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1話 アドリアからの手紙


「俺の言った通りだったろう? ヨークはルノ公爵家の養子でな。あの一族は王家の影の任を負っているから、きっと内部を調査するために送り込まれた密偵だと思ったんだ」


 ダレンは開口一番そう言うと、くっと口角を上げ得意げに笑った。


「あそこの当主とは昔からの馴染みでな。口添えしておいたから、無事協力は取り付けたんだろう? それともその顔は、他にも何かあったのか」


 すべてお見通しといわんばかりのその飄々とした態度に、リガルドは思わずため息をついた。


 この男に見えていないものなどきっとひとつもないのだろう。フィリアの件も、自分のことも。

 

(正直に言えば、あまり今はここに来たくなかったが……。絶対に何か言われるに違いないからな)


 当然フィリアは、縁談の一件を話しているだろう。が、ダレンは今のところもの言いたげな顔を一瞬浮かべたものの何も触れてはこない。それがありがたくもあり、恐ろしくもあった。


 が、今は縁談よりもフィリアの身の安全の方が優先だ。まずはあの子を安全な状況に置いてから、先のことは考えればいい。ダレンも今はイリスを抑えることのほうが優先だと考えているのかもしれない。そうであれば助かるが、と思うリガルドである。


 瞼の裏に浮かんだフィリアの姿をなんとか振り切り、リガルドは昨夜届いたばかりのアドリアの署名入りの手紙を差し出した。


「ヨークとは明日落ち合う約束です。詳しいことはその時に。それと、昨夜これが届きました。……その署名はアドリア本人のものに間違いないかと」


 リガルドは、ダレンにアドリアから届いたばかりの手紙を差し出した。


 記憶はおぼろげだが、癖のある文字には覚えがある。

 もしこの手紙がアドリア本人が書いたもので内容が嘘でないなら、すでにイリスはフィリアに何かを仕掛けるために動き出したということだろう。娘のアドリアに手伝わせてフィリアを誘拐し、バッカードに引き渡すつもりなのかもしれない。


 だが、アドリアを簡単に信じる気にもなれなかった。そう思うからこそ、ここにきたのだった。


「ふうむ……。その娘の嫁ぎ先では最近、子ども用の家具などを次々と買い込んでいるらしい。それと関係があるかもしれんな」

「まさか、アドリアに子が生まれたと?そういった報告は入っておりませんが……」

「もしくはまだ腹の中ってこともある。教会行きの件もヨークに話してみるといい。きっと力を貸してくれるだろうよ」


 目の前の男の末恐ろしさにぞっとする。

 ルノ公爵家とのつながりといい、アドリアの嫁ぎ先の情報といい知らないことなどあるのだろうか。


 リガルドの口からついため息がこぼれた。それを見たダレンの口角がくくっ、上がる。 


「使えるものはうまいこと使わんとな」


 それが賢く生き抜くための秘訣だ、とダレンは笑った。

 そして一呼吸おいて、続けた。


「……それからな、俺はフィリアの望みを叶えてやりたい。望まん結婚などさせる気はないが、お前の手が届かない平穏に暮らせる場所くらいいつでも用意してやれるつもりだ。……早く覚悟をしろといったろ? あまり猶予はないからな。忘れるなよ」


 ダレンは、世間話でもするような気楽さでそう言ってのけた。


「……分かっています」


 他にどう答えればいいのかわからなかった。何の覚悟をすればいいのかも、フィリアの望みが何なのかも、リガルドには分かっていないのだから。


(まるであの劇の男だな。恋人に捨てられその行方を探して永遠にさまよい歩く、惨めな……)


 あの劇は、まるで未来の自分の姿をみるようで感動などあるわけもなく。胸にまるで重い鉛が詰まったような気分で、劇場を出たのだ。

 

(自分を偽らない覚悟、か……。間違った選択をすれば、俺もあの男のようにフィリアを探してさまよい歩く一生を送ることになるのか)


「まぁあの子の身辺が片付かないことには動きようがないから、それまでは待ってやる。俺は年寄りなんだからあんまりこき使ってくれるなよ。頼りにしてるぞ、若造」


 にやりと不敵な笑みを浮かべてそう言うダレンを横目に、陰鬱な気持ちで部屋を後にした。


(いや、まずはヨークだ……。一つずつ片付けていこう。フィリアの安全が先だからな)


 そう自分に言い聞かせ、ついフィリアへと傾いてしまう頭を切り替えるリガルドだった。





毎日朝(8時頃?)と夜(9時頃?)の二回更新予定です。

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