婚約破棄を言い渡されましたが、『女の子になったから』は破棄する理由になりませんよ?
「君との婚約を破棄させてもらいたい」
おおよそ一か月ぶりに顔を合わせる婚約者であり、『ワーザルフ王国』の王子でもあるアレフ・ワーザルフから言い渡されたのは、そんな言葉であった。
私――シーファ・クレンツは騎士公爵家の生まれであり、アレフとの婚約は幼い頃から決められていたものだ。
私は驚きに満ちた表情のまま、彼に言い放つ。
「……アレフ様、以前と雰囲気が変わられましたね」
「! そ、そうかな。僕は以前と変わらないと思うが」
「声が何というか、高い?」
「っ、ちょっと喉の調子が悪くて」
「普通、声は高くなるものではないですが。それに、どこか顔立ちも可愛らしくなりましたね?」
「!? そ、そんなことは、ないと思う……よ?」
私の言葉に、明らかな同様を見せるアレフ。
そう、婚約破棄をされた事実よりも、彼の状態を見て驚愕している。
もはや、『彼』というのが正しいのか分からないくらい、可愛らしくなっている。
初めて見る人なら、もしかしたら違和感を持たないのかもしれないけれど、どこか『女の子』のような雰囲気を隠せていないのだ。
「そ、それよりも! 婚約破棄をしたい、という話を聞いて、君は何とも思わないのか……?」
「そうですね。貴方がそのようなことを口にするような状況にある、というのは何となく理解できます。一応、理由は聞いておきましょうか」
「理由か。実のところ、今の喉の調子もそうなのだけれど、僕の体調がどうにも芳しくないんだ」
「ご病気、ということですか?」
「端的に言えば、そうだ」
「本当のところは?」
「ほ、本当も何も、これが事実なのだが」
アレフは視線を逸らす。――彼は嘘を吐く時、必ず目を合わせないようにするのだ。
王族でありながら、これほど分かりやすい態度を示すのもどうかと思うが、彼の立場はあくまで第二王子。王位の継承権は持っているが、実際に王になるのは兄の方だ。
故に、私とアレフはあくまで王族と貴族での結束を強めるというもの――いわば、政略結婚と言えるのだが、私は単純にアレフという青年のことを好いている。
誰に対しても優しいし、騎士としても活動していて、普段から彼の話は聞かずとも耳に入ってくるくらいだ。
もはや幼馴染とも言える関係であるアレフのことは大体、分かっている。
彼が婚約破棄など申し出るほどに、追い詰められているということに。
まさかとは思うが、一応は聞いてみよう。
「たとえばですが、『女の子になった』は婚約破棄の理由にはなりませんが」
「……!? な、何故それを!?」
「え、本当なのですか?」
「あ」
カマをかけたつもりだったのだが、アレフは思わず口を滑らせた、といった様子だ。
声の感じや容姿から、あり得ないだろうとは思いつつも問いかけたのだが、まさか本当になっているというのか。
「ちょっと、失礼します」
庭園で向かい合うように座っていたが、私は立ち上がってアレフの傍に寄る。
「な、何をするつもりだ……!?」
「いえ、お身体の状態を確認させていただこうかと」
私の動きに気付いたのか、必死に止めようとアレフは抵抗してくる。
だが、とても男の力とは思えないくらいひ弱で、私の方が完全に上回っていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……! あ、あとで! あとで見せるから! ここではやめてくれ!」
「言いましたね。あとから見せない、はナシですよ」
「……すでにバレてしまった以上、隠す必要もないからね。君の言う通り、確かに僕は女の子になっている」
「面と向かって言われると、随分と奇妙な現象に合っていられるのですね。では、一か月ほどお会いできなかったのは」
「ああ、少し前まで本当に女の子みたいだったんだよ。これでも、少しは調整したつもりなんだが」
「……まあ、私はずっと前から知っていますから。それで、心当たりは?」
「女の子になった原因か? まあ、ほぼ間違いなく――『魔女の塔』に行ったことが原因だね」
魔女の塔。魔法を極めた女性が作ったと言われる建造物であり、今でも様々な魔法による影響が残っているため、立ち入りが禁止されている場所だ。
「何故、そのようなところに……」
「僕が仕事で追っていた人間がそこに逃げたという情報があってね。結果は空振りだったが、まさかこんなことになるとは」
「……原因は分かりました。それで、婚約破棄の件ですが、先ほども申し上げた通り、『女の子になった』は理由にはなりません」
「いや、もちろん元に戻れたらそれでいいかもしれないが、戻れる保証もないんだよ? すでに一か月はこのままだし」
「それで婚約破棄をしたい、と」
「さすがに僕が女の子のままだとマズいだろう」
「? 別に問題ないと思いますが」
「えっ」
私の言葉に、アレフは驚いた表情を見せた。
「! 問題ないって――いや、あるだろう」
「アレフ様は私のことがお嫌いですか?」
「そ、そんなことはない!」
「私もアレフ様のことが好きなので、何も問題ないのではないでしょうか。アレフ様のことが好きなんですから、今の性別なんて関係ないですよ」
はっきりと、言いたいことを伝える。
ただの政略結婚であれば、あるいは性別が変わった、というのは十分な問題になるのかもしれない。いや、確かに色々と問題はあるだろうけれど――お互い好き同士と確認できたのなら、やはり大丈夫だ。
「一緒に戻る方法を探しましょう。もし戻れなくても、私はあなたと結婚をします――これでいいではないですか」
「いや、しかし……」
「ああ、もう。煮え切らないですね」
今度はアレフを勢いのままに押し倒す。
やはり、今の彼より私の力の方が強いようで、簡単に勝ててしまった。
「あまりうるさいと、その口を塞いでしまいますよ?」
こんなこと、滅多に言わない――というか、言ったことはない。
けれど、普段では絶対できないようなことが、今はできてしまう。
私としては正直、今のアレフのことも好きなのだ。
そんな考えは、果たして歪んでいるのだろうか。
「……っ、なんだか、君の方が男らしいな……」
「いいじゃないですか。アレフ様が女の子らしくなったのなら、それでつり合いが取れますね」
「それは困る――!」
結局、そのままアレフの唇を奪う。
婚約破棄などと、ふざけたことは二度と言えないようにする。――女の子になった、という事実の方に驚いていたけれど、どうやら意外と私は怒っていたらしい。
でも、今の関係の方が前より悪くない気がした。
TSしてもその人が好きっていうのがいいと思います。