王女殿下のうんめい1
テラスで日差しを浴びていた女が一人。
「王女様!サボらないでください」
そこに駆け込む男が一人。
「騒がしいですよ。アドラー。あなた、ただえさえ短い私の休息を邪魔するつもりですか」
アドラーと呼ばれた老執事はため息をつきながら小さくつぶやく。
「……そんなことはわかっています。ですが、あなたが仕事をしないと何も解決しないんですよ」
「アドラー。いくら私でも慢性的な水不足は解決できませんよ。どこぞの貴族の粛清なら喜んでやるのですが」
「ハハハ。面白い冗談ですね。誰かさんの行き過ぎた粛清で上位下位問わず貴族の数が3分の1まで減ったことをもうお忘れで?」
「へえ、だいぶ生意気な口をきくんですね。……お前を粛清してもいいんだぞ」
「冗談ですよ」
「……だいたい、貴族がいなくなったのも水不足のこの国を見限ったせいでしょうに」
「それは……」
そうである。この国では数年間水が降らず、それのよって様々な問題が引き起こされていた。
まず、食糧問題である。この国では10年前まで貴族平民関係なく日常的に米を食べていた。
しかし、10年前から続く『水女神のグラウコーマ』と呼ばれる大旱魃によってこの国では米が育たなくなったため、全体的な生活水準の低下を招いた。貴族は平民から米や他の食糧を多く徴収するようになった。
商人は物の売れ行きが悪くなったために国をでる者が増え国の更なる貧困を招いた。
結果、平民は飢え、仕事を碌にしない貴族は口減らしとして処刑したため貴族の数は激減した。
「怖いなんて言わないでね」
こう言って暗い笑みを浮かべている王女はこの国、ダリオレイン王国第4王女ライラ・エンヴィル=ダリオレイン王女(19)である。彼女は肉親であるレミア女王から執政権をもらっており、実質的な国王である。
第4王女なのに次期国王に任命された理由はそう難しくはない。
まず、この国では女が王を務める。ゆえに王位継承権は王女がもつことになる。ただ、この王位継承権は放棄することも可能である。放棄した場合、端的に言えば、王女はどこかに嫁ぐことになるのだが、第1から第3王女は嬉々として放棄。他国に嫁いでいった。
そして第4王女のライラは一番下の王女であるため放棄することができず、ライラは王位継承権を持つ唯一の王女となった。
しかし、ライラが執政権を持つのはそれだけが理由ではない。
もう一つの理由は彼女が世界でも希少な緑魔法士であることである。
この世界の人は稀に魔法特性をもって生まれる。魔法特性は世界に満ちるマナという元素を扱える能力をもつということであり、緑魔法士は風と土のマナの扱いに特化した魔法士である。
その緑魔法士は砂漠化が進んだダリオレイン王国復興に必要不可欠である。
「そうはいうけど、私にできることといえばダムを造ったり、遠くのまだ流れている川から近くの枯れた川するくらいなのよね。風神とツチノカミの力は大きいけど根本的な解決にはどうしてもならないのよ。水女神の力がほとんど働いていないこの国では私でどうにかするのは難しいわ」
「他国の河川から自国の河川に水のラインを引くことがうまくいけば解決できるかもしれないですからそう自分を卑下するのはおやめください。王女様は御立派に務めを果たされております」
「……思ってもないことを」
「明日からはまた河川にいってラインをつなぐ作業が待っています。なので今のうちに書類整理をしましょうか」
「はあ……王女やめていいかしら」
「ハハ」
「私も姉君たちのようにどこかに嫁ごうかしら」
「元王女様たちより美人じゃないので無理ですね」
「うるさい。顔で選ぶ男なんてこちらから願い下げよ。だいたいみんな魔法を怖がってしまって話にもならなかったわ」
「ライラ王女様はキフジンですもんね」
「その話……もう一度したら殺すわよ」
ライラは決して顔が悪いわけではないのだが、一度よくわからないイケメン(笑)に絡まれたとき魔法を放ったことがある。その時はなった魔法と言葉で当時王国中で中で大きく話題になった。
「「安易に貴婦人に触れるんじゃないわよ!!」でしたね」
「……死にたいのね。よくわかったわ」
「安易にキフジンに触れてすみませんでした」
「おぉぉまぁぁえぇぇぇ」
「まあ、鬼風神って書くらしいですけど」
「絶対殺す」
「よくできてますよね。さて書類仕事しましょうか」
「何終わった話みたいにしてんだ。ちょっと話し合いましょう」
「いいえ。今日の王女様のスケジュールに執事との話し合いは含まれておりませぬゆえ。それでは失礼いたします」
「待ちなさい。アドラーには何か罰を与えましょうかね」
「では、減給処分というのはいかがですか」
「……それはダメ。一応アドラーには先代からお世話になっているわ。むかつくのは確かだけれどいくら貧困化が進んだからって恩をあだで返せないわ」
「しかし、国が金銭で困窮しているのは事実。ここは私の給金を割いて国に充てるべきでは」
「駄目よ。あなたの給金を削ったところで足しにもならないわ。そうね、罰としてそのお金を孫にでも使いなさい。さて、私は書類整理でもしようかしら」
「はあ……そこは親譲りなのですね」
苦く笑う老執事はどこか悲しくもほんのりと温かく感じていたのだった。