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第十二話 灯火

ミリア達が森へと逃げてから半刻後。


「失礼する」


宿舎の扉が勢いよく開かれた。


「──ノックもなしになんだい?俺は非番なんだが。見たとこ近衛様たちみてえだけども」


カノープスは座椅子をくるりと回し、近衛隊士に向き直る。


「とぼけるのは止めろ。貴様の団長が国王に刃を向けた。副団長である貴様が何も知らんはずがあるまい」

「へぇ!あの団長がねぇ!そいつは驚きだ。

──いやいやそんな目で見ないでくれよ。俺は本当に何も知らねえんだ。団長の独断だって」

「……部屋を調べさせてもらう」

「あいよ、どうぞご自由に」


つかつかと近衛達は部屋に入る。

片手の指ではきかない人数だ。

入るそばから箪笥や机の中身を引っ張り出していく。


「おいおい、出したらちゃんと仕舞っといてくれよー?」






「……協力感謝する」


仏頂面で近衛の隊長が述べた。

証拠となる物品は何も見つからなかったようだ。


「どーいたしまして」

「反逆者は国境の森に逃走したそうだ。貴様、潜伏場所に心当たりはないか?」

「──いいや、知らねぇな。

第一、そんな心当たりがあったらわざわざ拠点なんて作らなくていいじゃねえか」

「そうか。何があったらすぐに連絡するように。お前たち、行くぞ」


分隊長たちは、くるりと背を向けて退室した。


「あーあー、結局片さねえで行っちまいやがった。嵐のようだったなまったくよ。

──しかしあの団長が反逆たあな。びっくりだぜ」


カノープスは投げナイフを懐から取り出し、そのまま壁へと投げた。


「しっかし、やるなら任務中にしてもらいたかったもんだね。サボれて一石二鳥だったってのになぁ、ククク」


彼の投げたナイフは、的の中心に深く突き刺さっていた。






「着いたぞ。ここだ」


ミリアが馬から降り、少しぬかるんだ地面に足をつける。

俺もおっかなびっくり馬から降りて言う。

馬で駆けること4時間程度か。

途中に休憩がてら昼食を取ったが、それ以外はほぼ走りっぱなしだ。

デパートで買っておいた食料をこんな風に使うとは思わなかった。


「着いたって…ただの崖に見えるんだが」

「ああ……ここな。横穴があるんだ」


ひょいと彼女は崖に身を踊らせる。

下を覗くと、突き出した岩肌の上にミリアが立っていた。


「気を付けて、ゆっくり降りて来てくれ」


落差は2,3メートルほど。

ミリアが立っている足場はそこそこ広いとはいえ、かなり怖い。

何とか降りることに成功すると、そこにはいくつかの岩盤が合わさって洞穴のようになっていた。


「ここは雨風も凌げるし、場所も私にごく近しい人間しか知らない。当座は追手にも見つからないだろう。」

「確かに──まあそうだな。上からは全然見えないし。こんなのどうやって見つけたんだ?」

「ああ……作戦中に、偶然な」


ミリアはすっと洞穴の中に入っていった。


「ここなら一人で出入り出来るだろう?

……すまないが一人にさせてほしい。君は……そうだな、離れた場所に馬を繋いで来てくれないか」

「──あ、ああ。分かった」


彼女は灯りもつけずに入っていく。

ミリアが入っていった洞穴は深く、暗く、先が見えなかった。



深い森の中。

辺りに人の気配は無い。

遠くに馬を繋がなくては、見つかってしまうかもしれない。そんな考えにかられてかなり遠くまで来てしまった。

まだ何とか帰り道は分かるが、若干の不安に襲われる。

適当な場所に馬を繋ぐと、どっと疲労感を感じた。

木の幹に寄りかかり、どさりとへたり込んでしまう。

色々なことがありすぎた。

節約すれば食料は2,3日は持つがその後はどうする?

そもそもここから帰れるのか?

そんな疑問が浮かんでくる。

ここに来たことを後悔も反省もしてはいないが、現実的な問題として死にたくはない。

そもそも俺はこの国とは縁もゆかりも無いんだ。この国のことなんて全部無視して帰っちまっても良いだろ。

だが、何とかして帰ったとしても全てを忘れて生きられるほど乾いた感性はしていないはずだ。


「どうすりゃいいんだろうなぁ……」


当然、答えは帰ってこない。

そろそろ時刻は黄昏時だ。あたりがうっすらとくらやみに包まれようとしている。

ぎゃあぎゃあと鳥が鳴いている。聞いたこともない鳴き声。

ふと、脳裏に記憶が浮かんだ。

3日前、4日前のこと。ミリアとの思い出。

そうだ。思い出せ。ここに来たのは何故だったか。

国のため?救われない弱者を守るため?

違うだろ。お前はそんなに格好いい奴じゃあない。

そうだ。俺は──


「戻ろう」


枯れ葉を踏みしめた足取りは重く、決意とともにあった。




焚き火がぱちりぱちりと音を立てて爆ぜ、暗い洞窟の中を緋色の炎で照らす。

ここは洞窟の奥底。小部屋のようになった場所に俺たちはいた。

俺が戻った時には、辺りはすっかり暗くなっていた。

これだけ歩けば腹も減る。俺は焚き火の明かりで夕食を取っていた。

献立は寝込んだときのために買っておいた缶詰だ。

夕食は一緒に摂ろうと話しかけたのだが、食欲がないと断られてしまった。


「───なあ」


俺は缶詰の肉を食べながら話しかけた。


「……なんだ?」


ミリアが体育座りで顔を伏せたまま、答える。

金色の甲冑は横に脱ぎ捨てられていた。


「これからどうするんだ、俺たち。明日から」

「分からない」


ミリアは顔を伏せたままだ。


「分からないって、お前なぁ」

「分からないんだよ!これからどうすればいいのかも!誰を信じればいいのかも!何もかも!!」


そう吐き捨てたあと、彼女ははっと口を押さえた。


「──すまない。少し頭を冷やしてくる」


目を合わせようとせず、彼女は立ち去ろうとした。


「待て、ミリア」

「……応久」


ミリアが立ち止まる。


「俺の分の缶詰、半分やるよ。持っていってくれ。お前、よく食べる方だしな」

「──っ」

「だから、そんな辛そうな顔をしないでくれ。俺まで辛くなっちまう」

「……馬鹿だな。本当に馬鹿だ。こんな缶詰ぐらいで……」

「世界中がお前の敵でも、俺だけはお前の味方だからな。それだけは信じてくれ」

「……どうして。どうして私に、そんなに優しいんだ……?」


ミリアがゆっくりと振り返った。瞳からは一筋の涙を流している。


「どうしてって、それは俺がミリアに───」


憧れている。慕っている。同情している。

……どれも違う。


「惚れてるからだよ」






「すまない。少しだけ、こうしていても良いか」


ミリアが俺の背中にゆっくりと体重をかける。

よく見ると随分と手が荒れている。


「温かいな……こうして人肌に触れるのはいつぶりだろう。随分と久しぶりな気がするな……」

「……そうだな。俺もだ」

「なあ……少しだけ話を聞いてくれないか。ここからほど近い村に住んでいた、幼い少女の話だ」






アチア王都からレスト大森林に数十km踏み入った場所。

密林を切り拓いて作られたその場所に村はあった。

よく晴れた昼下り。太陽が野菜を色鮮やかに照らしている。


「それじゃあそろそろ行ってきてくれるかしら?」

「分かった!それじゃあすぐ用意するね!」


チーク製の扉が元気よく開かれ、中から少女がこれまた勢いよく飛び出して飛び出して来た。

年は12歳ぐらい。肩まで掛かる白銀の髪を後ろに纏めている。


「ほら、早く行かないと魚が全部逃げちゃうよ!?」


少女は家の中に向かって呼びかける。


「姉ちゃん、魚は逃げないよ。……いや逃げるけど。それに魚採りを頼まれたのは姉ちゃんであって僕じゃないんだよ?」

「でもさ、二人でやったほうが楽しいし」

「楽だしの間違いじゃな──うっ!」


少女は颯爽と家に戻ると、椅子に座っっている少年の胸元を掴んだ。


「ほらほら!さっさと行くよ!」

「わかった!わかったから引っ張らないでよ!」


無理やり引っ張られて出てきた少年は10歳ぐらいか。


「はっはー!フェンさんとこの子は元気が良くて良いねぇ!」


それに気づいた麦わらの帽子をかぶった男性が、鍬を持つ手を止めて少女に手を振る。


「タレスおじさんありがとう!いってきまーす!」

「……行ってきます」

「気を付けてねー!」


家の中から聞こえる女性の声を尻目に、少女達は駆け出した。

手には太い繊維で編まれた大きな魚籃が揺れている。

ここは小さな農村。

数十人程度の人数で構成される、平和な一集落だった。



そんな村から3キロほど離れた場所にある川に、昨日仕掛けておいた罠を回収するため少女達は来ていた。

昨日今日とよく晴れていたので、川はよく澄んでいて流れも激しくない。

水底を泳ぐ魚やせせらぐ水草をよく見渡せる。


「いいじゃないアルコス。水に触れて涼しいじゃないの。今日も暑いしね?」


少女が網を引きながら話しかける。

手応えは大きく、すでに水中にはたくさんの魚影が見えている。


「直に日光を浴びるよりはましだよ。誰もが姉さんみたいに体を動かすのが好きってわけじゃないんだ」

「えー?でも家の中でずっと本を読んでるよりはいいよ。腐っちゃうよ?」

「僕は言われたお仕事はちゃんとやってるからいいの。それに、僕は将来は王都で学者さんになりたいんだ。そのために今から勉強しとくの」


少年も別の場所で網を引く。

彼は文句を言いながらも、なんだかんだ手伝ってはくれるようだ。


「ほえー、すごいじゃない。今からそんなに将来のこと考えてるなんて」

「姉ちゃんが考えてなさ過ぎるんだよ。

ほら、とっとと終わらせちゃうよ。全く、しょうがないんだから姉ちゃんは……」


少年は一つ網を引き上げ終え、中の魚を手際よく魚籃に移していく。


「えー?いいじゃないの。こんなに可愛い姉の頼みなんだからさあ?」

「………」

「わかったわよ。今日のおやつ半分あげるから、少しは機嫌を直してちょうだい」

「……今回だけだからね」

「それでこそ!私のかわいい弟ね!さっ、早く終わらせて帰りましょう?」

「本当に姉さんはさあ……」


ばしゃりと魚が跳ねた。が、そこは網の中だ。もうどこへも逃げられはしない。



大きく膨らんた魚籠を両手に抱え、兄弟は森の中を歩む。

足取りは鈍重で、これを一人で運ぶとなると大人でも厳しいだろう。


「いやあ、大漁大漁!やはり二人で来て良かったね!」

「二往復ぐらい面倒くさがらずにすればいいのに……」

「それでもなんだかんだ手伝ってくれるんだからアルコスは優しいわよね」

「そういうふうに言えばまた手伝ってくれると思ってるんだろ。そんな手には──あれ?なんだか焦げ臭くない?」


「……ホントだ。野焼きでもしてるんじゃない?」


村に近づくにつれて匂いは強くなっていく。

おかしい。

焦げ臭さの中に微かに混じり始めた吐き気のするような生臭さ。

会話が途絶える。自然と二人は早足になり、それは駆け足へと変わる。

森が開けた。

眼前に広がったのは、熱気と煙。

燃えていたのは、村全体だった。



どさりと魚籠を取り落とした。

あまりにも現実感がない。

自分の家の安否を確認するため、少女は弟の事も忘れて駆ける。

よく見知った家々が火の粉を上げて燃えている。

変わり果ててしまった光景に、しかし少しだけ少女は安堵した。

死体がないのだ。

この時間帯はかなりの人数が農作業や水汲みで外に出ている。

きっとみんな逃げたんだ。

どこかから火が出て、それが村全体に回ってしまったけれど、みんな無事で生きている。

きっとそうだ──。

そんな気持ちは、すぐに打ち砕かれた。

自宅の前に、父親の死体が打ち捨てられていたからだ。

沢山の切り傷とぐちゃぐちゃに叩き潰された顔面。

誰かに殺されたのは明らかだ。


「う…おえええええええっ」


びちゃびちゃと胃の中の物が意志と関係なく出てくる。


「姉ちゃん。置いていかないで。こんな時に──っ!父さん!」


「父さん!どうしちゃったんだよ!父さん!」


アルコスは父親の肩を必死に揺する。

答えは帰ってこない。


「──!母さんは!」


開いたままのチークの扉の中にアルコスは駆け込む。


「あっ!アルコスめて!崩れるよ!」


静止するために少女も続く。

結果として、アルコスはすぐに止まった。

入ってすぐに、母親の死体が目に入ったからだ。

母親は服を剥ぎ取られ、ぐったりと箪笥にもたれかかっていた。

肌には数多くの青あざ。目元には涙のあと。

そして何より目立つのは、ぱっくりと裂けて辺りに血溜まりを作っている喉元だ。


「う……あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


叫び声を上げる弟を、どこか他人事のように少女は見ていた。

これはたちの悪い夢なんじゃないかとすら思った。

ばちりと爆ぜた火の粉の熱さで、無理やり現実に引き戻される。

無理やり弟を抱きかかえ、少女は家から飛び出す。

半ば無意識でやったことだった。

そこで少女はもう一つの死体に気が付いた。

その死体は甲冑を着ていた。喉元に父親の鍬が刺さっていた。

そして何より───ダキアの腕章を付けていた。





夜空に2つ目の月る出た頃になっても、炎は消えなかった。

流石に勢いはだいぶ弱まったが、それでもあたりを薄ぼんやりと照らしている。


「今日はもう寝よう。アルコス」


村から少し離れた樹の下で少女は言った。


「…………」

「明日になったら歩いて王都まで行こ。何時間かかるかはわからないけど、きっといけるはずよ」

「…………」

「父さんと母さんは……きっと立派に戦って死んだはずよ。そのせいで見せしめになってしまったのかもしれないけれど」

「…………」

「それに、タレスおじさんやメラノおばさん、村のみんなは生き残っているはずよ。死体が無いんだもの。きっとうまく逃げたのよ」

「…………」

「……そうね。私はもう寝ることにするわ。

明日も早いのだから、アルコスも早めに寝なさいね」

「…………」



あんなことがあったのにその日は不思議とすぐに寝付けた。

心の何処かで『弟が助かって良かった』と思えたからかもしれない。

弟が居ればこれからも何とか二人で支え合っていける。そう思った。

眠りに落ちる前に

「………姉さん、ごめん」

そんな声を、聞いた気がした。




ごつごつとした木の根が背中に当たる感覚で目が覚めた。

当然だ。こんなところで熟睡できるはずもない。

明け方の冷たい空気。目ぼけ眼をこすりながら歩き出す。

今日は王都になんとしても行かなければならない。弟を守らなければならない。

悲しむのはその後だ。

半目をこすりながら歩いていたため、何かに蹴躓いてしまった。


「おっと、ごめんねアルコス。大丈夫───」


そこで少女は気が付いた。アルコスの周りに大きな血溜まりができていることに。

一気に視界が紅く染まる。


「──ッ!ねえ!アルコス!アルコス!」


弟の手には血に染まった木片が握られていた。

抱きしめた弟はあまりにも冷たい。

深紅に染まった自らの手のひらが否が応でも現実を訴えてくる。


「なんでこんな!どうして!」


それでも認めたくなくて、少女は辺りを見回した。助けを求めるように。

少女は地面に棒で書かれた文字を見つけた。アルコスの遺書だ。


『姉さん。ごめんなさい。

ぼくもお父さんとお母さんのところに行きます』


「……ふざけないでよ。ふざけないでよ!なんでみんな私を置いて行くのよ!私はどうすればいいのよ!私はどうすれば良かったって言うのよ!!!」


拳に血がにじむのも構わずに地面を叩く。

少女の目には涙がにじむ。

弟を守れなかった事が悔しかった。

そして何より、自分が弟の心の支えになれなかったことが悔しかった。


「────そうだ」


自分も同じ所に行こう。それでもう、こんな辛いことは全て忘れられる。



まずは弟と同じように木片を喉に刺してみた。

刺すような痛みが喉に奔った。その痛みもすぐに治った。

次に高い木に登って頭から身を投げてみた。

鈍い痛みが首に残った。その痛みもすぐに治った。

焼け残った家から縄を探して首を括ってみた。

苦しいだけだった。あんまりにもずっと苦しいので、自分で縄から抜け出た。

次に縄で自分を縛って、一番まだ激しく燃えている所に身を投げてみた。

とても熱かった。縄が燃えてしまい、反射で火から抜け出してしまった。火傷もすぐに治った。

そこで少女は自覚した。

自分が持つおぞましい固有魔法『治癒』に。






ミリアは俺の体に手を回したまま、話を続ける。

淡々とした語り口からは、彼女の感情は読み取れない。


「あとから聞いた話によると、村のあった辺りはダキアの領地だと主張して、攻めてきたらしい。

少女は遅れてきたアチアの部隊に拾われ、騎士となった。

……そうだ。それが私だ。

私は死ねないことに絶望した。

死ねないのならばせめて、報いを味あわせてやらねばなるまいと思った。

一人残らず根絶やしにしてやると誓った。

『民衆を守りたい』なんて耳障りのいいことを宣っていたが、実際には醜い復讐心に突き動かされていたに過ぎない。

空虚なものだ。

騎士隊に入隊してから、多くの敵兵を斬り殺してきた。

アクトル王の元、アクトル王の指示で、人を斬った。

彼に従うのは悪い気はしなかった。

殺せば殺しただけ褒めてくれたし、自分で考えなくても復讐心が満たされていって楽だった。

初めて人を切ったときは吐き気と寒気が止まらなかったものだが、今では何も感じなくなってしまったな。それが良いことなのかは分からないが。

切ってきたダキア兵の中には私などとは比較にならない善人も居たのだろうな。

いや、絶対にいたか。この戦争自体が両国内部の反乱分子を処分するための、いわば出来レースだったわけだからな。

高潔な人間ほど前線に送り出され、戦死していく。

話がそれたな。

私より階級が上の人間がどんどん死んでいき、ただ死なないというだけで隊長にまでなってしまった。

私はそんな器ではないのにな」


言葉が途切れる。

いつからかミリアの声は震えていた。


「……何が言いたいかというとだな。

私は君に惚れてもらえるような人間ではないということだ。私は復讐に取り憑かれた道化だ。

嗤ってくれ。それが私には──」

「もういい。わかった」


言葉を遮る。

それ以上は自分自身を傷つけるだけだったから。


「────よく、頑張ったな」


俺の手よりも小さな彼女の手を握る。


「なんでだ……?なんで私なんかに、そんなに優しいんだ……?」


振り返ると、ミリアは涙を流していた。


「あれは一昨日だっけ。

話してくれたろ。確か『殺し、殺されるのは怖いけど、それでも皆を守りたいから戦うんだ』って。

あれも嘘偽りないミリアの気持ちだと思う。

俺のような目的のない、ふらふらした人間にはそれがとても眩しく見えた。

……それだけだよ」

「……そうか……そうだな。それも嘘じゃない。

ありがとう。少し救われた気がするよ。

───君は私のヒーローだな。私が辛いとき、苦しいとき、いつも助けてくれる。

カステルのときもそうだったな」

「ああ、あのときは当然の事をしたまでだ。

流石に場所も分かってたのに無視するのは寝覚めが悪すぎるからな」

「……うん?場所?そういえばあのとき、なんであの廃工場に私がいるって分かったんだ?」

「ああ、あれか。そういえばまだ話してなかったっけ。

──この缶詰とか買ったとき、財布渡しただろ?」

「ん、ああ、これか?……すまないな。返すのを忘れていたよ」


ミリアが内ポケットから財布を取り出した。


「いや、それはもう使っていないから良いんだが、それについてるカエルのストラップ、それが優れものでな。落としても大体の位置が携帯で分かるようになってるんだ。」

「──そうか、ふふっ、こんなものでな。

何が役に立つかわからないものだな」


目頭をこすってミリアが笑う。


「そうだな。分からないもんだ。

……やっぱりそうして笑っているのがお前は一番似合ってるよ。辛気臭いのは、似合わない。」

「──そうか。思えばあの時からそうだったんだな。気付くのに時間がかかってしまった。……やはり、伝えておくべきだろうな」


彼女はゆっくりと深呼吸してから、言葉を紡いだ。


「私も君が好きだ。これからも、一緒にいてほしい」


ミリアと目が合う。

俺は静かに彼女の唇を奪った。


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