10 合流
高額指名手配がかかったハフティーの目撃情報はやたら多かった。北で南で、大都市で辺境で、世界各地での目撃談が噴出していた。
目撃談が全て本当ならハフティーが同時に十人ぐらい存在する事になってしまう。ウルは「分身魔法でも使っているのでしょうか?」と混乱していたが、それは違う。虚報をバラ撒きまくっているだけだ。あいつはすぐそういう事するからな。
幸い俺はハフティーのやり口を知っているから対処できた。数ある目撃情報の中で一番嘘臭い荒唐無稽な情報を選んで辿り追跡していくと、ほどなくして捕まった。
やはりというべきか、ハフティーは賭場にいた。
大都市の中継地点として栄えている宿場町は憲兵が多かったが、地下下水道網の一画に設けられた違法賭博場にまでは目が届かない。
賭場は狭くて薄暗かったが、どこかから新鮮な空気が入ってきているようで臭いはさほどでもない。下水の臭いより賭けに熱中する男達の汗と加齢臭のほうがよほど気になった。
そんな中でハフティーは死ぬほど目立っていた。赤髪だらけのこの世界で、金髪は超目立つ。それが美少女な上高額賞金首となればなおさらだ。
賭場入口で番をしていた巨漢に心付けを渡し中に入り、俺達がハフティーを見つけるのと同時にハフティーも俺達を見つけた。
そしてパッと花開くように笑顔になり、笑顔は一瞬にして驚愕に代わり、絶望と怒りと混乱が入り混じったすごい形相に変わった。
「お、お、お前―ッ! 貴族の誇りに賭けて守り抜くと書いて寄こしただろう!? し、信じたのに! ヤオサカをそのいやらしい体で誑かすのが貴族の誇りだったのか!?」
ハフティーは喚き散らしながらむさくるしい男達をかき分けやってくると、ウルの胸倉を掴んで食ってかかった。何やらブチ切れている。
なんか思っていた再会と違う。わざわざ手の込んだ策を講じて遠ざけた俺がノコノコ来たのだから叱られるかもとは思っていたが、怒ってはいるけどそういう雰囲気では無いような?
ウルに詰め寄るハフティーが立て続けにぶつける罵声は早口すぎて半分以上聞き取れない。俺は凄い剣幕のハフティーをバツの悪そうなウルから引きはがし、聞き取れた範囲で確認した。
「落ち着け、ちょっと待ってくれ。なあウル、俺を誑かしてたのか?」
「い、いいえ。何の事やら」
「だよな。良かった。ウルが俺を騙すわけないもんな」
「た、誑かされてるーッ! この女―ッ!」
ハフティーは震える指でウルを指し半泣きで叫んだ。うるせえ。ちょっと見ない間に情緒不安定になったなおい。
大騒ぎするハフティーは違法賭場中の注目を集めてしまい、用心棒らしい隅に立っていた強そうな男が面倒そうに壁から背を離した。
おっとお兄さん、面倒事は御免だって顔してますね。俺も俺も。ここにはハフティーを探しに来ただけなんで、賭場を荒そうなんてつもりはこれっぽっちも無いんですよ。
だからウルは殺される前に殺して差し上げましょうの顔ひっこめてくれ。過敏過ぎる。
「ウル、殺すな。ハフティー、いったん出よう。ここじゃゆっくり話せもしない」
「何を話す事が? なあヤオサカ、この女に何を吹き込まれたか知らないが、」
「俺は『ハフティーが三つ数えてもまだこの賭場にいる』方に銀貨一枚賭ける。いーち、にーい」
言葉を遮り急かすと、ハフティーは反射的に賭場から飛び出した。
ウルは剣に手をかけた用心棒に鋭い威嚇の一瞥をくれてから、俺の背を押して後に続く。
振り返ると用心棒はゆっくり壁に背を戻した。
あぶねぇ、セーフ。誰も追いかけて来ないところから察するに、ハフティーはまだ賭場に潜り込んだ直後だったようだ。一度でも賭けていれば大負けした奴が縋り付いてくるか、大負けしたハフティーを追ってくる奴がいるかどっちかだからな。
違法地下賭博場の外で俺が銀貨を一枚投げ渡すと、まんまと引っかけられたハフティーは渋い顔でキャッチした。ウルに背を押され、薄暗い下水道のトンネルをランタン灯りを頼りに歩く。
勢いを挫かれたハフティーは多少冷静になり、ウルに睨みを利かせながらも大人しくついてきてくれている。手に入れた銀貨を大切に懐に仕舞い込むのも忘れていない。
ああ、懐かしい。ハフティーとの旅が戻ってきたって感じだ。
「ハフティー、久しぶり。元気してたか? 病気とかしてないか? 俺がいない間夜の街で遊び惚けてただろ、目の下のクマひどいぞ」
「……今日からはぐっすり眠れるさ。君が来たからね。余分なのも一人くっついて来たようだが」
ハフティーは俺に微笑みかけ、一転ウルに皮肉を浴びせる。
ウルは居心地悪そうに背を丸めて弁明した。
「貴族の誇りに賭けて守り抜くと誓ったのは本当です。だから私はヤオサカを無事ハフティーの下に届けるために同行したのです。信じて下さい、他意はありません。あと、くっついてきたのは二人です」
「……まあ、ヤオサカを守ってくれていたのは本当だろうけど。下心については怪しいものだな。どうせもう一人のくっつき虫もヤオサカに擦り寄って変態じみた性癖を爆発させているのだろう? 容易に想像がつくよ。まったく私がついていないとすぐこれだ」
ハフティーは下水の悪臭がする水をできるだけ撥ねないように慎重に歩きながらブツクサ言う。
「まあまあ、そうツンケンするなよ。ウルは良い奴だ。信じていい。荷担も、あー、もう一人の旅の仲間も……良い奴かはとにかく無害な奴だ。信じていい」
「自分を奴隷堕ちさせた女を信用する男の言葉は信用できないな」
「俺を安全なとこに置いておくためだったんだろ? 確かに危ないからここにいろって言われても着いてったから回りくどい手使ったのも分かる、けど、それならそうと言って欲しかったな」
「意図を正直に言うなら回りくどい手を使う意味がないだろう……ウル、君がこんなに口が軽い女とは思わなかった。全て話したな?」
「しかしハフティー。彼のいない日々は辛かったでしょう? 貴女は誰よりもヤオサカと会いたかったのではありませんか」
「…………ぐぅ」
ちくちくウルを刺していたハフティーからぐぅの音が出た。
ぶすくれて静かになったハフティーの頭をウルは微笑ましそうに撫でた。
うむ、うむ。仲直りしてくれたようで何より。友達がギスってるとケツの座りが悪いからな。
「よし。じゃ、宿取ってあるからそこでゆっくり話そう。俺達も色々あったけど、ハフティーも色々あっただろうし。下水の出口で荷担が着替え持って待ってるから、そこでくっせぇ靴と服着替えて地上に出て宿に直行だ。いいだろ?」
「いいだろう。荷担というのはどんなクズだ?」
「おい、クズって決めつけるなよ」
「ハフティーハフティー、この件に関しては驚くべき事にヤオサカが正しいですよ。ええ、そんな馬鹿なと思いますよね? でも彼はとても変わっていますが悪人ではありません。話せばすぐわかります」
下水道から地上に繋がる縦穴にかけられた縄梯子の前で、荷担がランタンを振って俺達に合図しているのが見え、俺は手を振り返した。
縄梯子前で全員が合流し、汚水がしみ込んだ靴と外套を着替える。
ハフティーは初対面の荷担に完璧に取り繕った愛想の良さで握手した。
「やあやあ、私はハフティー。放浪の民だ。君はヤオサカの旅を助けてくれていたんだってね? 名前を聞いても?」
「荷担と呼んでくれ。ほら、着替えだ」
「ありがとう……ああ、これはなかなか作りの良い靴だ。大変な長旅だったろうに、これだけの品を確保するのは手間だっただろう? 荷担はなぜヤオサカの旅に同行を?」
「ヤオサカが好きだからだ」
「!?」
「こっち見んな! 同性愛者じゃないぞ。俺が結婚して子供作って大家族になるとこ見たいんだってさ」
「なんだ、なるほど……なるほど?」
ハフティーは納得しかけたが、内容の奇妙さに気付き困惑して荷担を二度見した。
荷担は純粋そのものの瞳でハフティーを見て言う。
「ヤオサカの子供が、子孫が、あまねく大地に満ちるところが見たい。そのためにヤオサカをこうして見守り、時に助言している」
「そ、そうか……」
「ヤオサカ、ハフティーと結婚するのはどうだ? オススメだ。今のハフティーのヤオサカへの好感は『世界一愛してる』だな。結婚すれば間違いなく健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、ヤオサカを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす。優良物件だ」
荷担の胡散臭い下世話な批評を聞いたハフティーは絶句した。
束の間唖然として荷担をまじまじ見ていたが、我に返って俺達に背を向け、異臭のする服を着替え始める。
「まさか旅の間ずっとこの調子で?」
「そのまさかなんだよなあ」
「ヤオサカが結婚して子供を作ればやめるが?」
「やめるが? じゃねぇよ」
恋バナとセクハラの境界線を行ったり来たりしやがって。ちょっと面白いけど気まずいんだよ。特に親友の批評なんてされるとモニャる。
モニャモニャしながら着替え終わると、女性陣も上着を替え終えていた。
まだまだ話したい事話すべき事は多いが、何はともあれこんな臭い地下下水道にいつまでもたむろしていられない。
俺は湿った縄梯子を掴んで登り、地上に顔を出した。
下水道入口は街に流れる小川にかかる橋下にある。昼日中の川べりはよく日に照らされ、奴隷を散歩させている貴婦人や土手に寝そべって雑談に興じている人々で賑わっていた。
牧歌的で平和な光景だ。
……雑談している人がハフティーの手配書を持って熱く論じていなければ。
俺は続いて登って来ようとしていたハフティーに手振りで戻るよう合図し、そーっと臭い地下下水道に逆戻りした。
ハフティー、お前の事は信じてる。ここに辿り着くまでに散々耳に入ってきた悪い噂なんて半分も信じちゃいない。お前は賭けカスだけど、俺の親友だ。
でもちょっとお話を聞かせてもらおうか? 今ここで。





