第26話『次代剣聖は破滅の階段を登る-2』
――剣聖の家
アイファズ・トロイメアは憤っていた。
「お前、今なんて言った?」
今しがた、報告をしてきた冒険者学校の校長であるクロノ・ディーメを血走った目で見ながら彼は再度報告を促す。
「で、ですからラース様の暗殺を依頼した『デスロータル』の幹部達がその消息を絶ったとの報告が先ほどありました。おそらく、ラース様の暗殺に失敗したのだろうと――」
「……ふざけるなっ!! 一体どれだけの金を払ってやったと思ってるんだ!?」
「ひ、ひぃぃっ!」
アイファズ・トロイメアにとって、兄の不幸は自分の幸福。
兄の幸福はアイファズ・トロイメアにとっての不幸。
少なくとも彼はそう信じ込んでいた。
ゆえに、彼は兄に固執する。
逆に、校長のクロノ・ディーメにとってラースはそこまでして固執する対象ではなかった。
もちろん、クロノ・ディーメとてラースに対する恨みはある。
ラースが事件を起こした後、あんな凶悪犯と同じ学びやに居たくないと、自身が経営する冒険者学校の評判はがた落ちだ。
しかも、王がラースの事を気に入ってしまったらしく、ラースは指名手配されることすらない。
逆に、あれほどの腕の者を落ちこぼれとして扱うなどどうかしているとクロノ・ディーメは学校の責任能力まで問われる始末。
だからこそ、彼はアイファズと協力してラースを亡き者にしようとしていたのだ。
Aランクの実力を持つ幹部を幾人も抱えている組織『デスロータル』ならば、ラースを打ち取れるだろうという確信もあった。
しかし、その目論みは外れてしまった。
絶対に成功すると確信していた暗殺が失敗に終わり、クロノ・ディーメは今一度冷静に今の状況を鑑みてみる。
アイファズが言うにはラースは校長と剣聖の家を恨んでおり、殺らなければ殺られるとの事だったが――
(果たしてそうだろうか?)
クロノ・ディーメは目の前でラースへの怒りを露わにしているアイファズを見て思う。
この次代の剣聖はただ単純に兄であるラースを亡き者にしたいだけなのではないかと。
それで冷静さを失っているのではないかと。
ならば、これ以上自分が関わるべきではないのではないかと。
そうクロノ・ディーメは考えたのだ。
実際、それは大正解だ。ラースは校長の事などもう眼中にない。
彼は彼の目的を果たすため、魔物を狩る事に夢中になっているのだから。
(今までの行いの責任全てをアイファズ様に押し付け、それを王に報告する。そうしてラース様に恩を売るべきでは? そうだ。そうすれば私はきっと返り咲ける! 学校時代の事はラース様に誠心誠意謝罪し、心を入れ替えたと彼に取り入るのだ。そうだ。そうすべきだ!)
クロノ・ディーメは保身に長けていた。
だからこそ、校長という地位に上り詰めることができた。
だからこそ、ここで取り入るべき相手を間違えなかった。
だが、事ここに至ってはその判断は愚かとしか言いようがなかった。
「お前……僕を裏切るつもりだな」
「は?」
躊躇いなく、クロノ・ディーメをその剣で斬り倒すアイファズ・トロイメア。
彼は既に正気ではなかった。
「ぎ、ぎゃあぁっ!」
クロノ・ディーメには自身がなぜ斬られたのか、理解できなかった。
そうして逃げるようにして部屋の奥へと駆け込むと――
「ひ、ひぃっ」
そこには死体があった。
死体からはポタリポタリと止めどなく血が溢れている。
それは、まだ死んでからそう時間がたっていない証だ。
その死体は――ズヴェラ・トロイメア。
今代の剣聖。アイファズとラースの父の姿だった。
そんな剣聖の死体を前に腰を抜かすクロノ・ディーメの背後から――
「死ねっ。この裏切者!!」
アイファズは、情け容赦なくその刃を振り下ろした。
「――――――」
悲鳴をあげることなく絶命するクロノ・ディーメ。
彼の致命的な不幸はただ一つ。
それは、アイファズが持つ技能を知らなかったことだ。
★ ★ ★
アイファズ・トロイメア 13歳 男 レベル:78
職業:剣聖
種族:人間種
HP:5323/5323
MP:3302/3302
筋力:6324
耐性:5192
敏捷:5736
魔力:3855
魔耐:3121
技能:剣術EX・剛力・気配感知EX・魔力感知・夜目・刹那・瞬間移動・鑑定・コア作成(new)
★ ★ ★
――気配察知EX
今代の剣聖であるズヴェラ・トロイメアですら持っていない稀有な技能だ。
本来、気配察知の技能は自身に殺意を向けてきている者の気配を感じ取れるというものだ。
だが、気配察知EXはその更に上を行く。
この技能を保持している者は自らに悪感情を向けている者の存在を感知するのだ。
ゆえに、クロノ・ディーメがアイファズを裏切ろうとした瞬間、技能が発動しアイファズはクロノ・ディーメを裏切り者と判断した。というわけだ。
もっとも、この技能はちょっとした不満を抱かれるだけでも発動するものだ。
なので、発動したとしても相手が本当に裏切者かなど分かるわけがない。
だが、そんな些細な事で相手を裏切り者と確定するほどにアイファズは冷静さを欠いていた。
「クソッ、クソッ、クソッ、お前も僕を裏切るのかっ! 父上も僕を裏切ろうとした……。ちくしょう、やっぱりだ。やっぱり兄さんが悪いんだ。兄さんが不幸になっていないから、僕が不幸な目に遭うんだ……。信頼している二人に裏切られるなんて、僕はなんて不幸なんだ」
あくまで自身の不幸を全て兄のラースが原因だと考えるアイファズ。
アイファズは存分に自分の不幸を嘆き――しかし嗤う。
「まぁ、いいや。僕には父上の形見のコレがある。そうだよね。使えない奴らに任せること自体、間違ってたんだ。こうなったら……僕が直接兄さんを不幸にしてやる。昔のように這いつくばらせて、命乞いをさせた上で……無残に殺してあげるよぉっ。ハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
アイファズは狂気に満ちた瞳で自身が新たに得た技能、『コア作成』を見つめながら嗤うのだった――




