9話 過去からの贈り物
最終話です。
ここまでお読みくださった皆様、誠にありがとうございました。
「これ、どうして。そんなはずは……でも」
フィリアの視界の先に広がっていたのは、懐かしい生家だった。もう二度と自分の手には戻らないはずの目の前の光景を、フィリアは信じられない気持ちで呆然と見つめた。いや、正確に言えば生家によく似た建物で、あれよりは大きく真新しい。けれど、屋根の色も形も、窓の位置も同じ。あの懐かしい家とよく似た家が目の前に建っていたのだった。
「君の生まれ育った家は、もう他の家族が住んでいてね。さすがにその家を君に贈ることはできないけれど、せめて取り戻せるだけは取り戻そうと思ったんだ。さあ、中に入ってごらん」
促されるまま、かわいらしいペンキで塗られた玄関の扉を開ける。そしてそこに現れた光景に、フィリアの視界が一気に滲んだ。
口から嗚咽が漏れる。そこに見えたのは、あの頃と変らない風景だった。
(お母さん……! お父さん……! ああ、台所にお母さんが見える。いつもおいしそうな香りと湯気が立ち込めていて、外から泥だらけで帰ってくるとおかえり、フィリアって声をかけてくれて……)
よみがえる懐かしい記憶に、フィリアは顔を両手で覆った。それをリガルドがそっと抱き寄せ、フィリアはすがりつくようにリガルドの胸に頭をうずめ泣きじゃくった。
もう二度と戻らないと思っていた大切な記憶が、そこには確かにあった。台所に並んだポットや鍋、フィリアが大切にしていた古ぼけたぬいぐるみさえ、そこにはあったのだ。
「どうして……もうとっくに処分されていたんじゃないの? だってノートン家に連れていかれてから一度だってあの家に戻ったことなんて、なかったのに」
涙でぐしゃぐしゃに濡れた頬を、リガルドがその指で拭う。
「今住んでいるご家族がね、あの家を買った時ここにあるものを見て、捨てるのをためらったらしい。きっと何かの事情があって持ち出せなかったに違いないと思って、大事にとっておいてくれたそうだよ。それを引き取って、ここに持ってきたんだ」
「リガルドは知っていたの? あの家がもう人手に渡っていたこと」
そう問いかけると、悲し気に頷いた。
「父が勝手に売ったんだ。君が戻れないように。本当にひどい話だよ。家族を亡くして傷心の少女を、使用人として無理やり屋敷に連れてきた上住んでいた家まで勝手に……。本当に済まない、フィリア」
今も子どもの頃の自分を助けてやれなかったことに後悔の念を抱いているリガルドにとって、ずっとこの家のことが心残りだったのだろう。だからこそ、こうして長い時を経て取り戻してくれたのに違いなかった。
「こうしてわずかでも大切なものを取り戻せて、良かった」
リガルドが、フィリアの頬に伝う涙を拭いながら微笑む。
「ありがとう、リガルド。本当に、ありがとう……。もう何て言っていいかわからないくらい、本当に嬉しいの」
「ここは私たちの別荘だよ。この辺り一帯の土地ごとね。陛下からの結婚祝いだそうだ。……だからこれからは夏ごとにここへこよう。しばらくは二人で、いつかは増えた家族と一緒に、にぎやかに過ごそう」
フィリアはリガルドの言っている意味に気づき、ほんのりと頬を染めた。
「ええ、そうね。……あたたかい場所を二人で新しく作っていけばいいんだものね。お父さんとお母さんがそうしたように、今度は私たちが二人で」
「ああ。幸せになろう。これから先もずっと、二人で」
懐かしい思い出と新しい愛に包まれて、フィリアとリガルドは長い時間微笑みながら抱き合うのだった。
その後、海の見えるこの別荘地には毎年にぎやかな声が響くようになる。小さな子どもが嬉しそうに駆け回り、それを慌てて追いかけるリガルドと生まれたばかりの赤ん坊をその手に抱えたフィリアの姿。
そしてある時は友人たちがともに集い、にぎやかに。いつまでも、いつまでも流れる時間はゆっくりと、そしてあたたかく過ぎていくのだ。
そうして、未来は続いていく。たくさんの思いとあたたかな愛を積み重ねながら、ずっとーー。
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