第10話『教皇様は苦悩する』
――教会本部。教皇視点
「――以上が辺境の村『ヘタルト』での出来事となります」
「ぐっ! またあの忌々しい黒十字の使徒ですか!?」
部下からの報告を受け、それを泰然たる態度で受けとめられず喚き散らしてしまう。
いけない。ここにいるのは教会の暗部を知っている者だけとはいえ、トップである私が取り乱しては……。
そう思いなおして私は努めて柔和な笑顔を浮かべる。
もっとも、内心では未だに怒りの炎は収まらなかったが。
「……すみません。少し取り乱しました。それで? 信者たちは?」
「それは……」
言いよどむ部下。
予想通りというべきかなんというか、やはり悪い方向へと向かっているらしい。
私がジッと部下を見つめていると意を決したように彼は報告をつづけた。
「多くの信者が困惑しています。本当に自分達が信じているのは救いを与える神なのかと。……いえ、言葉を飾るのはやめましょう。先日、信者を含めた民衆がいくつかの教会支部を破壊しました。そのまま彼らは黒十字教へと派閥を移したと聞いております。彼らの言い分を聞きますか?」
「要りません。どうせ『今までよくも騙したな』といったものでしょう。――まったく、騙されたままでいれば良いものを」
黒十字の使徒が掲げる言い分。
我らの神が地上を魔物の楽園とするために暗躍しているとの声明。
事実だ。
信者たちには秘密にしているものの、神の……そして我らの最終目標はこの世界を魔物の楽園とすること。
もっと正確に言うならば、この世界を魔物とダンジョンの主にとっての楽園とするというというものだ。
我らが神の力の源が種族間の憎しみだというのは初耳だが、少なくとも種族間の不和を教会が煽っているのは間違いない。
数百年前、教会を設立したころには既に魔人と人間は不仲だった。
それに決定的な亀裂を生んだのが教会だった。ただそれだけの話。
それもこれも、すべては我らが神の指示。
準備が整い次第、獣人と人間の間にも亀裂を入れる予定だったのだが……そんな時にあの忌々しい黒十字の使徒が現れた。
ああ、それを思うだけで腹が立つ。
そも、おかしいだろう。理不尽だろう。
「黒十字の使徒……いったい彼らは何なのですか!? 絶対に漏れるはずのない教会の秘密を知り、あまつさえ奴らは我々ですら知らないことを知っている。なぜそんな奴らが現れるのですか!?」
胸中にある思いがこぼれだす。
そう、奴らは我々ですら知らないことも知っていた。
我らが神の力の源が種族間の憎しみ、そして神への信仰心だという事。
我らの神が偽神だという事。
どちらも初耳だ。
適当なことを言っているのだと信じたいが、奴らの語る教義の中には幾つも真実が混じっていた。
となれば、他の物も真実だとみておいたほうが良いのではないかと考えてしまうのだ。
しかし、奴らの言い分がすべて本当の事だとすれば――
「本当に……我らが神の他にも神が居るというのですか……」
神とは唯一、あの方だけだと思っていた。
私に禍々しき恩寵を与えてくださった神。
通常のダンジョンコアよりもどす黒く、禍々しい黒き光を放つ石の塊。
まるで生きているかのように脈打つ石。
神聖なものではないと一目見て分かった。
だが、私はそれを受け入れた。
醜い人間という皮を脱ぎ捨てたかったのだ。
そのころには既に私は人というものに心底愛想が尽きていたのだから。
「教皇様?」
部下が黙ってしまった私に声をかけてくる。
「ああ、すみません。少し考え事をしていました」
つい、昔のことを思い出してしまっていた。
だが、そうだ。私の神が偽物だろうが邪神だろうが関係ない。
ほかに幾柱の神が居ようと関係ない。
私の信仰は全て我が神の為にあるのだから。
我が神が偽物なのか。
はたまた邪神なのか。
そんなことはどうでもいい。
いつの世も、歴史が証明しているではないか。
勝ったほうが正義で、正しく、本物なのだ。
黒十字の使徒が何を言おうが関係ない。
奴らを打ち倒し、我らが神こそが真なる神であり、正義であると知らしめるのだ。
黒十字の使徒に……奴らに……勝つ?
「くそ!!」
「教皇様!?」
「ああぁぁぁぁぁぁ!!! 黒十字の使徒黒十字の使徒黒十字の使徒黒十字の使徒めぇぇぇぇぇぇ!! あれほどの力を持ち、我ら以上の情報を持つ奴らに打ち勝つ? 我らだけの力で? どうやって!?」
奴らの成した所業については、部分的にだが把握できている。
ある時は地下十層からなるダンジョンを地上からの一撃でコアごと破壊してそのダンジョンの主を消滅させ――
またある時は超高速で動く影が魔物の軍勢ごとダンジョンの主の体を細切れにして――
またある時は強力な召喚術をもって未知の者を召喚し、その者が圧倒的な力でダンジョンを攻略した。
そうやって奴らが多くのダンジョンを攻略していることに気が付いたのが一年前。
黒十字の使徒の存在にはもっと早く気が付いていた。なにせ、奴らは目立つ。
だが、奴らは行動を起こしたらすぐにどこかに消え去るからその正体が掴めない。
そのおかげで奴らがダンジョンの攻略にまで手を広げているのに気づくのが遅れてしまったのだ。
もう少し発覚が早ければダンジョンの主たちの力を結集させ、殲滅することができたかもしれないというのに……。
それもこれも、全てはダンジョンの主たちが無能だったせいだ。
「どいつもこいつも王にでもなったつもりか!? 妙なプライドばかり持ちおって。異常があったら知らせろと再三言ったのにも関わらず誰も知らせをよこさない。それで査察してみたらこれだ。お前、とあるダンジョンの主が言ったセリフを覚えているか?」
ああ、思い出しただけで奴らの無能さを罵倒したくなる。
部下の返事も待たず、私は続ける。
「奴らはこう言ったんだ。『侵入者が居ようが排除すれば異常なしだ』とな。馬鹿が! 侵入者が居る時点で大問題だ! それはつまり、そのダンジョンの位置が特定されているという事だろうが。そんなことにも頭が回らん馬鹿どもめ。こちらが下手に出ていれば調子に乗りおって。中には我らが指示した場所以外にダンジョンを移した馬鹿も居たな。おかげで連携が取りにくいし、査察するだけでも時間を食ってしまった。おかげで完全に後手に回ってしまっている。――クソ!!」
「教皇様!!」
「――ハッ!」
部下の鋭い声に我に返る。
しまった。溜まっていた不満がついに爆発してしまった。目の前に部下が居るというのにだ。
「すみません」
「いえ、教皇様も心労が多いようで」
「まったくです。溜まっていた不満が爆発してしまいましたよ。しかし、爆発したのがあなたの前だけでよかったです。こんな話、通常の信者たちの前ではできませんからね」
目の前にいる部下。
表の顔は敬虔な信者の一人だ。
しかし、その実態は私と同じくダンジョンコアによって不死となった敬虔な神の使徒だ。
もっとも私が貰った恩寵とは違い、彼は通常のダンジョンコアによって人間を辞めたらしいが。
ゆえに、裏の事情についても精通しているのだ。
「教皇様……ラウンズを動かすわけにはいかないのですか?」
「ふむ、ラウンズですか。確かに彼らならばかの黒十字の使徒であろうと撃退してくれるかもしれません」
ラウンズ。
それはダンジョンコアによって不死の力を得たダンジョンの主の中で、最も抜きんでた者だけを集めて出来た教会の秘密戦力のようなものだ。
全部で十二人居る。
なるほど。確かに部下の言う通り、彼らを動かせばこの状況を打破できるかもしれない。
――だが。
「無理ですね。今は動かせません」
「なぜですか?」
「ラウンズは現在、魔人国や亜人国で活動中なのですよ。それが我らが神の意向です。ラウンズは今や完全に私の手を離れています。ここ数十年会うことすらありませんね。あなたも数十年間、彼らの顔を見ていないでしょう? つまりはそう言う事です」
「なるほど。どこで何をされているのだろうと思っていましたがそう言う事だったのですか……。呼び戻すわけにはいかないので?」
「我らが神からの指令でしてね。『特に優れた個体であるラウンズはただの人間相手に使うな』との事です。人間の中に強大な力を持つ者が現れれば使用許可を出してくれるそうですが、そういった者が現れた際にはまずこちらに連絡して指示を待てと」
「……神へと連絡はしたのですよね?」
「当然です。一年ほど前、事前に伝えられた通りの方法で連絡を取りました。私が知る限りの敵の情報も詳細に伝えました。しかし、それ以降まったく指示がありません。それまでは半年に一回、何かしらの指示が神から与えられていたというのにです」
「……教皇様。もしや、我々は神に見捨てられたのでは?」
「……まさか」
部下の不安はわかる。
黒十字の使徒は強い。
その事を知った神が連絡をよこさない。このとき、考えられる事態はなんだろうか?
奴らの対処を考えるべく、裏で動いているのだと信じたい。
だが、そうでなかったら?
神にとって、我々など単なる捨て駒でしかなかったのだとしたら?
だからこそ、我々の中で特に出来のいいラウンズだけを取り上げたのでは?
神は強敵となるかもしれない者が現れた今、捨て駒である我々を見捨ててゆっくりと黒十字の使徒への対策をゆっくり練っているのでは?
考えれば考えるほどそうとしか思えなくなってしまう。
最近、黒十字の使徒のせいでよくないことばかりが起こっている。
そのせいでこういう方向に考えてしまうだけ。そう思いたい物だが……。
――その時だった。
「やれやれ、教皇サマともあろう方が我らが神を疑うなど……嘆かわしいネェ」
★ ★ ★
後書きというか予告。
この後、教皇視点がしばらく続きます(さっと終わらせるつもりだったのですが、気づいたらそこそこ続いてました)。




