり、生肉を食べたくなったりした。

 数十回に及ぶ霊薬暴飲によって俺は爽やかな森の香りがする直立三足歩行の猫人になったが、その次に飲んだ霊薬の効果で全ての霊薬効果が消滅して元に戻り、更にその次に飲んだ霊薬効果で「壁をすり抜ける」ようになった。


 部屋の扉の隙間から差し込む明かりは日光ではなくゆらゆら揺れるロウソクのもので、時刻が夜間である事を示している。

 よし、時間帯も丁度いい。脱走にうってつけの霊薬効果を引いたし霊薬ガチャはここまでとしよう。


 屋敷の外壁に面した窓の横の壁を顔だけすり抜けさせて様子を伺うと、ただただ暗い闇夜が冷え冷えと広がっていた。屋敷をぐるりと囲う塀に沿ってぽつぽつといる立哨が掲げるランタンの頼りない灯りがかえって夜の暗さを強調しているようだ。

 七年前を境に夜空の星は全て消えた。星の煌めきは無く、月の光も無い。俺は夜空に星があった時代を知らないが、夜が暗いのは脱走者にとって福音だ。

 俺は立哨の立ち位置だけ覚え、一度顔を引っ込めた。脱走する前に不老不死の霊薬を回収していかないと。


 三つ隣の部屋まで壁をすり抜けて移動し、監禁部屋の前に立つ見張りの人の死角から廊下に出る。そして抜き足差し足忍び足、バッタリ人に鉢合わせないよう警戒しながらウルお嬢様の部屋を目指した。


 不老不死の薬が今どこにあるかは分からない。

 連続殺害事件容疑者が持っていた証拠品として押収され守衛室あたりに置いてあるのか、倉庫にでも投げ込まれているか、荷担とのシェアルームに戻されたのか。売り払われてはいないと信じたいが、それも定かではない。


 だがウルお嬢様なら行方を知っているはず。そもそも小太り商人から俺の私物を買い戻してくれたのは彼女だ。俺だけではなく俺の持ち物にまで気を配ってくれている。

 脱走している俺と会っても騒いだりしないだろうし、不老不死の霊薬の保管場所を聞きに行って損はない。

 まあ本人の言葉によれば「理由も言わず奴隷ヤオサカをここに閉じ込める悪い女」らしいが、そういう自虐をする人は大体いい人だから。謂れのない容疑で処刑されそうになっているこの状況なら、きっと俺の脱走を見て見ぬフリしてくれるだろう。


 さて、あれこれ考えている内に無事ウルお嬢様の部屋の前に到着する。

 貴人の寝室に相応しい凝った装飾が施された扉にはしっかり鍵がかかっていたが、壁をすり抜ける今の俺にそんな防犯は無意味だ。一応音を消しながらするっと部屋に侵入する。

 こんばんは、おやすみ中すみませ……あれ、起きてるな?


 贅を尽くした広々とした寝室の隅の、化粧机の横の洗面台に、まるで幽霊のようにウルお嬢様は佇んでいた。

 薄布を被せて光量を絞ったカンテラの灯りの下で、お嬢様は手を洗っている。

 真紅の鮮血がべっとりとついた、手を洗っている。

 足元に転がる人がちょうど一人ぐらい入りそうな大きさのズタ袋からはじんわりと血が滲み、部屋中にむせかえるような血の臭いが充満していた。


 わ、わあ……まるで夜な夜な屋敷でコッソリ殺しをしている連続殺害犯みたいだぁ。

 でもまだ分からない。夜中にトイレに起きた時に転んでしまって手をザックリ切って、血で汚れたシーツをズタ袋に押し込んでから今包帯を巻く前にいったん手を洗っているだけかも知れないしな。


「よ」

「!」



 何やら忙しそうだが、俺にも用事がある。「夜遅くにすみませんお嬢様」の喋り出しの一文字目を発した瞬間、お嬢様は超反応で振り返った。

 いや振り返るどころではない。野生の獣もかくやという俊敏さで視界から消え、次の瞬間には鋭利なナイフを俺の瞼に触れる寸前でピタリと止めたお嬢様の姿があった。


 衝撃波じみた突風が遅れて吹き荒れ、全身からドッと冷や汗が噴き出す。

 完全に瞳孔が開き切ったお嬢様の寒気がするほど美しい顔に至近距離で見つめられ、俺は腰を抜かしてへたり込んだ。


「!? ヤ、ヤオサカさん? どうして、いえ、これは、ちがっ、そんなつもりじゃ……!」


 一拍遅れて俺が誰か認識したらしいウルお嬢様は、途端に酷くうろたえた。

 ナイフを取り落とし、震える手を俺に伸ばし、彷徨わせて引っ込めて。しまいには俺と同じようにへなへなと萎れその場に崩れ落ちて涙を零し始めた。


 ありゃ、泣いちゃった。

 えー、なんだろうこれ。ちょっと状況がよく分からないですね。

 何これ? なんか殺されかけた気がするし、いったん説明が欲しい。流石にね。


「どしたん? 話聞こうか?」


 優しく声をかけると、お嬢様のすすり泣きが大きくなる。

 これは困った事になった。

 途方に暮れる俺は、遅ればせながら「真夜中にウルお嬢様の寝室に忍び込めば何かある予感がする」という荷担の言葉を思い出した。

 何かありすぎだろ!





 しばらく身も世も無く泣き崩れていたウルお嬢様だったが、体の水分が全部出てしまったのではないかというぐらい泣いたら落ち着いたらしく、真っ赤に泣き腫らした目で俺を見て深々と頭を下げた。


「ヤオサカさん、申し訳ありませんでした。もう察しがついているかと思いますが――――」

「いやすみません、全然察せてないです。つまりどういう事なんでしょうか」


 状況証拠的には、連続殺害犯お嬢様が証拠隠滅現場を目撃した俺を殺そうとしたように見える。

 だが、俺は殺されていない。ギリギリでナイフは止まった。

 なんで?

 お嬢様はやっぱり手をザックリ切っちゃっただけで連続殺害犯とは無関係で、卑劣な男が深夜に夜這いをかけてきたと勘違いして息の根を止めようとしたとか? ありそう。


「それはつまり、私はこの屋敷でずっと……こ、殺しをっ、し、していた女で」

「あれ、そうなんですか? なぜ?」

「……ヤオサカさんはどうしてそんなに落ち着いているのですか? たった今、殺されかけたのに」

「いやなんでだろうなって思って」


 自分が殺されかけた理由が気になるのはそんなにおかしな事だろうか。

 首を傾げる俺を見てウルお嬢様も首を傾げ、少し困惑しながらおずおずと言った。


「えっと、では、最初からお話しした方が?」

「お願いします」


 お嬢様は腰を抜かしっぱなしで足がしなしなの俺が椅子に座るのを介護してくれてから、うつむきがちに事のあらましを語り出した。





「物心がついた時から、私はどうしようもなく人殺しに心惹かれていました。母を殺して生まれた私は、井戸の神にそういう者と定められていたのかも知れません。私には殺し方が分かりました。誰にも教わらなくても、目の前の命をどうすればどう断てるのかが分かるんです」

「へぇ? すごい」

「すごい、ですか……? ヤオサカさんはやっぱり変わっておられますね。しかし父はそう思ってませんでした。父は弱きを助け、命を慈しむ、常に公平公正であろうとする善き人です。悪を、不徳を、邪悪を嫌悪しています。誓って言いますが、私は父を尊敬しています。私は父のように善き人であろうとしました。父の期待する娘であろうとしました。ずっと、ずっと。自惚れでなければ、長い間、私は公爵家に相応しい良い娘であれたと思います」

「じゃ、ずっと我慢して良い人ぶってたのか。しんどそう」

「そう、ですね。しんどい。そうだったのでしょう。殺しはいけない事だとずっと自分を騙していましたが、だんだん騙し切れなくなっていきました。あんなに簡単に殺せるのに、我慢するのが苦しくて、苦しくて。父を絞め殺す妄想に駆られた事すらあるんです。最悪なのは、その妄想がとても甘美で、喜びに満ちていた事。人を殺せば私は笑うでしょう。なんておぞましい……! 私は衝動に逆らえませんでした。しかし人を殺すだなんてできません。だから、最初は『穀物を食い荒らし病気を振りまく害獣だから』と自分に言い訳をして、ネズミを殺していました。人では無いけれど、命を奪う喜びが、私の殺人衝動をほんのひととき鎮めてくれた……」


 そこでウルお嬢様は言葉を切り、思い出に浸った。「命を奪う喜び」とやらを思い出しているらしいお嬢様の顔はとても穏やかで喜びに満ち足りていて、状況が違えばお花畑でお昼寝をしているのかと思うぐらいだ。

 本当に殺しが好きなんだな。変わった性癖をしていらっしゃる。


「でも、やはり相手が何であろうと殺しは人の枷を外します。もしかしたら、幼い頃に庭師の害虫駆除を手伝っていた時点で既に枷は外れていたのかも知れませんが。何にせよ私はすぐにネズミでは物足りなくなりました。必死に自制を働かせましたが、気付けば鶏を殺していた。私は恐怖しました。ネズミで、鶏で、こんなに楽しいなら。人を殺せばどんなに楽しいのかと想像してしまう自分が恐ろしかった。私は何度も父に自白しようとしました。嘘ではありません、取返しのつかない一線を越えてしまう前に、然るべき罰を下してもらおうと。でもできなかった。私を信じ切った父を失望させるなんて、とてもできませんでした」

「そして今夜、一人の使用人がこの寝室を訪ねてきました。彼は言いました。『殺しの証拠を握っている』と。『バラされたくなければ、今夜の事は誰にも言うな』と。そして彼は私を押し倒しました。手足を抑え、服を無理やり脱がそうとしました。

 私も女ですから、異様に興奮した男性の方にあのような扱いをされれば、何をされようとしているのか分かります。

 私は抵抗しました。

 そして誘惑に負けた。

 これは襲われて、抵抗した結果なのだから仕方無いと。

 自分の身を守るためだから仕方無いと。

 そうして自分に言い訳して、私は最後の一線を越えてしまった……」


 俺とお嬢様はちょうど人が一人入るぐらいの大きさの、洗面台の下に転がった血のにじむズタ袋を見た。


「悲しくはありませんでした。苦しくも無かった。恐怖すら無かった。

 自分の手で人を殺し、生まれて初めて全てが満ち足りてしまった、その自分のどうしようもなく醜悪な本性が悲しくて、苦しくて。恐怖が無いのが恐ろしかったのです。

 私は良い人でいたかった。ずっとずっと、ずーっと良い人でいようとした。良い貴族、良い娘でいようとしました。でも、結局のところ私は「こう」でした。どこまでも自分本位な殺人鬼。

 私は昂揚していました。もう終わりなのだと自暴自棄にもなっていた。だから背後から人の声がした時、一人も二人も同じだと思って、私はナイフを握ったのです。白状しましょう、ヤオサカさんだと気付いてナイフを止められたのは奇跡です。

 ……話は終わりです。私も、終わりです。

 せめてどうか、ヤオサカさんが私を終わらせて下さい。私がこれ以上人を殺してしまう前に」


 そう言って、ィアエ公爵令嬢ウルファイトゥラ・ジナジュラ・ィアエは俺にナイフを握らせ、刃を自分の首元に導いた。

 ええ? なに? 今度は何? これは何?


「あの、これは?」

「自分では怖くて死ねないのです。お願いです。今夜を逃せばきっと私は醜く生きあがいて、悪魔になってしまう。魔王軍に下って殺戮を愉しむ怪物になるかも知れません。生きとし生けるものを無差別に殺し回る化け物になるかも知れません。だから、だからどうか、これは人を殺すのではなく、人を助けるのだと思って下さい」


 そう言ってウルお嬢様は目を閉じ、静かに待った。

 キス待ちみたいな顔をしておいて、デス待ちだった。


 俺は彼女の独白と覚悟を聞いて、素直に思った。

 色々大変だったんだなあ。

 でも別に死ぬ必要無くない?

 一人で悩みすぎて視野が狭くなっておられるぞ。


「ウルお嬢様は人殺しが好きなんですよね」

「はい。ですから、」

「好きなものがあるって良い事ですよ。しかもお嬢様、人殺し得意そうじゃないですか。好きなものと得意なものが一致してるって素晴らしい事です。天職ですよ」

「…………?」

「殺人衝動を我慢する必要なんてありません。ばんばん殺しましょうよ。死ぬ必要なんてどこにもない。特技を活かして楽しく生きましょう。ただ、無差別に殺して回ると逮捕されるんで、殺していい賞金首専門の賞金稼ぎになるとか、処刑人になるとか、大義名分を掲げて人殺しができる職業に就くのは必須ですかね。あっ、それこそ魔王戦線の最前線とかきっと殺し放題ですよ! 人類を守るために敵を駆逐する訳ですからね。向いてるんじゃないですか?」

「え」


 ウルお嬢様は予想外の方向からぶん殴られたような表情で目を開けた。

 どうですかね。名案だと思うんですが。


「それは。で、でも。人殺しは悪い事で、人殺しが好きな私は、」

「別に醜くないと思いますよ。たまたまそういう性癖で生まれただけじゃないですか」


 たまたま「人殺しが好き」って性癖を持って生まれた奴はツバを吐かれてのけ者。

 たまたま「人助けが好き」って性癖を持って生まれた奴は褒めそやされて人気者。

 理屈は分かる。「人殺しが好き」だなんて言われたらちょっと怖いもんな。

 でもあまりに悲しい。人は生まれも性癖も選べない、どんな性癖を持って生まれるかなんて単なる偶然で単なる運だ。運悪く人殺しが好きな奴が醜くて悪いというのなら、サイコロ振って6が出たら有罪! なんていう暴論がまかり通るぞ。狂ってるよ。


 ウルお嬢様はしばらく俺の言葉を噛みしめているようだった。

 人生終わったと言わんばかりにジメジメしていた辛気臭い雰囲気が薄れていき、上目使いにおずおずと聞いてくる。


「でも、私は責任ある公爵令嬢です。それを投げ出して別の生き方をするなんて」

「投げ出しましょう。大丈夫です。なんとかなります。ウルお嬢様は今まで一生懸命良い人な生き方してきたじゃないですか。なら、これから悪い生き方したって良いですよ」

「本当に良いのでしょうか……」

「本当に良いです。大丈夫! 自分の性癖に誇りをもって、堂々と生きましょうよ。そっちのが絶対楽しいですって」

「では、どうか言って下さい。私は私のままで良いと。人殺しが好きな、どうしようもなく醜い私でも良いと、言って下さい」

「醜くないです。好きな事して生きていきましょう。俺も手伝うんで」


 それは泥に沈んでいた蕾が水面から顔を出し、美しい花を咲かせるようだった。

 儚くたおやかな深窓の令嬢といった風だったウルお嬢様の雰囲気が明らかに様変わりする。

 力強く、自負と自信に輝いて。同じ人なのに別人のように、ウルお嬢様は力強く立ち上がった。


 だが、何を思ったのはウルお嬢様は椅子にへちゃっと座っている俺の前に跪いた。

 俺の手をとり、大切そうに手の甲に額をつけて何事か念じたウルお嬢様は、顔を上げるや得心した様子で言った。


「ああ、今はっきり分かりました。きっと彼女もこんな気持ちだったのですね。

 ヤオサカさん、あなたはここにいてはいけません。ハフティーにはヤオサカさんが必要です」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍版一巻、ブレイブ文庫様より発売決定!
相変わらずツラの良さと性格のヤバさが比例する奴らの話です。
7qhy1ofpjsym18zmasf36cp94ngw_qe3_vj_18g_fyzf.jpg
― 新着の感想 ―
[良い点] クロルさんの理論語り好き ここからややこしくなる。で、ほんとにややこしくなって何回か読み直した [一言] ヤオサカは宗教になるね!邪教寄りだけど!
[気になる点]  <「そして今夜、一人の使用人がこの寝室を訪ねてきました。彼は言いました。『殺しの証拠を握っている』と。『バラされたくなければ、今夜の事は誰にも言うな』と。そして彼は私を押し倒しました…
[良い点] ヤオサカとウルお嬢様が、どこか変な感じがするのに、確かに論理的に話してしているのが、不思議な……理性的なのに淡々とした精神性を感じました。 [一言] ウルお嬢様の独白、正直ハブやコブラかと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ