12 北へ
俺は荷担と出会ってすぐに影が無い事に気付いていた。
朝日を浴びても、夕日が差し込んでも、燭台に照らされても、荷担に影はできない。
でもそういう事もあるよな。
なぜってこの世界には魔法があるから。
青や緑や紫やら色鮮やかだった髪色が赤一色に塗り替わる不思議な奇病が流行った事もあるぐらいだ。影が無くなる病気? もあると思います。知らんけど。
影が無いのは不思議だけど、無害だ。何も困らない。
だからずっと触れずにそっとしていた。本人が気にしてたら話題に出されるだけで嫌だろうしね。
しかしハフティーは違った。
荷担に影が無いのを見てとるや否や、まるで獅子身中の虫を見つけたように警戒心を剥き出しにして後ずさる。
「正直に答えるんだ。君は魔王と繋がっているな? 何が目的でヤオサカに近づいた?」
「ヤオサカが気に入ったから傍にいるだけだ。ヤオサカが結婚し、子を設け、その一族が増えあまねく地に満ちるところを見届けるために、」
「建前はいらない。ウル?」
「ご、ごめんなさいハフティー。彼の真意は分かりません。今この瞬間まで影が無い事にすら気付きませんでした」
話を振られたウルが眉尻を下げしどろもどろに言う。
ハフティーは眉を吊り上げた。
「一緒に旅をしていたのだろう? その前は君の家の奴隷だったというじゃないか。気付かなかったなんて事はないだろう」
「本当です、本当に気付かなかったんですっ! 私は注意力が無くて、目の前の怪しい人にすら気付けない何のとりえもない無能でぇ……!」
「いや、とりえはあるさ。ウルは人殺しが得意だろ?」
半泣きのウルの肩を持って慰めると、ハフティーは不機嫌そうに舌打ちした。
それから荷担に尋問を続けようとして、集まり始めた野次馬に気付く。
フードを目深に被って顔を隠していても、ハフティーの可愛らしい声は耳目を集める。半泣きのウルもまた、土埃で薄汚れた旅装に身を包んでいてもなお如何にも貴族らしい気品を隠しきれていない。
そんな魅力的な女性二人が男を間に挟んで何やら言い合いをしているとなれば、嫌が応にも注目は集まってしまった。
ハフティーはイライラとフードの端からこぼれた目立つ金髪を胸元に押し込む。
「場所が悪いね。ここで話す内容ではない、何はともあれ宿に……待てよ? ヤオサカ、宿を取ってあると言っていたけれど。宿取りをしたのは誰だい?」
「荷担」
「今すぐ街を出よう。そいつを置いて」
何やら危機感を刺激されたらしいハフティーは、俺の手をとって駆けだした。
小柄なハフティーの小さな手が全力で俺を引っ張る力は愛玩用の小型犬でももうちょっと力強いだろうと言う程度のものだったが、昔ハフティーに賭けで負け愛妾を手放すハメになった貴族がイカサマに気付き烈火の如く怒り狂って騎兵隊を差し向けてきた時よりも切羽詰まった様子だったので大人しく従う。
今ってあの時よりヤバいのか。マジで?
荷担が今更宿に罠を仕掛けるとは思えないけど。
目立つ往来から入り組んだ裏路地に入り、壺や植木鉢を蹴飛ばしながら走るハフティーは非難がましく俺をたしなめた。
「流石に警戒心が足りないよ。荒野の影を、魔王を忘れたかい? 影を持たない荷担と、影が動いている魔王。何か関係があると推定して然るべきだ」
「いやそういう病気かもしれないし」
「そんな病気は聞いた事が無いね」
「ハフティーが知らない病気なんていくらでもあるだろ」
「既知の事実で説明がつく推測を、未知の事実を考慮して破棄するなんて馬鹿げている……はぁ、ふぅ……おわっ?」
全力疾走で早くも息を切らせ始めたハフティーを、俺達の後ろを影のように追走してきていたウルがひょいと姫抱きにして言った。
「荷担さんが我が家に来られたのは七年前です。刑務所の中で生まれ、親代わりの仲間たちに外に逃がしてもらったと言っていました。行く宛もなく街を彷徨っていたところを哀れんだ父が拾いました。生まれはどうあれ罪が無いのなら、と」
「けっこー壮絶な生まれだな。じゃあ魔王とは関係無いか」
魔王は世界の果て、永遠の暗黒から生まれたと言われている。
刑務所も属性的には暗黒みあるけど、世界の果てやら永遠の暗黒やら、そんな大仰な感じの場所でもない。
しかし刑務所の中であの突拍子もない性癖が育まれたと思うとスゲーな。
「七年前となるとますます怪しい。ちょうど七年前から世界はおかしくなった。髪の色が赤毛になる奇病が大流行したし、夜空から星が消えた。炎魔法以外が急激に衰退した。ヤオサカがこの世界に来たのも七年前、荒野で影法師と出会ったのも七年前。魔王が現れ侵略を始めたのも七年前」
ウルに抱えられながらハフティーは七年前の異変を指折り数える。
七年前に色々起こり過ぎだな。摩訶不思議。
「それを考えれば七年前に現れた影を持たない荷担は怪しすぎる。魔王の関係者である危険性を考えれば、今からでも遠ざけた方が良い。もし全てが偶然の一致で、魔王と全く無関係の変人だったとしても、所詮はただの荷物持ちの賑やかしだろう? いなくなったところで何も困らない。彼は彼で独り強く生きていくだろうさ」
「一理あるけどさあ」
俺は人を一人抱えて汗一つかかず隣を走るウルを横目で見た。
「危険だのなんだのって話なら、いつも人殺したくてウズウズしてるウルの方がよっぽど危ないだろ」
「あ、死にますね。ハフティー、後はよろしくお願いします。短くも素晴らしい日々でした」
「分かった。心置きなく逝くといい」
「待て待てそういう意味じゃない! ハフティーも分かるな! ウルは殺人癖あるけど、自分の癖と折り合いつけて上手くやってるだろ? だから大丈夫だって話。ケンテレトネクからここまでの旅の間だって、生死問わずの賞金首しか殺してないだろ」
「……そうですね!」
「ハフティーも賭けで何度も破滅してるけど、本当に越えちゃいけない一線は守ってる」
「そうかもね。それで?」
「荷担もヤバい奴かも知んないけどさ、なんかこう、上手くやれるだろ。俺についてきたいみたいだし、一緒に旅すればいい。なんとかなるって」
「なんとかならなかったらどうする?」
「なんとかなる方に賭けようぜ」
ここまで間髪入れず言葉を返してきていたハフティーが始めて黙った。
俺を見て、裏路地から見える家と家の壁に挟まれた狭い空を見上げ、溜息を吐く。
「……あー、ヤオサカ? 君はたびたび私の無意味で無謀な賭けに呆れるけれど。半分ぐらいは君が煽るせいだからね。ウル、降ろしてくれ」
「賭けに乗らないと死ぬ病気でも?」
ウルは呆れながらも足を止め、どうしようもない博徒をそっと地面に降ろした。
賭博はハフティーの最悪の悪癖だ。でも最高なところでもある。
俺達は裏路地から表通りの様子を伺いながら息を整えた。
「一応君の意見も聞いておこう。ウルは荷担をどう思う? 魔王の関係者だと思うかい?」
「誰であれ、ヤオサカを殺そうとすれば殺して止めるまでです」
「いや殺さなくても……」
「ごめんなさい。他の方法であなたを護れれば良いのですが、私はこれしかできなくて」
「これも一応言っておくけど、私はヤオサカを殺しかける事はあっても殺そうとする事は絶対に無いからね。勘違いして私を仕留めようとしないでくれ」
「考えてみりゃ人畜無害な荷担よりハフティーの方がよっぽどヤバいよな」
「一理ある」
「ヤオサカの危険な女好きには全く困ったもんだ」
あっはっは、と笑い合う俺達三人をウルは頭痛を堪えるような仕草で見たが、ハッとして二度見した。
「三人!? 荷担さんはいつの間に!?」
「ん!? どうしてここにいる!?」
「ヤオサカとお嬢様の荷物を預かっているからな。荷物がないと困るだろう?」
荷担はシレっと言って旅装が入った背嚢をウルに、霊薬瓶や調合器具が入った鞄を俺に渡す。鉄杭を巻き込んだずっしり重いテントや食料を詰め込んだ背嚢を担ぎ持つ荷担のその姿、まさに荷担。
いつも荷物持ちありがとな。助かってる。でもちょっとホラーじみた登場だったかも。びっくりしたぞ。
「どうやってここに? 俺達いきなり走り出したし、そんな大荷物背負って追いつける速度じゃなかったと思うんだけど」
「目を離した隙にヤオサカが恋人を決めたら悔やんでも悔やみきれない。だからずっと見守る事にしているんだ」
「君は会話ができないのか?」
ハフティーのもっともな突っ込みにも荷担はどこ吹く風だ。
諦めろハフティー。そして受け入れろ。荷担を連れ歩くという事は、コレをずっと相手にするという事だ。
「ふざけ倒してるけど、悪い奴じゃないだろ?」
「……まあ、世界を滅ぼす魔王の一味とは到底思えないな」
ハフティーは仕方なさそうに頷いた。
よし。
では、話はまとまったという事でよろしいかな?
俺は荒野の影に不老不死の霊薬を届けるために、北へ行く。
ハフティーは人類を救おうとしている。必然的に魔王との戦いの最前線である、北へ行く。
ウルは俺を護る誓いを立ててくれている。俺と一緒に、北へ行く。
荷担は俺の恋愛模様を見届けるためについてくる。
改めて始めよう、俺達の旅を。
ハフティー曰く「不確定要素が増えすぎたから、念のため」という事で、俺達は街をすぐに離れて北へ向かった。
このあたり一帯は北の大山脈から流れ出る大小さまざまの河によって潤う広大な平地で、大規模な穀倉地帯になっている。特に川沿いは見渡す限りの麦畑。ここで生産された穀物は北の魔王戦線へ、また南の各地に送られる。大陸の心臓部といえるだろう。
俺達はその穀倉地帯を貫く大街道から少し逸れた森の中を歩いていた。
なんといっても『博徒』ハフティーは最重要指名手配犯。人類を裏切り魔王に与し、甚大な災禍を振りまく最悪の魔女として莫大な懸賞金がかけられている。
いくら魔王信者を誑かし上手くやっているといっても、天下の大街道を練り歩くのは賭けを通り越して自殺行為だ。
どこまでも鬱蒼とした深い森の木々は空気に心地よい水気と冷たさを含ませ、時折枝葉のざわめきと共に爽やかな風を吹きかけてくれる。
厚く積もった腐葉土は踏みしめ歩くたびに独特の土と森の香りを立ち昇らせ、梢に留まった小鳥たちは俺達を見て小さく鳴き交わしながら盛んに首を傾げた。
涼やかで奥深い森の息吹を全身で感じながら歩いていると、長旅の疲れも忘れるようだ。
「ウルも楽しんだらどうだ? 虫ぐらい気にするなよ」
「そうは言ってもですね。ううっ! また……! 服にくっつくぐらいなら我慢できますが、顔に飛びつかれると……!」
隣を歩くウルは森に入ってからすぐに小枝を拾い、自分にとまろうとする小虫を片端から叩き殺していた。叩き殺すというか威力が高すぎて虫が塵になっている。
虫が嫌いとはね。戦い慣れた筋骨隆々の大男を素手で一撃必殺できるといってもやっぱりなんだかんだ箱入りお嬢様なんだな。
虫を嫌がる一撃必殺お嬢様は可愛いなあ、とほのぼの見ていると、後ろから荷担に肩を小突かれ、小声で囁かれた。
「で、ヤオサカはどっちにするんだ?」
「何が?」
小声で返すと、荷担は最高にウキウキした調子で続けた。
「目の前に結婚適齢期の女が二人いるだろ? どっちにするか決めれば仲を取り持ってやるぞ」
「いやいいってそういうのは。そもそもお前が取り持つのは無理だろ」
「どうしてだ?」
「お前、二人にドン引きされてるぞ。胸のサイズとか尻のサイズとか体重とか、全部知ってるから」
しかもそれを二人の目の前で俺に暴露するから。
どういう神経? やべーよお前。
「女を選ぶ上で重要な要素だろう。二人の体型聞いても興味ありませんって顔をしていたがちょっとエロいなとは思っただろう?」
「…………」
「隠すな隠すな。ヤオサカは尻派か? 胸派か?」
「どっちでもない。俺は好きになった女が好きだよ」
「優等生ぶるなッ! 言ってみろ。ハフティーとウルお嬢様、どっちが好みなんだ? ん? 正直なところ、ここだけの話。小声でいい、な? 聞かせろよ。秘密にするから」
「ちょ、やめろよ。やーめーろーよ! そんなグイグイ来るな!」
脇腹を小突きながら尋問され困っていると、単眼鏡と地図を片手に先頭を歩いていたハフティーが立ち止まり振り返った。
「今日はここまでにしよう。そろそろ日も暮れる。ウル、薪を集めてきてくれ。私が料理の準備をするから、ヤオサカは天幕を。それと荷担。ヤオサカの恋愛窓口は私だから、そういう話をする時は私を通すように」
「ハフティーがヤオサカの妻になれば配慮しよう」
「言うねえ。どうだい? ヤオサカ」
「荷担の言う事は無視しろハフティー。こいつ俺の恋バナできゃっきゃしたいだけだから」
重篤な恋バナきゃっきゃ勢には困ったもんだ。ここまで恋愛方向におかしい振り切り方をしてる奴は滅多にいないぞ。そういう意味では貴重な人材か。
ハフティーの号令を聞いたウルは散発的に飛びついてくる虫にびくびくしながら薪を探しに行き、荷担はその手伝いで森の奥へ消える。
俺は言われた通り天幕の準備に取り掛かった。えーと、まずは腐葉土から突き出し張り出した根っこの凸凹を隠すように葉っぱと小枝を敷き詰めて平らにして、と。
野宿の成否というものは、心地よい睡眠がとれるかどうかにかかっている。
寒けりゃ眠れないし、腹が減っていても眠れない。周囲が危険に溢れていても緊張で眠れないし、もちろん凸凹の堅い地面に寝転がっていても痛くて眠れない。
野外での心地よい快眠の成立には、野宿に必要な全ての要素が詰まっているのだ。
ゆえに睡眠の要である天幕立ては大役と言えるだろう。腕が鳴るぜ。
俺がせっせとみんなのぐっすり睡眠のために地面を均していると、大木に背を預けて座り込み膝にまな板を載せて肉と野菜を切っていたハフティーがのんびり話を振って来た。
「こうして君と野宿するのも久しぶりだね」
「ああ。旨い飯頼むぞ。聞いてくれよ、ウルの料理はマジで酷くてさあ! いやアレが普通なんだろうけど、好みがさ、やっぱりさ。分かるだろ?」
「スープもパンも砂鉄と油でギトギトかい?」
「そう! 工場でネジでも食ってる気分になるぜ。たまったもんじゃないよな?」
苦笑したハフティーがナイフの背で岩塩を削り、水を張ったスープ鍋に入れるのを見て心底安心する。
それそれ。やっぱ料理には塩ですよ。世の中の料理のスタンダードが水の代わりに油、塩の代わりに砂鉄というのが未だに信じられない。
俺やハフティーが食べると一発で腹を下す重量級の食生活を送っているだけあって、鉄と油の料理を旨そうに食う一般市民連中はどいつもこいつもパワフルだ。特にウルは図抜けている。
熊を片手で捻り倒すウルの超絶身体能力には憧れるが、吐き気に耐えながら砂鉄と油を喰らってパワーをつけようとはちょっと思えない。
みんな胃袋が丈夫すぎる。それとも俺とハフティーの胃腸が弱いだけか。
「覚えているかい? ヤオサカが前に霊薬で味覚を変えて食べようとした時は……ああそうだ。急かす訳ではないけれど、霊薬はどうする? この先の旅には必ず必要になる。確かヤオサカの魔力は尽きてしまったと言っていたね。私の魔力でも霊薬は調合できるんだろう?」
「できる。けど、大量生産はできないな。成分のバランスがちょっと」
眼鏡を通してハフティーが持つ形而上成分を視る。
俺の形而上成分は多種多様な成分が均等に混ざっているが、ハフティーの形而上成分はかなり偏りがあった。
「うーん。ハフティーの形而上成分って接着剤が多いんだな」
「接着剤?」
「俺も新しい霊薬理論を修得してからやっと細かい区別がつくようになってきたんだけど、霊薬っていろんな形而上成分を材料にするじゃんか。『怒り』とか『冷たさ』とか『楽しみ』とか『癒し』とかさ」
「そうだね。私もその眼鏡をかければ魔力に種類があるのは視てとれるよ」
ハフティーは輪切りにした根菜をスープ鍋に滑らせながら頷いた。
「そうだった。じゃ、前に自分を視た時に視えたと思うんだけど、ハフティーが持ってる形而上成分ってすげー偏ってんの。一種類だけめちゃ多い」
「ああ、覚えがある。暖かい感じがするやつかい?」
「そうそう、それ。霊薬を調合する時って絶対につなぎに使う接着剤成分があるのな? 普通、種類の違う形而上成分ってくっつかないんだけど、その接着剤を使えばくっつくわけ。それがその暖かい感じがする形而上成分なんだ」
「へえ。私は接着剤に溢れた接着剤人間というわけだ」
「うん。まあ、接着剤っつーか『愛』の形而上成分なんだけどな」
「…………」
ハフティーの包丁が止まった。
「本来くっつかない物を、愛だけがくっつけて霊薬にできる。なんかロマンチックだよなあ。言ってて小っ恥ずかしくなるけどさ」
「……確認しておきたい。魔力が視えているだけで、心が視えているわけではないんだね?」
「当たり前だろ?」
「良かっ」
「ただし原理的には普段の生活とか経験とか感情が生成する形而上成分の種類に大きく影響する。だからハフティーの生き様は愛に溢れてるって事になるな」
絶句したハフティーは一瞬顔色を失い、それからだんだん顔を赤らめていった。
包丁を置いて上着の袖を指先で弄り、頬を染め、モジモジしながら恥ずかしそうな上目遣いで俺を見つめてくる。
え、なんだどうした? すっごい熱視線じゃん。
「なに照れてんだ? ハフティーが賭けを愛してるのは知ってる」
「………………………………………………そうだね。そうだとも」
ハフティーはクソデカ溜息を吐いてまた包丁を動かし始めた。肉を削ぎ切りにする手つきが気のせいか荒っぽい。
やべ、なんか解答ミスったみたいだな。待て誤解だ。俺はハフティーの事をちゃんとギャンブルに脳を焼かれたカス女だと思ってるけど、それだけの女じゃないってのも知ってるぞ。弁解させてくれ。
「俺に向けた親愛も込みのクソデカ愛情なんだよな、分かってる。あ、いや、やっぱ今の無し忘れてくれ超キモかった」
「ふ。残念だったね。一生忘れてあげないよ」
「ウワーッ! くっそ、口滑った!」
物の弾みで黒歴史を作ってしまい悶える。しかしハフティーは愉快そうに笑っていた。
ま、まあそれならいいか。ハフティーが嬉しいなら俺も嬉しいよ。
話に花を咲かせている内に料理の下拵えと天幕設営が終わり、折り合い良く薪拾い組も帰って来た。
俺達は四人雁首揃えてみんな魔法が使えないから、魔法使いが炎魔法ボンッ! ですぐ済ませる作業もなかなか大変だ。
薪を準備し、小枝を削って焚きつけを作って、火打ち石で火花を飛ばして着火。火種を少しずつ大きくして太い薪に火をつけてからやっと調理に取り掛かれる。
料理担当ハフティーは手慣れたもので、俺とハフティー用の鉄&油抜き料理をまず作り、ウルのために砂鉄と油を追加でぶちまけた皿を用意した。
俺の好みに合わせて作ってくれた具材たっぷりスープを啜っていると、自分のスープを上品に口に運んでいたウルがこっちを見てしょぼんとする。
「ど、どうした?」
「ヤオサカが美味しそうに食事をしているところ、初めて見ました……料理下手でごめんなさい」
「いやそんな事は。ウルは、ほら、上手いよ料理。そのー、あっ! コップに水を注ぐのとか! こぼさないし」
元気づけるとウルは小さく笑い、革袋からコップに水を注いで渡してくれた。
ありがとう。スープと水でお腹たぷたぷになっちゃうぜ。
夕食が終わったらハフティーから魔力を貰って霊薬を調合するつもりだったが、腹いっぱいになったハフティーが舟をこぎはじめたので寝る事にする。
火の番を買って出た荷担に見張りを任せ、俺達は真ん中に仕切りを作った天幕に入った。
ウルは仕切りの右側へ。俺は仕切りの左側へ。ハフティーも仕切りの左側へ。
ウルはびっくりしてハフティーの襟首を掴んで自分の方へ連れ込もうとしたが、ハフティーは猫のようにすり抜け毛布を広げる俺の腕の中にすっぽり収まった。
ウルはマントを丸めた簡易枕を持ったまま面白いぐらい動揺する。
「ハ、ハフティー? どどどどどどうしてヤオサカの毛布に潜り込むんですか? 男女の仕切りを作った意味は!? なんて破廉恥な! そういう事は井戸前の誓いを済ませてからするものですよ!」
「失敬な。私は抱き枕がないと眠れないんだ。ヤオサカは丁度良い抱き心地でね」
「そうなんだよ、こいつ子供みたいだろ?」
「女の顔をしていますが!?」
「えっ」
重大な犯罪を告発するようなウルの叫びに、胸元のハフティーの様子を確かめる。
『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉がある。七歳にもなれば子供に見えても男女を意識し分けなさい、という意味の格言だ。
出会った当時の七年前、ハフティーは今よりも輪をかけて幼かった。「寒いから一緒に寝よう」という言葉を疑問にも思わず同じ毛布にくるまり、それが習慣になって今まで続けてきたが、もしかしたらマズかったかも知れない。
そうだ。あれから七年経った。ハフティーも子供じゃない。見た目はチビっこでも立派な女性なのだ。ここは距離をとって……
……と思ってハフティーを見たのだが。
きょとんとして俺を見上げるその顔は、男女の違いなんて何も分かっていない無垢で無邪気な子供そのものだった。
何が女の顔だよ。子供じゃん。
こいつ全然成長してねぇよ。あの時と同じ、色気より賭けな子供のままだ。もちろん女ではあるし、文句のつけようもない可愛らしさだが、大人の女性には到底見えない。
「ヤオサカ、眠くなるまで寝物語を頼むよ。ふふふ」
「よっしゃ。前はどこまで話したっけ?」
「ず、ずるっこ! この女―ッ!」
ウルは震える指でハフティーを指し半泣きで叫んだ。うるせぇ。今から「清少納言vs紫式部~骨肉の闘い!平安京大炎上~」の話するんだから静かにしててくれ。
ハフティーは寝物語を聞くうちにうつらうつらし始め、話す俺も意識が沈んでいく。
ああ、やっぱり友達と一緒にする旅はいい。こんなささやかな夜の時間でさえ充実している。
愉快な仲間との旅は楽しい。
でももしかしたらちょっと愉快過ぎるかもな。