第1話『崩壊の序曲』
――トロイメア領の神殿
今日はこの俺、ラース・トロイメアが職業を授かる日である。
職業とはこの世界の人々が十歳になったら得られる恩恵のような物で、それを得ることによって人は様々な力を得る。
剣士ならば剣が、槍使いならば槍が、魔法使いならば魔法の扱いが上手くなるといったものだ。ステータスもそれらが反映された数値となる。
だからどの職業を授かるかはとても重要な事なのだ。
「期待してるぞラース。お前ならば必ず剣聖になれると信じている」
「はい、父上」
赤髪の偉丈夫が俺に声をかける。
父上――ズヴェラ・トロイメア。
トロイメア家が誇る今代の剣聖だ。
トロイメア家は剣聖を輩出する家系で、代々王家に仕えてきた。
ちなみに剣聖とは剣士の完全上位互換クラスだ。
俺も幼いころから父に様々な稽古を受けさせられたものだ。
「ちっ――」
「こら、アイファズ。神殿だというのになんだその態度は」
「ふんっ」
父に叱責される赤髪の擦れた感じのする子供。
アイファズ・トロイメア。
本日俺と一緒に職業を授かる双子の弟だ。
弟は日々この俺と比較され、よく父に叱責されていた。
別に弟も筋は悪くないのだ。
それなのに父は俺より劣るというアイファズを責めるのをやめない。
わが父ながら酷い男だ。
そんな事もあって俺とアイファズの関係は驚くほど冷えきっている。
当然だろう。
幼いころから比較され続け、『お前はなぜラースのように出来ないんだ』と言われ続けた弟がその当の本人であるこの俺と仲良くなんてしてくれるはずがない。
それでも俺は諦めず何度もアイファズを遊びに誘ったりとコミュニケーションを取ろうとしているのだが……まぁこれがうまくいかない。
まったく、難儀な物だ。
「それでは、始めましょう。ラース様。水晶の上に手をかざして頂けますか?」
「こうかな?」
神官長の導きに従い、俺は水晶の上に手をかざす。
★ ★ ★
ラース・トロイメア 10歳 男 レベル:8
職業:なし
種族:人間種
HP:73/73
MP:37/37
筋力:74
耐性:58
敏捷:58
魔力:15
魔耐:12
技能:剣術
★ ★ ★
これが俺の今のステータスだ。
職業を得る事で俺のステータスは更なる高みへと昇れる。
職業を授かった俺は早速自身のステータスを確認する。
「ステータスオープン」
そう口にすると俺の目の前に半透明の板が出てきた。
そこには俺の今のステータスが表示されていて――
★ ★ ★
ラース・トロイメア 10歳 男 レベル:8
職業:ラスボス召喚士
種族:人間種
HP:53/53
MP:103/上限なし
筋力:24
耐性:28
敏捷:28
魔力:105
魔耐:102
技能:ラスボス召喚[詳細は別途記載]・MP上限撤廃・MP自然回復不可・MP吸収
★ ★ ★
「しょう……かん……し?」
召喚士とは、契約した魔物などを異次元空間に閉じ込め、戦闘時なんかに取り出して使役し、戦わせる後衛職だ。
それは当然……望まれていた職業なんかではなくて――
「なん……だと。おい、ラース! 貴様、今なんと言った? 剣聖と……そう言ったのだよな?」
「それは――」
「いや、僕にも聞こえたよ兄さん。え? なに? 召喚士だって? あの雑魚魔物ばかり使役して自分は後ろに引きこもってる卑怯者になったのかい?」
イキイキした様子でアイファズが俺に問いかけ、俺のステータスを覗き見してきた。
父上も信じられないといった様子でそれに追従する。
「馬鹿な……折角得た剣術の技能も失われてしまっているではないかっ!」
父は怒ればいいのか悲しめばいいのか分からないといった様子で頭を抱えていた。
「ククッ、あはははははははは。僕よりも弱くなったじゃないか兄さん。代々剣聖を輩出してるトロイメア家の長男としてそれはちっとイケてないんじゃなぁ~い?」
「くっ」
否定できない。
しかも何なんだラスボス召喚士って。ただの召喚士とは違うのか?
唯一、良さそうな技能にMP上限撤廃というのがあるが、それもMP自然回復不可というのが完全に足を引っ張っている。
そもそも、この世界においてMPの回復手段は基本的に自然回復しかない。更に、0になれば気絶してしまう。
なのに、その自然回復が出来ないなんて。
これ、もしかしてMPが0になった時、永遠に気絶してしまうのでは……?
希望は技能の最後に記載されているMP吸収くらいか。
この技能によって、俺には他のMP回復手段が使えるとかだと嬉しいのだが――
『……び……さい……』
「ん? なんだ?」
今、何か聞こえたような?
「さてとっと……おい神官長。さっさと僕に職業を授けろよ」
俺が聞きなれない声に戸惑っている間に、アイファズは神官長に言われるまでもなく水晶の上に手をかざしており、神官長を急かしている。
言うまでもない事だが神官長は神殿で最も位が高い人物だ。
いかに剣聖の家系であるトロイメア家であろうとこんな無礼な口を叩くなんて許されることじゃない。
しかし、今の父は俺のステータスを見て呆然としており、神官長も特に怒った様子はない。結果、アイファズの無礼な行いは見逃されることになった。
「さて、僕の職業はなにかなぁっと。これで剣聖だったら傑作なんだけどなぁ」
俺の職業を知ってから上機嫌なアイファズ。
それほどまでに俺が不遇な職業を引き当てたのが愉快らしい。
その事が――少し悲しかった。
「さてと。それじゃあ――ステータスオープン」
そしてアイファズの職業が……判明する――
「くくっ、あはははははははは、あは、あっはははははははははは。傑作、傑作だよこれは、あはははははははは。おかしくてお腹が痛いや。あはははは」
自身の職業を見て笑いまくるアイファズ。
まさか――
「父上。この僕が……このアイファズ・トロイメアが剣聖の職業を授かりましたよぉ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
「なんだと!?」
「ホントですよ。ほら」
そう言ってアイファズは自らのステータスを父上と俺に見せてきた。
★ ★ ★
アイファズ・トロイメア 10歳 男 レベル:7
職業:剣聖
種族:人間種
HP:323/323
MP:102/102
筋力:324
耐性:312
敏捷:336
魔力:55
魔耐:152
技能:剣術EX・剛力・気配感知・刹那・瞬間移動
★ ★ ★
以前は俺のステータスを下回っていたアイファズのステータス。
それが今や面影すらない。
これが……職業の恩恵……
それを見た父上は――
「お、おぉ、おぉぉぉぉぉぉ。でかした。でかしたぞアイファズっ。さすがは俺の息子だっ!」
「はいっ、父上」
そう言って満面の笑みで抱きしめ合う父上とアイファズ。
アイファズは父上と抱き合いながら、勝ち誇ったような視線で俺を見つめていた――
見つめていた――