1.無能な俺でも魔法を使えました
知識と言う物はそれを得ることで人々を豊かにし、そのため更にそれを探求し良い生活を実現する。しかし、一旦それが不要と見なされると、人々はそれを忘れ去り、いつの間にか退化し、そのことにも気付かない。
この世界の人間は魔力を持っている。更に魔法スキルと言う能力が有り、それを使い、魔力というエネルギーをあらゆる魔法に変換する。
大概の人は、日常生活で良く使う炎魔法、水魔法、照明魔法の魔法スキルを保有している。その他様々な魔法スキルがあり、それは、人によって所有してたり所有していなかったりする。
この中で特にレアで優れているとされる魔法スキルがあり、それを持っている人間は優遇される。
人は生まれると、身分証明カードが与えられる。身分証明カードにはその人間の状態が記載される。恐らく魔法を使ってカードに記載されるようにしているのであろう。
魔法スキルは生まれながらに備わっている能力であり、身分証明カードに記載されている。
ランディース王国では、魔法スキルのレベルで人々をランク付けしている。身分証明カードを見ればその魔法スキルのレベルが一目で分かるのだ。
人々は、自分のランクを上げたい為、所有している魔法スキルのレベルを上げることだけに熱心だ。
ユートはランディース王国のコギタナ村に住んでおり、現在十四歳。
ユートと母のアリサは魔法スキルの能力が無かった。そのためランディース王国では最低ランクであり、生まれながらにして如何なる公職に就くことも出来ない。それだけでなく、無能の馬鹿と呼ばれ、様々な所で差別を受けていた。この国では人をランク付けするので差別が激しいのだ。
子供が十二歳になると、教会で、三年間だけ、国語と算数を教えてくれる。慈善活動である。教育は無料なので、貧乏なユートでも教育を受けることが出来る。この世界では十五歳から大人だ。そのため、大人になり自立して生活する上で最低限必要なことを教えてくれるのだ。
これは必須ではなく、勉強したい者が勉強するだけだ。子供は一応勉強しに通っているが、まじめに勉強している者は少ないので識字率も低い。はっきり言って、馬鹿が多い。読み書き、計算能力がどれだけ重要なのか、まるで分っていない。
今日も授業で勉強する気のない暇そうにしている奴が来ている。
『勉強しないのなら学校に来るなよ』
と思いながら無視して授業を聞いている。暇そうな馬鹿はヘタレーという。そいつはよく俺にちょっかいを出してくる。日替わりで色々な物を俺に投げてくる。いつもは完全無視だ。
『痛っ』
今日は、なんと小石を投げてきた。小さくても思い切りぶつけられればかなり痛い。周りの奴らもそれを見て意地の悪そうにクスクス笑う。
ヘタレーは調子に乗り、ニタニタしながらまた思い切り小石を頭にぶつける。すぐに仕返しの方法が頭に浮かんだ。次にヘタレーが石を投げた瞬間、俺は頭を伏せた。
「あ」
ヘタレーが思わず声をあげた。
『ビシッ』
小石は俺の頭を通過しその先にある窓のステンドグラスを割った。
教師はすぐに振り向き、ヘタレーの顔を見ながら
「今、何かしましたか?」と大声で怒鳴った。皆あわてて顔を先生からそむけた。
「だれか答えなさい」
そこで、俺が、
「ヘタレーが石を投げて、そこの窓ガラスを割ったんです」
「この神聖な教会の中で石を投げるとは、どういう事ですか?」
「....ちょっと、遊んでいて」とヘタレー
そこで俺は追い打ちをかける。
「ヘタレーはちょっと遊んで俺の頭に石をぶつけていたんです」
「ほら、此処とか腫れているでしょ」
腫れている部分を見せた。
「学友を苛めて、更に窓ガラスを割って、貴方はどういう気分ですか?さぞかし楽しかったでしょうね。貴方はもう授業を受けなくても良いです。この後両親を此処に連れて来なさい」
ヘタレーはしょぼくれながら、教会を出て行った。
ユートは誰にも相手にされない。口を聞いても罵倒されるだけ。だから仲間という者が一人もいない孤独な毎日を送っていた。
学校に行っても暇さえあれば、無能馬鹿扱い。掃除、ゴミ捨ては毎日俺が当番。周りの奴らが言うには、この国では最低ランクの教育は、掃除とゴミ捨てを教える事らしい。と言う事で、今日も放課後、俺一人だけで掃除と、ゴミ捨てをしている。まあ、国語、算数の授業を受けても意味のない脳筋馬鹿こそ、掃除とゴミ捨てを憶えたほうが良いと俺は思うが。
でも、これでいいのだ。俺は感謝すべき相手には、しっかり恩返しする人間でありたい。
今の自分は最低な生活を送っている能無しかもしれないが、それは今のうちだけだ。俺は絶対お前らより良い生活を手に入れ、見返してやる。お金を稼ぐためにはいろいろな知識があった方が良い。だから、一生懸命勉強するのだ。
俺が思うに最高ランクの奴の方が最低ランクの俺よりも大変だろう。なんせ、危険な仕事をさせられるから好待遇なんだ。たぶん、最高ランクの脳筋は俺より人生短いだろう。この国の奴らは馬鹿だから、そんな事すら分かっていない。
次の日からヘタレーは教会に来なくなった。
『ヘタレーの両親はたんまり教会に寄付をさせられたかもな』
ユートは機会が有れば、様々な人に魔法スキル無しで魔法を使う方法が無いか聞いていた。しかし誰もが、そんなものは無いと言うのであった。
ある日、ユートは教師のルミナ先生に魔法を使う方法が無いか聞いた。ルミナ先生は魔法の高等教育を受け、教師の免許を持っていると聞いたからだ。
「ルミナ先生、知っての通り僕は魔法スキルが無いので魔法が使えません。スキル無しで魔法を使う方法は有りませんか?」
「魔法陣を書けば魔法スキルと同等な魔法を使えますよ。でも、魔法陣を書くのはとても大変です。それに時間が掛かるので、普通は使う事が有りません」
「私も皆と同じように魔法を使ってみたいので、その魔法陣という物の使い方を教わる事は出来まか?」
ルミナ先生は、聞き返した。
「え、魔法陣を使いたいの?」
「魔法陣は実用的で無いので、それを使う人は、まず居ません。当然皆知らないし、知っていても面倒だから教えてくれる人なんかいないですよ」
どうせ使い物にならないし、教えるのが面倒だから教たくないのであろう。それならば、先生にもプライドがあるだろうから、そこを突いて教えてもらおう。
「先生は魔法教師なんだから魔法陣について当然知ってるんですよね」
「そりゃ一応知ってますよ」
「字も書けない人なら魔法陣を書く事がとても大変かもしれませんが、人に知識を教える事が出来る、経験豊富な先生ほどの能力なら、使い方ぐらい簡単に教えてもらえるだろうと俺は思ってますよ」
「んー....」
「俺は、他の連中と違って一回教えてもらえば覚えられます。先生の教え方が上手なことは知っているから、そんなに時間を取らせませんよ」
「でも..あまり詳しくないけど、それでいいかな?」
ここまで言われたら教えない訳にはいかないと思ったのだろう。
「はい、使い方を教えて貰えればいいです」
「私も魔法陣を全然使わないから、今日魔法陣の使い方を確認します。だから、教えるのは明日の放課後にしましょう」
「はい!」
先生から、魔法陣の使用について全否定されてしまったような気がするが..初めて魔法を使うことが出来るかもしれないという喜びでウキウキしながら、ユートは学校から帰った。
『ルミナ先生、今頃家に帰って特訓してるかも』
家に帰ると母のアリサに、
「母さん、魔法は魔法スキルが無くても魔法陣というものを書けば使えるみたいだよ。明日先生が魔法陣について教えてくれるって。これで、俺も魔法が使えるようになるかもしれない」
魔法が使えなくて無能呼ばわりされているユートを母はとても心配していた。久々の息子の喜ぶ顔をみた母はユートを見て微笑みながら
、
「ああ、それは良かったね。ルミナ先生は良い先生だね。賢いお前なら魔法を覚えればきっと上手く使えるようになるよ」
『嫌がるルミナ先生に教えてもらえるよう誘導したことは言わないでおこう』
次の日の放課後、ユートはルミナ先生の部屋に行った。ルミナ先生は教会の隣にある家屋の狭い一室を教員室として与えられていた。
「では、魔法陣の基礎について教えます」
「魔法陣は魔力を光りなどのエネルギーや、水などの物体に変換するための物であり、記述内容が決まっています。その通りに魔法陣を書けば、変換出来ます」
「水魔法について教えます。まず魔法陣をこのように書いてください」
魔法陣は現在読み書きしている言語ではなく、別の言語のようであった。
しかし、一箇所『ウォーター』という記述だけは読むことが出来た。
「魔法陣を書く時、少しでも魔力を含んでいる物を使って書くことを薦めます。その魔力のエネルギーで魔法陣は起動し易くなります。木のような物も魔素を吸収するので、それなりに年月の経った大きな木の木炭のような物を尖らして書けば良いと思います」
それから水魔法の見本を見せてもらった。掌に集中しながら魔法陣に向けて
「ウォーター」
魔法陣が一瞬赤く光った後魔法陣が消えた。
すると、既に先生の掌に水が溜まっていた。
『なるほど、魔法陣の中の『ウォーター』という記述は詠唱する言葉を設定しているのだな』
「なぜ、このように書くのか教えて頂くことは出来るでしょうか」
「私も分かりません。ただ、こう書くと水魔法を使えると言う事だけ知っています。私も魔法の高等教育でそのように教えて貰っただけです」
先生ですら、理解しようとする気が全く無さそうだ。
ユートは先生に教えてもらった通り魔法陣を書き上げると、先生はそこにコップを置き、
「では、魔力を掌に集中してみましょう。これも経験が必要です」
魔力を掌に集中し、それを魔法陣に向けました。
「ウォーター」
何度も何度も魔力を掌に集中し繰り返し試みました。すると、突然書いた魔法陣が一瞬赤く光った後魔法陣が消え、掌の魔力が水に変化した。その水をコップに入れた。
「できた」
「私の知っているのはこの水魔法だけ。違う魔法もその魔法陣を書ければ出来ます。とりあえず、この水魔法を何度も使って訓練すれば、魔力は増加し魔法も起動し易くなるでしょう。私が教えられるのはここまでです」
「他の魔法陣の情報は何処に有りますか?」
「この教会に資料が有るか調べたけれど、有りませんでした。これは自分で探すしかありませんね。ひょっとしたら町の図書館に行けば有るかもしれません」
先生はやる気無いので本当に調べてくれたかは不明だ。空いた時間があったら図書館へ行ってみようと思った。
この世界の人は魔法スキルがあるので、大概それで事足りる。魔法陣なんて使わない。だから、魔法陣について知っている人はほとんど居ないのが実情だ。
識字率が低いので、魔法陣に訳の分からない文字を書くのにも抵抗があるのだろう。また、一箇所でも書き間違えると動作しないので、学力の低いような人間にとって、間違い無く書く事が難しいのは確かだ。
ユートは学校から家に帰ると釜戸から木炭を拾っい、それを鉈で削った。それから家を出て、近くの川に行き、上部が比較的平らな大きな石を探した。該当する石を見つけると、そこに魔法陣を書き、魔力を掌に集中し、それを魔法陣に向けました。
すると特に詠唱しなくても魔法陣が赤く光り掌の魔力が水に変化した。
『魔法陣は詠唱しなくても魔力の変換が出来るんだ』
それから魔法陣から目を離して掌の水を魔法陣を書いた石の横に捨てようとしたとき魔法陣に記述した内容が変化することに気が付いた。これは何だろうと思い、その場所に集中すると変化が止まった。
『魔法陣の記述が変わる?』
と思いその場所から目を離すと、また魔法陣の記述が変化した。
その状態で詠唱してみた。
「ウォーター」
すると水は掌から目で見ている方向に飛んで行った。
『魔法陣は水を飛ばす方向を設定して飛ばす機能がある。なぜ、学校ではこうならなかったのだろうか?』
よく考えた。
『恐らく魔力を掌に集中していて、ちょうど掌に水が発生したと同時に「ウォーター」と詠唱したので、その場に留まったのだろう。ならば、掌で水を持つような状態にして、更に目でその掌を見て詠唱すると水は動かないのであろう』
もう一度魔法陣を書き、掌に集中した。魔法陣が光り掌の魔力が水に変化した。その後、見る方向を変えると魔法陣の記述が変化することを再度確認した。掌を見た状態で
「ウォーター」
と詠唱すると、予想通り掌に水がたまった状態で魔法陣が消えた。