第2話 射手 3
投稿頻度がバラバラですけどこのまま行きます
あの時から、帰って三日がたっても決意はできなかった。それまでずっとFEARのことを考えていた。本当の緊急時には呼ぶように伝えたが、どうやら何もなく平和ならしい。
「……兄さん? ボーっとしてどうしました?」
「何でもない」
見舞いに来ているのに、自分のことばかり考えていたのを反省した。
菜希は無事だった。大怪我だが後遺症は残らないとの事だ。切り口は深かったが、どこかを強く打たれたわけではないということが幸いだったのだろう。
「いつ退院できるんだっけ」
「一応来週には退院できますけど、また戦闘に参加できるためにはそれからまた一週間ちょっとぐらい」
「そうか……」
少し憂鬱な気分になった。あれが使えたら、助けられたのかもしれないが、あれがなかったから助けられなかったのだ。つまりは、
今の俺は他人が作った道具に頼ることしかできないということ。仕方ないことだが、それでも嫌だった。
「私は大丈夫です。兄さんも守れます」
強がってそんなことを言ったので、少し腹が立った。
「もっと他の人を守れよ」
誰かに守られなきゃいけない存在なら、そんな奴守んなくていいのに。俺よりもっと守るべき人間がたくさんいるだろう。
菜希は白い頬を膨らませたので、やりすぎたと後悔した。
視線をそらすために腕時計を見ると、もうすでに面会の時間が過ぎかけていた。
「時間だ」
それを聞いて彼女も表情を戻し、いつもの真面目で凛とした顔になった。しかし目が少し潤んでるのがわかった。寂しいのだろう。
「じゃあ帰るわ。元気でよかった」
部屋を出ていくときに、なきは諦めたようにうつむいた。
病院を出て、どこかにふらつきに行く事にした。
選んだのはこの前会った地下部屋の付近にある、街が見下ろせる場所だった。緩やかな崖に柵も立っているがずいぶん古ぼけていて、東屋の椅子もすでに灰色になっていた。
平日の昼間に山の近くに来る奴はいない。せいぜい学校の生徒ぐらいだろうが、しばらく休校だ。
擬木でできた太い柵に体重を預けてボーっとしていると、後ろから風に交じってがさがさと音が聞こえた。
「おにーさんっ」
道路の白線で一度止まって確認した後、抱きつくほどの勢いで向かってくる。どうやら森のほうからこっちに来たらしい。
「びっくりした。誠ちゃんか」
熊だったらどうしようかと思った。
「何悩んでるの?」
さすがに抱きついては来なかったが、やはり距離は近かった。
「なんでもねえよ」
「嘘つき。あの事でしょ」
引き出されるように言われたので、動揺して体がはねた。
「なんでそんなに鋭いんだよ……」
「見ればわかるよ~」
前からずっとこんな感じの雰囲気なことは知っていたし、今その通りなのがわかった。
「ストーカー?」
「やるならもっと直接するもんね~」
「聞かんほうがよかった」
何をするのかまでは聞きたくない。するもん、じゃないよするもんじゃ。
誠ちゃんは変な子だが、敵ではなさそうなので悩みを聞いてもらうことにした。
「俺じゃ間違ったことをするかも」
「間違ったこと?」
「だって知識も知能もないし」
「なんで? やればいいじゃん」
少し後悔した。彼女のほうが優秀だし、あまりそういう悩みはわからないのかもしれない。
「あのなぁ。普通の人間はやってもすぐできないの」
「お兄さんにしかできないことだもん。おにいさんは知識がないから人を助けないの?」
「それで死んだら……」
「でもお兄さんがやらなかったら、その人なにもされずに死ぬことになるんだ」
「大丈夫だよ。お兄さんができないことは、私がフォローしてあげる。私が教えてあげる。だって私は先輩だもん!」
誇るように、胸を張っていた。
「……情けねえなぁ」
年下の女の子に守るとか言われて、今度は先輩だから頼りにしてくれか。ヒーローになりたいとか言ってる人間じゃないなぁ。
「もー! ネガティブ禁止!」
さっきの菜希と同じように頬を膨らませてきたが、あちらと違って少しかわいらしかった。指でバツ印を作っている。
「それはそれとして~ 一緒にいたいけどな~」
俺にもたれかかってきた。萌え袖というかもはや手も出ていないのにかなり重い。見た目より重く感じた。
「腕細いね~ 女の子見た~い」
「うれしくないんだけど……」
遠回しに引きこもり陰キャだせー って言われているようなものだ。運動してないから当たり前だといえば当たり前だが。
一応先輩になる人間に言われたのにもかかわらず、まだ迷いがあった。そして一つ疑問があるのを思い出す。
「お前じゃ無理なのか?」
「私はむり。自分の能力もわかんないし、使えないし」
俺の腕にもたれかかったまま、小さな悩みを打ち明けるように言った。
「珍しいな。ていうか手を放しなさい」
「うぎゃ」
令人の大半は能力を大概無意識のうちにできるようになっているので、他社が見たら気づくはずなのだが。それに使えないというのはほとんど見たことがない。
会話が途切れていると、携帯からラッパのような音が鳴った。
それに出ると、一番にほんの少しだけ訛りのある日本語が聞こえてきた。
「君は緊急時に電話しろといったな」
「なんだ」
「座標とデータを送る。行くか行かないかは君自身だ」
通話画面が半分ほどウィンドウで隠された。こんな
火事だ。令人が出動しているのを見るに、どうやら影災が関係しているらしい。だが奨の落ち着き方からして、FEARはいないだろう。俺が出る必要はない。
「これぐらい消防の範疇でしょ」
「それがねぇ。大人ってのは無駄に複雑なんだよ」
「なんだそれ」
どうやら何かを知っているが、教える気はないようだった。
奨はそのまま通話を切った。
「無駄に複雑……」
それはどういう意味か、自分の中ではわかった。しかし現実にそれが当てはまるかまではわからなかった。
だが、行かないという選択肢は取れなかった。どの道消防士や施設の人間が死ぬ可能性が消えるわけじゃない。
「誠ちゃん。奨に俺が行ったって伝えろ」
フルフェイスヘルメットをかぶって、首にひもをした。バイクのエンジンを付けて、送られてきた座標へ向かう。
「ちゃん付けなんだ……」
今更だったが、さっきからのどに刺さった魚の骨みたいに違和感があった。