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第九話 異世界

目蓋に差し込む光で目を覚ました。

目を開けると窓から光か差し込んでいる。──朝か。

ゆっくりとベッドから這い出した。

……なんだかとんでもないことをしたような気がするが、まあ良いか。

既にベッドにミリアは居なかった。

部屋を見渡してもミリアは居ない。

どこにいったのだろう。こんなところに一人にされても困ってしまう。

手がかりを探そうと着替えもせずに部屋を見てみると、机の上に羊皮紙がおいてあった。

どうやらミリアの置き手紙のようだ。


《応久へ

私は少し用があって席を外します。食費は多めに置いておくので自由に使って下さい。分からないことがあったら私の客人だと兵士に伝えれば親切にしてくれるはずです。夜には宿舎に帰ります。

それと、言い忘れてたが絶対に魔法は使わないようして下さい。

ミリアより》


「そんなこと言われてもなぁ……」


羊皮紙の重石にはこの世界の硬貨とおぼしき金属が使われていた。

まあ部屋にこもっていても仕方なかろう。


昨日の記憶を引っ張り出しながら兵舎を出る。

城内はやはり豪華だな。もしかしたらこの広間の彫刻やらなにやらを見て回るだけで数時間潰せてしまいそうだ。


「こんにちは応久さん。───物珍しい物も無えと思いうんだか……そんなに面白えかい?」

「え、ああ。凄く綺麗だと思うけど」


後ろからいきなり声を掛けられた。灰色の髪。年は同い年ぐらいに見える。

いつからいたのだろうか。まるで気がつかなかった。

金色の筋が通った鎧がよく似合っている。帯刀はしていないが、彼も騎士だろう。


「何で俺の名前を?」

「おやおや、あんたはもはや有名人なんだぜ?顔は今知ったばっかりだけどなぁ?」


男は軽くに手を広げてみせた。


「それにしてもはるばる遠い所からおご苦労さん。まあ、大方うちの団長に誑かされたんだろうが」

「……まずは名前を名乗ったらどうだ?俺だけ名前を知らないのは不公平だろ」

「ああ、悪い悪い。俺ははカノープス。第一騎士団副団長だ。よろしくな」


男は手を差し出す。手は取らない。


「どうだい、ここは気に入ったかい?」

「ああ、まあな」

「そいつは良かった。今日の予定は決まってるか?流石に1日中そうして過ごす訳じゃ無いだろ?」

「流石にそんなことはないけども、特に予定は決まってないな」


そういえば今が何時なのかもわからない。


「ククク、だろうなぁ。良けりゃあ城下町に行ってみるとと良い。面白い物がみれるぜ?」

「そうだな。気が向いたら行ってみるよ」

「───ところであんた、どうしてここに来たんだい?」

「え?それは……お前たちが呼んだから──じゃあ無いのか

?」

「……まあ団長は顔は良いからなぁ、大した覚悟もなく来ても仕方ないのかねぇ」

「───それは違うよ。覚悟くらいはある」

「ククククク、どんな覚悟やら。あんた、人を殺したことも無いんだろ?いかにも平和ボケした顔だしなぁ?」


愉しそうに彼は話す。


「そんなことは関係無いだろ?」

「大有りなんだよなぁ。このまま行くとあんたは大量の罪の無い一般人を、兵士を、殺すことになる。あちらじゃ後世まで残酷な侵略者として語り継がれることになるかもしれねぇなあ、これまでの歴史がそうだったみてぇに」


───確かにその通りだ。破壊兵器「レヴィオルグ」。それを俺は起動させに来た。

彼はどこから取り出したのか、手でくるくるとペンを回しながら話す。こちらと目を合わせようとすらしない。


「じゃああんたは何か?ここまで来て帰れって言うのか?」

「おや、そう聞こえたかい?」

「はぐらかさないでくれ。とにかく俺は戻る気はないからな」

「ふーん?お前は何万もの人を焼いて、潰して、引き裂いて、殺して、殺して、殺して、殺して、殺すんだ。

正気を保っていられる自信がおありで?」

「いや、正直自信は無いよ。でも、俺はどうなっても良いんだ」

「……」


彼の手が止まる。


「助けた数より殺した数の方が多くてもやる。結果、俺だけじゃなく全員が不幸になったとしても後悔はしないだろう。ミリアがそうしてほしいと言うからな」

「団長がねぇ、あんたは奴隷か何かで?」


彼が初めて表情を変えた。怒りと侮蔑が混ざったような表情。


「奴隷か……否定はしないよ。正直、この国だってどうなったっていい。俺はな、やりたいことってやつが無かったんだ」

「……」

「そんな俺が、初めて燃えるような信念を持った奴に出会った。ミリアだ。俺はあいつのようにはなれないだろうが、あいつの力になってやりたい。それだけなんだ」

「───それでいいのか。救えねえな。俺も、お前も。せいぜい捨て石にでもなるといい」


そう吐き捨てると彼はそっぽを向いて行ってしまった。

足音が聞こえなくなった後も、俺は暫くその場から動かなかった。



───さて、これからどうしようか。

携帯の充電はいつの間にか切れてしまっていので、どこかに時計はないかと探してみるが見当たらない。

窓から差し込む陽光を見るに、今は昼前だろうか。そういえば少し腹も空いて来ている。

そうだな。あの男(カノープスだっけ?)も言っていたし、お昼を食べるついでに城下町でも見てみるか。

うん、少し楽しみになってきた。軽く海外旅行に来たみたいだ。

適当に廊下を歩いていく。迷路みたいだがまあ、下の方に歩いていけばいつかは出られるだろう。


「おっと、やあ。元気かい、救世主君?」

「!、──ええ。こんにちは」


階段を降りた出会い頭、おかっぱ頭の少年とぶつかりそうになった。

赤黒いマントを床に擦るすれすれに羽織っており、よく見ると、後ろに近衛らしき人たちが何人も付いている。

服装も緑を基調とした高そうなものだ。豪華だが、派手と言うより洒脱さが際立つ。

この国の王子か、そうでなくとも相当に身分の高い貴族だろう。反射的に一歩引いて頭を下げてしまう。


「あー、いいよいいよ、そんなにかしこまらなくったって。確かに僕はここの国王だけれども。顔を上げて?」


恐る恐る顔を上げる。


「僕は5年前に戴冠したばっかりで、言ってしまえばお飾りだよ。なんなら君より絶対に年下だしね?」


──そういわれて見ると、確かに幼い顔立ちをしている。パッと見は15歳くらいだが、もう三年は若いかも知れない。


「ねえ、お昼はまだだろう、応久君?良ければ一緒に食べないかい?ちょうどホールに行くところでね」

「え、そんなことは……」

「遠慮することはない、一人分ぐらいはなんとでもなるよ。僕も君と話してみたかったんだ。真面目な話し抜きで。ね?いいだろ?」


そこまで言われて、自分がかなりお腹をすかせていることに気が付いた。

そういえば朝から何も食べていない。


「───そこまで言うならご一緒させてもらいます」



「そう来なくちゃ」と案内されたのはだだっ広い食堂?ホール?だった。

絶対に定員の1/100ぐらいだろ、これ。

あんなに沢山いたお付きだっていつの間にか居ないし。


「ふふっ、そんなに緊張しないで。そうだ、互い自己紹介と行こうよ。僕の名前はアクトル。13歳だ。この国の国王をやっているよ」

「───13歳、それはまた、若いのに大変ですね」

「本当にそうだよ。先代が突然死んじゃってさあ、子供も僕しか居なかったからね。──ほら、そんなことより、君のことを聞かせてよ」

「え、ええ。自分は間宮応久。……えと、自分はここで何をするのかいまいちピンと来てないんですが」

「うん?そんなの簡単だよ?少し横になって、魔力をもらえれば良いんだ。ミリアは5日ぐらい動けなくなるって言ってたかも知れないけど、こっちでやるならいっぺんに吸う必要が無いからその心配もない。魔法が使えなくなるぐらいさ」

「───それで、魔力を兵器に使うと」

「その通りだけど、あんまりかたい話はなしにしたいな。どうせ明日するんだし。ほら、料理も来たみたいだよ?」


アクトルがひらりと手で示す。

数人のウェイターが代わる代わる皿を置いていく。

薄くバターが塗られた香ばしいパン。色とりどりの野菜(見たこともないようなものもある)で彩られたサラダ。淡い緑色のスープ。そして何より、まだジュウジュウと音をたてているステーキ。

異世界だし、とんでもないものが出てきたらどうしようと思っていたが、一安心だ。

むしろ腹をすかせていなくても一刻も早く齧りつきたくなる。

体が勝手にナイフとフォークを持った所で、ふと我に帰る。


「───ああ、テーブルマナーは気にしなくていい。相手を不快にさせない気持ちが何よりのマナーだよ。ここには小うるさい人も居ないしね」

「それは助かります。自分はこのような場所に縁が無かったもので」


そう言って、ステーキを一切れ口に運ぶ。

───肉が、ほどけた。

顎に殆ど力を込めなくても、勝手に肉の方から崩れていく。あとに残るのは透明な旨味だけ。クセも、しつこさも、全くと言っていいほど感じられない。


「ふふっ、そんなに美味しいかい?」


しまった!顔に出てたか!?


「僕はこれ、食べなれちゃって『いつも通り普通に美味しい』ぐらいの感覚になっちゃったからね。反応が新鮮で面白いよ」

「ええ、いやでも、そのぐらい美味しいですし」

「ふふっ、この牛はね、まさに食べられるために生まれてきた牛なんだよ」


彼はナイフとフォークを持つ手を手を止めて話す。


「まあ家畜ってのはどれもそんなものかもしれないけれど、この牛は特にそうなんだ。良質な肉が取れる親同士掛け合わせ、一番美味しくなる飼料を食べさせて、筋肉質になりすぎない程度の運動をさせて、微塵もストレスを与えることなく育て、体が成熟仕切った後に殺した」

「……それは、凄いですね」


彼はさらに続ける。


「つまりはね、何が言いたいのかっていうと、全ての物には役割がある、もしくはあったってことだよ。もし役割が無さそうに見えたなら、その役割は僕達、上に立つ者が与えなくちゃならない。適材適所ってやつを見極めてね。そう思うだろ?」

「どうでしょうね、そういった立場に立ったことが無いので分からないです」

「おいおい、嘘をつくなよ。そっちの世界のことはよく知らないけど、人間である限り、すべからく他人を使ったことはあるはずだよ?」

「そんなことは──」

「まあいいや、じきに分かるし。ごちそうさま」


いつの間にかアクトル王は食事を終えていた。咀嚼音はしなかったし、結構量があったのだが。


「それじゃあ僕はこれで失礼させてもらうね。魔力の供給は明日からやってもらっていいかい?」


そういって彼は席を立つ。


「え、ええ」

「それじゃあ明日は二階の研究会に来てもらおうかな。詳しい場所や時間はミリアから聞くといい。

じゃあ、またね」


身を翻して彼は出ていった。

外開きのドアが軋むと、そこに多くの兵士が彫像のように立っているのが見えた。

あまり食欲がないのに、それでも食べるのを止めれない、暴力的なまでの美味しさが、逆に不気味だった。



食べ終わって外に出てみると、廊下には耳が痛くなるぐらいの静寂しかなかった。

あれだけ居た兵士も誰一人居ない。




結局、外に出ることにしてみた。

中に居てもやることがないし、城下町を見て回るのは楽しそうだ。土産も見つかるかもしれない。

揚々と出てきたは良いが、美しい街並みはしかし、思ったよりも活気が無かった。

日本の都会の人口密度はおかしいと耳にするので、こんなものなのだろうか。

ただ、石を積みあげて鮮やかに彩った家や、贅沢に空間を使った噴水のある広場は俺の心を踊らせるに十分だった。

写真でだけ見たことがあるヨーロッパの街並みに似ているが、どこか熱帯のような雰囲気を感じさせる。

こんなの日本じゃ、いや世界どこに行っても見ることは出来ないだろう。

広場でおじいさんがシートを広げて売っていた独特な人形に心を引かれたので、一つ買ってみることににしてみた。

どうせ昼メシ代も浮いたところだ。


「おじいさん、一つ良いですか?」

「ああ、どれにするね……?」

「と、じゃあこの赤いのを」


木彫りの、どこかエスニックな雰囲気を感じる可愛らしい人形だ。

持たされたお金の四分の一以下なので高い買い物でもないだろう。


「まいどあり」

「いつもここで売っているんですか?」

「いいや。今日は店が休みでのう。趣味の人形を売りに来たんじゃよ」

「……あんまり売れそうには見えないですけど」


俺達の他にひと気は無い。ここはもう少し活気があっても良さそうなものだが……。


「昔はこの辺りも子供や若い衆らで賑わったものじゃがのう……最近はさっぱりじゃ。やはり戦争のせいかのう……」

「戦争……」

「ああ。皆、心の余裕が無いんじゃろう。この辺りも、どんどん治安が悪くなっておる」

「そんな……お爺さんは大丈夫なんですか?」

「儂か?儂は……老い先短いし、生きていても仕方がないから大丈夫じゃよ。それより、あなたは背格好を見るにここの人間じゃないんじゃろう?危ないから夜は出歩かない方がいい」

「……ありがとうございます。お爺さんも、どうかお気をつけて」


人形を片手に、一礼をしてその場を立ち去った。



結局その日、ミリアが部屋に戻ることは無かった。

心の中に、何かが澱のように重く溜まっていた。

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