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第八話 転移

「うーんっ、やはり故郷の空気は美味いな!応久には悪いがあっちの空気はどうもいがらっぽくてな!喉が痛くなるかと思ったぞ!」


ミリアが思いっきり伸びをして言う。

異世界に来てミリアが発した第一声はそれだった。


「うん?何だ応久、元気が無いな。もしかして酔ったのか?」


吐きそうである。

転移の時の自分が無限に延長されつつ圧縮されるような感覚。目を閉じていても入ってくる極彩色の光彩。二度と味わいたいもんじゃない。


「お前なあ……お前は慣れてるから良いかもしれないけどな……」


お前が元気すぎるだけだ。

……あれ?そういえばこいつ、カステル達にやられてボロボロじゃなかったか?

特に左腕は上がらないぐらいだったはずだが……


「そういう時は遠くを見ると良いぞ。せっかくこんなに眺めも良いんだからな」


言われて仕方なく顔を上げる。

ゆっくりと立ち上がって、ミリアがそうしているように石作りの手すりに手を掛けた。

心地のいい風が頬を撫でる。

俺達が転移してきたここは、城の外壁。バルコニーのような場所のようだ。

空には3つの月。3つもあるせいか夜なのにぼんやりと遠くまで見渡せる。

眼下には絵本でしか見たことが無いようなクラシックな城下町。オレンジ色の明かりに照らされた町並みは幻想的だ。

さらに遠くには地平線まで続く森や月明かりを反射してせせらぐ川、小さな村も見える。

そのどれもが俺が住んでいた街とはかけ離れていて、自分が遠い異世界に来たことを実感させた。


「……きれいだ」


思わず口をついて出てしまった。

はっと思って横を見るとミリアがニヤニヤと笑っていた。


「そうだろうそうだろう凄いだろう?ここは自慢の景色だよ」


そこでミリアは表情を少し硬くして


「この景色を誰にも壊させはしない。……誰にもな」


そう続けた。


「さて。そうだな、今日は色々とあったし疲れただろう。応久も今日はもう私の部屋で休むといい」

「え、良いのか?」

「うん?何がだい?」


いや、仮にも女性の部屋だし……まあ本人が良いならいいのか。


「いや、何でもない」

「じゃあ案内しよう。ついて来てくれ」


ミリアが展望台から続く木製の扉を開く。


「広いからな。迷子にならないようしっかりついて来てくれ」

「はいよ、了解」


とは言ったが、俺も子供じゃないのだからそうそう迷うことなんて──



「この部屋だ。お疲れさま。入っていいぞ」


いや本当に広いなこの城。15分はゆうに歩いたぞ。

城の広さもそうだが内装もおかしい。隅々まで細工が施された手すりに、キラキラと派手に輝くシャンデリアに、驚かされっぱなしだった。

兵士の宿舎と思われる場所に入ってからはさすがに内装も質素になったが、それでも迷路のように広い。

これでは迷ってしまうのもやむなしだろう。

どさりと肩の荷物を降ろす。


「ん、そういえば荷物を持ってきていたのか。特に何も要らないと思うんだが」

「ああ、まあほとんど食料とかだよ。昨日買ったものだな。杞憂だとは思うけど万一異世界の食事が食べられなかったら嫌だからな。あとは下着とか」

「……そうだな。必要になるかも知れないしな」


ミリアが天井のランプを着け、部屋がオレンジ色に照らし出される。

少しがらんどうな印象を受けた。王宮の中とは対照的だ。生活感があまりない。

ミニマリストというわけではないだろうが、必要最低限の物しか置いてないように思える。靴箱、タンス、ベッド、机と椅子、あとは日用品の置かれた棚ぐらいだ。

あまり女性の部屋──それも異世界の──に詳しくは無いが、これはあまり一般的ではないのではなかろうか。


「──それではすまないが私は風呂に入ってくる。よく動いたし、汗でベタベタでな。応久は──すまないが入りたければそこのシャワーで我慢してくれ。

あがったら寛いでいてもらって構わないぞ。タオルと、あと飲み物はそこにおいてあるから」


ミリアが机をさして言った。

見ると、水差しとコップが置いてある。


「ん、了解。ありがとうな」


俺もだいぶ汗はかいてしまったが、まあシャワーでも仕方あるまい。

というか兵士の宿舎なのに個室とシャワーがあるのか…そこそこ広いしミリアって思ったより偉いんだな。



シャワーとは言っても、もちろん水道が整備されているわけもない。上に貯められた水が栓を捻ると細い穴から溢れてくる、シンプルな作りだった。

シャワー室から出て、タオルで水気を拭き取る。

シャワー室の中もシャンプーと石鹸が棚に置かれているだけだった。

やはり簡素だな。いや、普段は浴場に行っているから使っていないだけなのかも知れないけれども。



タオルで頭を拭き終わり一息つく。ドライヤーが欲しかったが、仕方あるまい。

手持ち無沙汰なので、ミリアが帰ってくるまで部屋を眺めてまわることにした。

流石にタンスや机を開けたりはしないが、置いてあるものを眺めるぐらいは許してくれるだろう。

机には羽ペンとインク。実物を見るのははじめてかもしれない。棚には生理用品。歯ブラシやタオルなどだが、綺麗に整頓されているようだ。

あとは──賞状?が何枚か飾られている。疑問符が付いたのは、文字が全くもって読めないからだ。豪奢な額縁に飾られた立派な紙だということだけで賞状だと判断したが、その文字はアルファベットや漢字とも、その他俺が見たことがあるどんな文字とも似ても似つかない不思議な形をしている。少しでも珍しげな物はこのくらいだろうか。しかし───


「なーにをやってるんだ?」

「うわっ!──なんだ、ミリアか、脅かすなよ。」

「そんなこと言われてもここは私の部屋だぞ?──いくら可愛い女の子の部屋に入るのが初めてだからといって、ジロジロ眺め回すのは感心しないな」

「うっ……すまない、だけど初めてだって決めつけるなよ」

「違うのか?」


違くないけど。


「しかしこの賞状か?何て書いてあるかは読めないが、凄いじゃないかこんなに沢山」

「ん、そうか文字がまだ読めんのか……そうだな、なら今のうちに読めるようになっておくか」

「読めるようにったってな、そんな勉強してる暇は無いぞ?」

「うん?ああ、その心配は無い。前にも少し話したと思うが、こういう『物理的作用を持たない』物は大抵魔法でなんとかなる。ほら、ちょっとこっちに顔をやってくれ」

「こうか?」

「ん」


こつん、と彼女は俺の頭に額をぶつけてきた。

反射的に顔を反らしてしまう。


「こら、逃げるな。変な風に記憶が残ってしまうだろ?」


ぐいっと頭を引き戻される。

次の瞬間、頭に莫大な情報が洪水のように流れ込んできた。

本のページが1ページづつ。紙の書類。地面に書かれた文字なんかもある。

その全てが意味とともに、全て、叩き込まれた。

実際には一瞬だったのだろう。その時間は数時間にも感じた。終わったあとは立って居られず、俺はその場にへたりこんでしまった。


「大丈夫か?ほら、水だ」


ゆっくりと差し出された水をあおる。

ぐらぐらと揺れていた視界がようやく収まってきた。ここに来てから酔ってばっかりな気がする。


「ミリア、お前なぁ、こんな……こんなきついならあらかじめ言えよ……」

「1から勉強する手間に比べれば安いものじゃないか?ほら、もう一回見てみるといい」

「そんなこと言ったってなあ……」


──読める。まるでその文字を、文を、子供の頃から使っていたかのようだ。全く違和感なく『アチア公国統一剣技大会 準優勝』と読める。他だってすらすらだ。


「良かった、読めるみたいだな。しかし母さんから教わったこの魔法、こんなに早く使うなんてな」

「ああ、凄いなこれ!さっきまで見たことも無かったのに!」

「ここじゃあ7つか8つの頃に親がこの魔法を掛けてくれるんだ。方法を教わったのは12の頃だっけか。『子供が出来たらあなたも掛けてあげなさい』なんて言ってくれたっけ」


ミリアは懐かしそうに、少し寂しそうに言う。

得意になって文字を追っていく。遠回しな表現だろうと難しい字体だろうとバッチリだ。


「しかし凄いな。この魔法もそうだが、ミリアもだ。優勝や準優勝ばっかりじゃないか」

「うん?ふふっ、そうか?いくつになっても褒められると嬉しいものだな。もっと褒めてもいいぞ?」

「ああ。国で一番剣が強いって事だろ?もっと誇って良いんじゃないか?俺はそういうトップを取った経験とか無いからな。正直ミリアのこと舐めてた」


癪にさわるところも無いではないが、それよりは尊敬の気持ちが上回った。


「──そう言ってくれたのは応久が初めてだよ。しかし、私は決してこの国で一番強いという訳ではないよ」

「そんなもんかね……」


まあ準優勝もそこそこあったし、負けも相当数経験しているのだろう。それでも凄いが。


「それにしても凄いなこの魔法!もっとこういうの無いのか?」


今まで英語を勉強してきたのが馬鹿みたいだ。


「うーむ、あまりおすすめはできんな。なくはないんだがな」

「どういうのがあるんだ?」

「無理やりに気分をあげたり、見たものを暫くの間忘れなくすることだったりが出来るな。───反動で鬱になったり頭が痛くなったりするが」

「え?じゃあ今のの反動は大丈夫なのか?」

「反動か?この魔法はかなり眠くなるな。ちょうどそろそろ来るんじゃないか?」

「そういうのは先に言っといてくれよ……まあそこまできついやつじゃなくて良かったが」


言われてみれば瞼が重い気がする。


「すまないな。ただ早い方がいいのも確かだから、許してほしい。──今日はもう遅い。そろそろ寝るとしよう」

「寝るって言ったってな、ミリアもここで寝るんだろ?

……まあいいや。すまないが毛布貸してくれ。俺は床で寝るよ」


ベッドは一つしかないし、周りを見渡してみてもソファーすらない。


「とんでもない!応久は私の大切な……恩人で、客人だ。とてもそんなことはさせられない」

「でもなぁ、一応は女の子に床で寝かせるのは罪悪感が……」

「一応ってなんだ一応って。──じゃ、じゃあ一緒に寝るのはどうだ?」

「え?いいのか?そんな、いやミリアさえ良ければ良いんだが」


男だぞ。俺。


「も、もちろんいやなら──え、良いのか!?」

「ああ。半分半分ではみ出さないようにしような。お互い」

「……ああ、そうだな」

「じゃあここが国境線な。おやすみ」


理性がストップをかけているような気がするが、ベットに横になる。強い眠気に抗う気が起きない。

力を抜くとどっと眠気が押し寄せてきた。

ミリアがランプを消し、視界が暗闇に包まれる。

とりとめの無い考えに意識を任せるまでもなく、俺の意識はぷつりと途切れた。

途切れる直前に柔らかいものに指先が触れた気がするが、気のせいかもしれない。

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