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不老不死のお薬だしときますね  作者: 黒留ハガネ
1章 旅の仲間
13/16

13 結界都市オベスク

 みんなで朝食を済ませ、ウルが焚火に足で土を被せ消火し撤収を始める。荷担がせっせと天幕を畳んで荷造りしてくれている間に、俺とハフティーは地図を間に挟み額を突き合わせて今後の旅程を相談した。


「荒野の影は不老不死の霊薬ができたら北へ来いって言ってた。とりあえず北上しよう」


 俺は地図の現在地、大山脈南部の平野部に指を置いてグッ! と北側地図端まで一直線になぞる。

 北へ来いって言われたから、北へ行く。簡単な話だ。

 荒野の影は俺達の命を助けてくれた。だから北の方がいくら危険でも、命懸けで旅を決行する。


 これ以上ないほど単純明快な旅程だと思うのだが、ハフティーは俺の指先を摘まんでグッ! と現在地まで戻した。


「そんなにまっすぐ北上はできないよ。大河を渡るなら渡し守がいる場所か橋がかかっている場所を通る必要がある。山脈を越えるなら標高が比較的低く歩きやすい山道を行かなければいけない。あと、ここと、ここと、ここの街は、魔王軍に滅ぼされて瓦礫の山になっている。補給できないから別の道を選びたいね。だからこう行って……ここを抜けて……こうかな。この道順でとりあえず大陸の北の端の海峡まで行こう」


 羽ペンで地図に×印や髑髏マークが描きこまれ、続けてあちこちふらふら寄り道しつつ大陸北端の海峡へ向かう長い旅の道筋が描かれる。


「なるほど。この髑髏つけた街ってさあ、三つはお前のせいで滅びたって聞いてるけど」

「それは嘘だね」

「だよな」

「四つ滅ぼしてる。でもその代わりに九つ以上残せてるから」


 四つ滅ぼしたんかーい! こわ。

 でも九つ以上救ったのか。破壊者と呼ぶべきか救世主と呼ぶべきか判断に困る。差し引きプラスだけど、滅んだ四つの街の人達にとっては百回殺しても殺し足りない怨敵だろうし。

業の深い生き方してるなこいつ。


 しかし滅びた街の配置を見ていると、随分点々としている。

 魔王軍は北の果てから世界の中心へ向けて進軍中と聞いているが、虫食いのように内陸部の街がいくつか滅ぼされてる。これはどういう事なんだろう?

 そこのところをハフティーに質問すると、手癖でサイコロを弄びながら気怠そうに答えた。


「魔王と魔王軍本隊は、この大陸と海峡を挟んだ北の大陸にいる。北は完全に落ちた。今、人類軍は海峡を挟んで魔王軍本隊の上陸を死に物狂いで抑え込んでいる状態だ。上陸を許し北部沿岸に橋頭堡を築かれたら、まあ、そのまま一気に人類は滅びるね」

「やば。じゃあハフティーはその防衛戦に参加してたのか」

「いや?」


 ハフティーは首を横に振り、地図の海峡にいくつかの船団と浮き板に掴まって泳ぐ棒人間を描いた。


「船団の上陸は阻止できている。問題は散発的に海流と無関係の場所に流れ着く魔王兵だ。こういうはぐれ者を一人でも見逃すと、野盗や旅人を襲って仲間を増やし集団を作る。集団を作ると今度は小さな村を襲って更に仲間を増やし、軍団を作る。軍団ができたら複数の集団に別れて一帯の村を襲って回って、再集合して軍勢を作る。軍勢になったら街を襲い始めるわけだ。本隊の上陸を食い留めても、内側から食い破られたら意味がない」

「とんでもないな。魔王の兵ってそんなぽこぽこ増えんの? 一人見逃しただけで?」

「原理は私もよく分からない。洗脳魔法なのか、特殊な病原菌なのか。何はともあれ魔王軍に捕まると、魔王に忠実な兵士にされる。どれだけ魔王打倒を硬く誓った勇士であってもね」

「ヒエ~!」


 背筋が冷える。強制闇落ちこえぇ~!

 まかり間違っても魔王軍とは戦いたくないな。急に改心して人類滅ぼそうとするのやめて撤退してくんないかな? 無理か。


「とにかくだ。私はそういうはぐれ魔王兵を狩ったり、この大陸に潜り込み軍勢になってしまった魔王軍を潰したり削ったりしていたんだ。魔王の横槍がなければ大体成功していたね」

「すっご、英雄じゃん!」

「ふふ、ヤオサカがそう言ってくれるなら奮戦の甲斐があったよ。これからも旅の途中で処理できそうなはぐれ魔王軍を見つけたら狩っておきたいね。幸いこっちには殺戮兵器(ウル)もいるし」


 靴を脱ぎひっくり返して中に入ってしまった焚火の灰を落としていたウルは、自分の話を耳聡く聞きつけきょとんとしてこっちを見てくる。

 ハフティーは微笑んで手招きをした。

 俺達のところに来たウルは膝をついて目線をハフティーに合わせ首を傾げる。


「出発ですか?」

「いや。ウルにはまだ旅の目的をちゃんと話していなかったね? 君を信用して話しておこう」

「? ありがとうございます……? 荷担さんも呼びましょうか?」

「いやいい。さて、ヤオサカが霊薬を調合できるのは知っているね? 実は最近不老不死の霊薬を調合してしまったんだ。推定、魔王の依頼でね」

「はあ」

「私達の目的はこの不老不死の霊薬を北で待ち受けているであろう魔王に届ける事だ。不本意極まるけど、私とヤオサカは魔王に命を救われている。ヤオサカはどうしても命の恩を返したいそうだ」

「はあ。なるほど」


 ウルはぼんやり頷いた。リアクションうすっ!

 いきなり不老不死だの魔王に届けるだの言われて困惑しているようだが、驚いている様子はない。

 想像以上に反応が鈍いウルに、逆にハフティーの方がちょっと驚いていた。


「興味無さそうだね? 不老不死の霊薬だよ? 飲めば老いず、死なず、永遠の存在になれる唯一無二の奇跡だ」

「だってそれは人を殺せなくする霊薬という事でしょう? 私はどちらかというと致死性の毒薬などに興味がありますね。毒薬の中でも眠るように死んだり麻痺を起こすものではなく、自分が死ぬ事を自覚させながら死に至らしめるものに心惹かれます。長く苦しむのは可哀そうなので一瞬にして強烈な死を呼び起こすものであれば最高です」


 ウルはちょっとハイテンションに早口で語った。

 うむ。好きな物について夢中で話す女の子はいつだって可愛い。

 でもその話題は俺達以外の前で口に出さない方がいいかもな。物騒だから。

 俺とハフティーの生暖かい視線に気付いたウルは咳払いした。


「旅の護衛は私に任せて下さい。ハフティーとヤオサカの敵は私が殺します。例えそれが魔王であっても」

「いや殺さなくても……」

「いえごめんなさい見栄を張りました。『相手は友人の敵だ』という大義名分を使って気持ちよくいっぱい殺したいです」

「お、おお。ウルもかなり自分の性癖に素直になってきたな」


 ふん、おもしれー(やべー)女。

 どうして俺の周りにはこういう危険な女ばっかり寄ってくるんだろうな? 解せぬ。

 俺が慄いていると、ハフティーは注意深く釘を刺した。


「ウル。好きに殺せばいいけれど、不老不死の霊薬については他言無用だ。くれぐれも頼むよ。どうあがいても要らない諍いの元になるからね」

「分かりました。しかし魔王に届けるのは良いのですか? 諸悪の根源を不老不死にしてしまっては諍いの元になるどころの話ではないように思いますが……」


 控え目ながら正論過ぎる意見にドキッとする。

 いや、俺も荒野の影ってたぶん魔王だよな~とは思ってるよ。別人説を推したいけど、状況証拠が揃い過ぎてそろそろ推せなくなってきた。

 世界を滅ぼそうとしている魔王はすげー悪いやつだ。きっと世界で一番不老不死の霊薬を手に入れちゃいけないやつなのだろう。

 でもさ、不老不死の霊薬を渡して永遠の命を手に入れたら満足して世界滅ぼすのやめるかもしれないし?

 もしかしたら自分が使うんじゃなくて死にかけの最愛の人を助けるために使うとかそういう美談かもしれないじゃん?

 渡したら悪用するって決めつけてしまうのは良くないと思います。


 まあ、なんのかんの理屈をこねても結局は俺が俺とハフティーを助けてくれた荒野の影が良い人だって信じたいだけなんだけど。というか良い人だろ!


 口の中で苦しい自己弁護を転がしもごもごしていると、ハフティーは俺の頬っぺたをきつく摘まんで引っ張りながらフンと鼻を鳴らした。痛い。


「仕方ない。この始末に負えないお人よしの望みだからね。どうせ世界は滅ぼされる。世界を滅ぼす魔王が不老不死でも、そうでなくとも、大差ないだろうさ」

「ゆ、許された……! でもいいのか? お前荒野の影に不老不死の霊薬届けるの大反対してたろ。どういう心変わりだ?」

「一人旅で思い知ったからね。ヤオサカが一緒なら冥府へ向かう旅でさえきっと楽しいよ」

「あれっ……?」


 ナチュラルにハブられたウルがショックを受けてしょんぼり項垂れてしまう。

 こらハフティー! 言い方! お前口上手いんだからウルを傷付けない言い方もできただろ! どうしてウルにこんなキツく当たるんだ!

 フォロー、フォローを!


「いや俺はウルの事を大切な旅の仲間だと思ってる! 殺すの上手いし! 食べ物が足りなくなるとすぐ生き物見つけてぶっ殺して肉取ってきてくれるし! えーと、あと殺すのめっちゃ上手いし! こんなに良い旅仲間なかなかいない! 一緒に旅できて楽しい!」

「そうでしょうか……」

「女二人と男の旅。若い性欲を持て余した三人、何も起きないはずもなく……」


 あっ、荷担も仲間だと思ってます。はい。

 一緒にウルとハフティーに振り回されていこうな?







 俺達は数日かけて街道から離れた森の中を北上し、穀倉地帯を繋ぐ交易中継地として栄えている結界都市オベスクにやってきた。


 結界都市オベスクは、大魔法使いトーマスが生前施した堅牢な結界に護られた小都市だ。

 街をぐるりと囲む厚い石の城壁は見上げるほど高く、その城壁越しに外から唯一見える街中の建造物は中心部であり心臓部でもある尖塔。城壁のふちから尖塔の先端にかけて幻想的な陽炎が不規則に瞬きながら弧を描いて伸び、オベスクを護る半球状の結界を形作っている。

 これほど大規模な結界は他に類を見ない。


 七年前、魔王の出現と同時に起きた魔法体系の混乱は、人類の魔王軍への抵抗を難しくした。

 無理もない、それまで当然のように使えていた水魔法や土魔法、風魔法、その複合魔法が尽く機能不全に陥ったのだから。

 唯一従来通り使える炎魔法は七年前から飛躍的に研究が進み、盛んに軍事転用が行われている。

 オベスクにかけられた結界もそういった研究の成果の一つで、破壊、光、陽炎、温かさ、熱さなど様々な側面を持つ炎の形而上成分(まりょく)を上手く組み上げ、強力な炎の結界に仕立て上げられている。強固にして難解、芸術的ですらあるこの結界は一部が解析され、海峡を挟んだ魔王軍本隊との戦いにおおいに貢献している(ハフティー談)。


 俺達はこのオベスクで物資を補給し英気を養い、北へ向かうにつれ厳しくなるであろう長旅への準備を整える予定を立てていた。

 ただしこのあたりを通る旅人は皆同じ事を考える。北へ従軍に向かう者も、北から逃げてくる者も、誰もが結界に護られたこの安全な街で一息つきたいと思う。

 ゆえにオベスクの門前には身元改めを受ける旅人の長蛇の列ができていた。


 オベスクの強固な結界は本当に堅い。破壊は不可能と謳われている。

 しかし魔王兵を一体でも侵入させてしまえば、あっという間に結界の内側で敵が増殖し、中から食い荒らされ陥落する。

 魔王兵で無いとしても、魔王に頭を垂れ自分だけは助かろうとする人類の裏切り者や、治安を悪化させるならず者。そういった危険人物は排除しなければならない。


 だから魔王侵攻以前に開け放たれていた門も今では屈強な門番と魔法使いに警備され、旅人の身元を一人一人改める措置が取られている。

 当然時間がかかり、俺達は順番待ちの長い列に並んで暇を持て余していた。


「大丈夫でしょうか?」


 腰に下げた短剣をしきりに触りながら、ウルが不安そうにつぶやく。


「最重要指名手配犯なのにフードで顔を隠しているだけ。検問に引っかかるのでは」

「策があるって言ってた。大丈夫だろ。半分ぐらいの確率で」

「また賭けですか……あの、ハフティーなら絶対にもっと安全確実に中に入る方法を思いつきますよね? 無駄に危ない橋を渡るのはやめさせられませんか? ヤオサカから言えばハフティーも話を聞きますよね」

「たぶんな。でもウルは誰も殺さずに俺達を護ってくれって言われたら絶望するだろ? 俺はハフティーの生きがいを取り上げられない」

「ぐぅ……!」


 ウルは呻き、列から少し外れて身なりの良い男の子と一緒にきゃっきゃしているハフティーをめちゃくちゃ不安そうに見た。

 まあまあ、落ち着けよウル。あの女は何度大負け喰らっても最後の最後には賭けに勝って帳尻合わせるから。


「俺も不安だけど。悪い方向に転んでも処刑場に引きずり出されるか首輪つけられて奴隷になるかぐらいだから。ハフティーを信じろ」

「ハフティ~! 頼みますよ……!」


 泣きそうな声で井戸の印を切って大地に祈るウルは、闘技場で自分が賭けた闘士の勝利を祈るギャンブラーのおっさんにどこか似ていた。染まってきちゃったな。


 俺達が見守る中、ハフティーは男の子と一緒に検問の様子を指さして楽しそうにしていた。


「では少年。次はあのアゴヒゲのおじさんだ。彼は門を通れると思うかい?」

「うーん……服も馬車もボロボロだし、汚いし、臭そう。きっと難民だ。叩き返される方に賭ける!」

「よしよし。では、私は敬礼と共に通される方に賭けよう。君が勝ったらほっぺにちゅーしてあげるよ」

「ほんと!? 約束だぞ!」

「もちろんだとも」


 ギャンブル癖が無ければツラの良さだけで天下を取れる女のウインク直撃を喰らった少年はのぼせあがり、駆け出さんばかりに前のめりになってアゴヒゲおじさんの動向を伺う。

 アゴヒゲおじさんは少年の予想通り臭そうに鼻をつまんだ門番に邪険にされていたが、馬車を改めるや一転。ハフティーの予想通り、敬礼と共に中に通された。


 唖然とする少年の肩を叩き、ハフティーは陽気に笑った。


「あっはっは! まだまだ甘いね、少年。彼の馬車の幌についた紋章に注目だ。交差した鎌と槌はゲルブ商会の紋章。北方に本店を構え、武具やダイヤモンド、つまり戦争必需品を商う大商会だ。このご時世にゲルブ商会の馬車を門前払いにする街は無いよ」

「くっそーっ! お姉さんもう一回! もう一回!」

「いいとも。でもその前に負けの支払いだ。ほらほら、お小遣いはもう無いんだろう? どうやって払うんだい? ん?」

「うっ! ……うううっ、お父さーん!」


 幼気な純情を弄び金を巻き上げる最低の博徒は、列の前の方に駆けていく少年をニヤニヤと見送った。ひでぇや。

 俺が見かねて近づくと、ハフティーは焼き菓子を一つ投げて寄こした。

 これあの子から賭けでむしり取ったやつじゃん。大人げねぇ!


「こんなん素直に受け取れねーよ。子供相手に悪質だぞ、ハフティー」

「いいや? 私に勝てば絶世の美少女のちゅーが手に入ったんだ。安すぎるぐらいさ」

「そうかあ? そうかも……?」

「ヤオサカも一発賭けるかい? 私に勝てば私のちゅーだよ?」

「やめとくよ、勝てる気しないし」

「残念だ」


 ハフティーは本当に残念そうに肩を落とし、何やら列の前の方で父親とモメはじめた少年の方にとっとこ歩いていく。俺はハフティーの策とやらの邪魔をしないように、他人のフリができる距離をとってついていった。

 ハフティーはフードを口元が分かる程度に開け、少年ともめているパリっとした正装の父親の方に話しかけた。


「失礼。どうやら戯れが過ぎたようだね。この子は私の遊びの約束を真に受けてしまっただけ。子供に父親へ金の無心をさせるような意図は無かったんだ」


 いけしゃあしゃあと心にもない事を言うハフティーの柔らかく愛想のいい声音に、胡散臭そうに睨みつけてきていた父親の態度は一気に和らいだ。


「ああ、君は息子と遊んでくれていたのか? それはすまなかった。てっきり悪い輩に引っかけられたのかと」

「御子息がとても暇そうにしていたので、ついね。少年、遊びの続きをするかい?」

「する! でもお小遣いもう無くて……」

「それは困った。知っているかい? お金が足りなかったら、働いて稼ぐものなんだよ」

「は、働くの?」

「そうとも。今日は一日お父さんの言う事を良く聞いて、お母さんのお手伝いをするんだ。約束できるなら遊びの続きをしてあげよう」

「え~っ!? なんかめんどくさいなあ」

「そう? 私は仕事がデキるかっこいい男の子が好きだな」

「……お手伝いする」


 ハフティーはふくれっ面で渋々頷いた少年の頭を優しく撫でた。

 少年の頬がちょっと赤らむ。

 た、誑かされてる~! 顔の良さに騙されてる。思い出せ少年。そいつは君のお小遣いとお菓子をしっかりむしり取ってる悪女だぞ。しかも小柄童顔で二、三歳年上に見えてるだろうけど、成人してる。


 ただ会話をしているだけなのに、魔法を使っているのではないかと疑いたくなるぐらいハフティーはするりと一家の懐に潜り込んでいった。途中でフードをずらして金髪と美貌を見せたが、父親の隣の奥さんに「まあ、可愛らしい!」と褒められ、少年が一層モジモジし始めるだけで恐怖の叫び一つ上がらない。

 好感度の稼ぎ方が上手すぎる。稼いだ好感度を担保にすぐ賭けをおっぱじめる悪癖さえなければ……いや、その悪癖が消えたらハフティーがハフティーじゃなくなるか。


 やがて充分に心理的距離を縮めたと踏んだらしいハフティーは、話の流れでいかにも辛そうに身の上を語った。


「実はこの街に来る途中でならず者に襲われてね。荷物を捨てて逃げたせいで通行料が無いんだ」

「まあ! かわいそうに、大変だったでしょう?」

「まさかここまで治安が悪化しているとは思いもしなかった。出立する時に護衛を雇っておけば……そうだ。あなたたちに恥を忍んで頼みたい。いくらかお金を借りられないかな? 街に入ったら働き口を見つけて必ず返すから」

「あなた。かわいそうですよ、こんなに小さくて良い子が」

「父さん、お願い!」


 奥さんと息子からねだられ、父親は満更でもなさそうに顎をさすり熟考する風をとった。


「ふーむ。そうだな……良かろう。どうせはした金だ、返す必要もない。その代わりウチの生意気な息子と仲良くしてやってくれ。しばらく街にいるなら一度は遊びに来て欲しい。息子も喜ぶ」

「ありがとう。井戸の神のお導きに感謝を。ところで、えーと、実は私には連れがいるのだけど。彼らの分の通行料も、というわけには?」


 ハフティーが振り返ったのに合わせ、俺は人垣を挟んで手を振った。ウルも列に並ぶ年頃の娘を俺のところに引っ張ってこようとする荷担を抑え込む手を離し、貴族仕込みの優雅な一礼をする。

 父親は上品な一礼と共に大きく揺れたウルの胸に強烈に目を引き寄せられたが、隣の奥さんに肘打ちを喰らって正気に戻っていた。


「こほん! ああ、構わん。連れの方、こちらへ! いやお嬢さん、通行料は私がまとめて払おう。小銭をやり取りするのも手間だろう……」


 話はトントン拍子で進んだ。

 いつの間にか俺達は実は街の結界管理を担う貴族だという一家の者という扱いになり、下にも置かない丁寧な対応を受け検問を右から左へパスした。ハフティーのフードも子供が厳つい大人を怖がるような素振りを見せると捲られなかった。

 やりたい放題かこいつ。ハンパねぇ。危ない橋を渡った気もするが、終わってみれば完璧な計画だったようにすら思える。


 街の中に入ると、高い城壁に阻まれて聞こえなかった喧騒がドッと耳を打った。

 大通りには盛んに馬車と人が行き来し大都会さながら。小都市の敷地に、結界の安全さに引き寄せられ過剰な人が集まっているのだ。

 こんなに人がたくさんいて賑やかなのに人類が滅びかけてるってなんか嘘みたいだよな。未だに実感がわかない。

 楽しそうにはしゃぎながら母親を玩具屋に引っ張っていく少年の姿は平和そのものだ。


 俺と一緒に妻子を愛おしそうに眺めていた父親だったが、ふと我に返りハフティーを見降ろした。


「あー、これは疑っているわけではない。ただ、妻と息子の安全のためにだね。つまり、念のために確認しておきたいのだが」


 と、家族を守る大黒柱はハフティーのフードから覗く美しく艶やかな金髪を見て少し緊張しながら言った。


「君、まさか博徒ハフティーでは無いだろうね? 放浪の民の入れ墨が無いか一応確認させてもらっても?」

「よく間違われるけど、違うよ。私が博徒ハフティーならこんなに堂々としている訳がないだろう? 私はゴジビルデイドンカ・ルラジャナヂャリヤヤ。テムカトーナのポッポナだ。では失礼、働き口と宿を探さなければいけないのでね」


 絶対に一度では覚えられないクソ長くて意味を持たない音の羅列をすらすら名乗ったハフティーは、呆気にとられた父親に聞き返される前にさっさと俺達を促しその場を離れ雑踏に紛れ込んだ。


 充分に距離をとってから俺とウルは冷や汗を拭う。

 あ、あぶねーッ! 死神の鎌が首元まで来てたぞ今!


「ハフティー、正気ですか? 本当に危険な賭けだったじゃないですか! 門を通る前に入れ墨を確かめられていたら誤魔化しきれませんでしたよ!」

「でも押し切れただろう? あの父親の性格からして、妻子が好意を寄せている少女に妻子の目の前で犯罪者の嫌疑をかける事はないと踏んだ」

「最後の別れ方、怪しまれたんじゃないか?」

「半々といったところだね。荷担、オベスクの歓楽街は向こうだよ」

「よしきた。待ってろヤオサカ。お前好みの悪質な女を連れてきてやるからな」

「 や め ろ 」


 これ以上増やすな! という俺の心からの叫びが聞こえたのかどうか。荷担は手を振って人混みに消えていった。まだ今日の宿の場所も決めていないが、荷担のことだ。ひょっこり合流するだろう。


 残された俺達は顔を見合わせ、門前通りから少し奥まった道に入り安宿を探す。

 よさげな宿にはだいたい満室の看板がかかっていて、ハフティーが少年から巻き上げたなけなしのお小遣いで泊まれそうな部屋を見つけるのはなかなか難しそうだ。

 

「宿を見つけたらどうします? そろそろ夕暮れですし、今日は大人しくし眠るとして。ハフティーは明日あの男の子のところへ遊びに行きます? 家の場所は聞いているのでしょう?」

「何を言っているんだい? あの親子はもう使い終わっただろう。用なんて無いよ。二度と会う事もないだろうね」


 少年の初恋強盗ハフティーは涼やかに言い捨てた。ク、クズ女ッ!

 人情の欠片もないハフティーにウルはショックを受けたようだった。


「そ、そんな。あんなに良くしてもらったのにですか? 遊びに来て欲しいと言われたではないですか。少しぐらい……」

「用済みなのもそうだけど、もうハフティーではないかと疑われているようだからね。それにあの一家はオベスクの結界維持管理を担っている重要な一族だ。今結界を保守している当主が病気になって隣町から戻ってきたと言っていた。間違いなく、警護と警戒は一層厳重になる。利益を勘案してもこれ以上私が近づくのは危険すぎる。賭けにもならないよ」

「おっと? ハフティーが賭けを諦めるなんて明日は槍の雨が降るな」

「縁起でもない。私だって何にでも分別なく賭けるわけではないさ。そんなのはただの馬鹿がやる事だからね。最低限の勝率は欲しい」

「ハフティーって勝率を気にするんですね」

「君は私をなんだと思っているんだい?」


 二人が姦しく言い合っているうちにちょっとボロいが空室のある安宿を見つけたので、俺達はチェックインして荷物を下ろした。テントや調理器具など嵩張るものは荷担が持っているので荷解きはすぐに終わる。

 不老不死の霊薬はちゃんと内ポケットに入っていたが、ポケットの底が破れかかっていたので鞄の中にしまってベッドの下に隠しておいた。

 ヒヤッとした。あぶねぇ、ポケット破れたせいで不老不死の霊薬落として無くしましたとか洒落にならん。こういう事があるから街での補給整備点検は必要なのだ。


 食事の出ない素泊まり宿なので、一昨日ウルが仕留めて天日干しにしていた名前も知らない齧歯獣の干し肉とガチガチに堅いパンを分け合って食べ、明日に備えてさっさと就寝する。


 いつものように俺を抱き枕にしようと潜り込んできたハフティーにウルがここ数日夜なべしてせっせと作っていた歪なクマさん模様つき抱き枕をプレゼントすると、ハフティーは物凄く恨みがましそうに礼を言っていた。

 良かったな、ハフティー! これで小さな毛布に二人ぎゅうぎゅう詰めになって寝なくて済むぞ。

 ちょっと腕の中が寂しくなるけど、ハフティーも一人寝ができるようにならないとな。

 おやすみッ!







 翌朝、ウルを宿の留守番に置いて俺達は買い出しに出た。

 ウルは俺達の護衛を離れるのを渋ったが、安宿だから誰か一人は荷物番をしていないとコソ泥が怖い。荷担は論外。ハフティーは値引き交渉に絶対必要。霊薬の素材の目利きができるのは俺だけだから、俺も買い出し組。消去法でウルが残るしかなかった。

 オベスクは検問が厳しいだけあって治安良いし(荷担が悪質な女を見つけられなくて夜中にしょんぼり戻ってきたぐらいだ)、渋ったウルも最後には納得して留守番を引き受けてくれた。この街にスリや置き引きはいても、誘拐や殺人はそうそう起きない。


 ほんの少しの小銭を元手にしてちょっとした賭けと転売で調子よくあぶく銭を作ったハフティーは、午前中いっぱいをかけて首尾よく旅の必需品を揃えた。

 俺もハフティーの魔力でようやく一本だけ作った虎の子の回復霊薬を、腰を痛めて歩けなくなっていたお婆ちゃんに使って首尾よく怒られた。

 そんな怒る事ないじゃん……だってめっちゃ痛そうだったからさ……


 ぷんすか起こるハフティーにお婆ちゃんからもらったクリームパイを半分あげながら宿に戻る。すると、俺達がとっている部屋のあたりからどったんばったん音が聞こえた。

 ハフティーはハッとしてクリームパイの残りを口に押し込み、険しい顔で駆けだす。俺もハフティーに続いて宿の階段を駆け上がり、ウルが留守番をしている部屋に飛び込んだ。


「ウル、怪我はないか!?」

「ウル、怪我はさせていないだろうね!?」


 同時に叫んだ俺達を迎えたのは、鮮血がじわじわ広がる床板と新鮮な死体だった。

 ハフティーがひゅっと息を飲んで蒼ざめる。

 俺も死体の顔を見て血の気が引いた。


 それは昨日会ったばかりの、あの親切な父親だった。

 妻子を大切にしていた、そしてこの街の結界維持を担う重要な立場にある、あの男が。物言わぬ死体になっている。

 ベッド下に隠してあったはずの鞄が乱暴に開かれて投げ捨ててあり、不老不死の霊薬が彼の動かなくなった手に握りしめられているのを見るに、俺達の留守の間に何やら穏やかではない事になってはいたようだけど。


 下手人のウルは返り血を浴び恍惚としていて、俺達の乱入にも気付かないほどトリップしている。

 神に祈る穢れ無き聖女のように無垢な顔で、半分に千切れた血みどろ惨殺死体に心からの感謝を捧げていた。


「ああ、ありがとう。あなたの命が私に安らぎをくれる」


 ウルはしばらくぶりに人をぶち殺せて心底幸せそうだ。俺も嬉しいよ。

 でもその安らぎと引き換えに大変な事になったのに気付いてくれると、もっと嬉しいな~。

 ……なんて事してくれたんだお前はーッ!

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書籍版一巻、ブレイブ文庫様より発売決定!
相変わらずツラの良さと性格のヤバさが比例する奴らの話です。
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― 新着の感想 ―
髪色は魔力のせいなのかなあ?赤いし炎だし。炎はどんな概念から作られるんだろう 魔王の進行によって発生または失った感情及び概念によって炎の魔法しか使えなくなったとか?ハフティーやヤオサカはそれらを失って…
[一言] 面白い小説に出会えました。 展開が気になるしキャラも独創的で魅力的です。 更新楽しみに待っています。
[良い点] 毎回ラストに転があって気になる [気になる点] 父親は霊薬目当てかハフティー目当てか… いや…おっぱいという筋も…
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