変身! 電気男(第5部)
もうそろそろ1話目が終わります。
「おかしい……」
ちょうど救急車の音が遠くから聞こえてきた。あそこからは離れた、学校のグラウンドにいる。サイレンは壁に反射して、後者の屋上の裏からも光が漏れていた。
よそ見をしていた私にFEARは後ろから首をひっかこうとしてきた。ノールックで受け止めて、片腕で投げ飛ばすのは簡単だった。
そういうことができるほど、FEARとの実力差は圧倒的だった。私の立てた予想通りなら、すでに勝っているはずだ。この装備は完璧に今の相手に対処できるはずなのに、まるで効いていないのがわかった。
しかし原因究明の時間は後にある。とにかく、早く終わらせないと。
スイッチを三回叩き、出力を限界まで上げた。あたりに電撃が走り、危険なほどの光が発生する。
その時、壊れたラジオの音が強烈に辺りに響いた。先ほどの危険と迫力を感じさせた電気、恐ろしく貧弱なスパークを最後に、装甲とともに立ち消えてしまった。火おこしに失敗したように。
「なんだと」
調整もしたのに、ありえない。
実戦では色々なことが起きるが、今回は明らかに異常だ。理屈では起きるはずのないことが起きている。
ブレスレットと短剣さえもが誰かに引きはがされるように外れ、地面に両方が落ちた。
途端に状況は悪くなった。追い詰めていたのではなく、奴はやられるままに流されていただけで、優位などとっていなかったのだ。
FEARはエサを見た猛獣のように、動きを明らかに変えた。
「おい冗談言えよ」
救急隊員に菜希を任せて、手が足りないということもなかったのでこちらに来た。それは、あの装備に何かを見出したのからなのかもしれない。
しかし、期待は立ち消えた。なんだよいきなり解除されて。ポンコツじゃねえか。
白刃から見ても、あの女が攻撃をやめてからFEARの反撃は苛烈を極めて行った。アクセルを踏んだように早く、そしてより強く攻撃を繰り出してくる。
加古は咄嗟に太もものナイフを取り出し、逆手に持って応戦する。しかし間合いに入り込むのは至難の業だった。プロペラのように、手を突っ込めば切り刻まれる。隙が隙と呼べるほど大きくなく、戦うことさえできなかった。
「くそっ」
このままでは負ける。だが逃げても意味は無い。倒さなければ、こいつはおそらく消えないだろう。
「避けろ!」
白刃が叫び、警告した。加古はどこに危険があるのかを探り当てる。
すんでのところで、視界の横から来た突きを避けた。だがそれは、もう手遅れという事の証だった。
加古は下に避けてしまった。顔面に膝蹴りを受けて、想像以上の力で弾き飛ばされる。硬いグラウンドにゴムまりのように跳ねるほど強く叩きつけられた。
「しくじった」
鼻血が出ていて、鼻を強く打った衝撃で視界がぼやけた。焦りを感じる。このままでは死ぬがそれは良くない。だが他の手を考えるほど体力があるか。
白刃はそれを見て黙っている訳にも行かず、打開策を考える。すぐにそれは見つかった。
「あれを使えば……」
走り出す。女に近づいていた黒いのより少し離れた位置にある、短剣とブレスレットを取る。
加古はゆっくり近づいてくるFEARを見ながら、逃げる手を伺っていた。もうこうなれば撤退して体勢を立て直すしかないか。
またこちらも打開のため、視線を動かすと、さっきの男があれをとっていた。
「あいつ……」
それを取られちゃたまらない。FEARの顔面にナイフを投げ、再生するまでの隙を作った。これで動きは少し鈍るだろう。
「おい! それはお前じゃ使えない!」
「はぁ?」 とぼんやりした応答を返した。
「返せ」
手を伸ばしてきたので、取られないように自分の横にそれをやった。
「あいつを倒さなきゃいけないんだろ」
横目で再生しているFEARを見る。バズーカでも持ってこれればいいが、その間に人は何人か死んでしまうだろう。
「お前じゃ無理だ。一度撤退する」
「いいや。俺がやる」
「はぁ?」
今度は加古がその言葉を言った。それに苛立ちながら、FEARの方を向いた白刃はブレスレットを手首に当てる。
さっきの女と同じように、ブレスレットは起動して自動的に巻きついた。
ブレスレットはイニシャライズ機能により、二重のロックがかかっている。一つは令人が持っている特有の染色体を検知して、そこから加古個人のデータを検知しないと、起動すらしないのだ。
そして、さっきまで加古を見ていたFEARは、餌を見つけた深海魚のように、俺のほうだけを見ていた。
唐突に走り出し、こちらに向かってきた。
白刃は素早く短剣をブレスレットにセットして、サイドのスイッチを押した。一度突進を横に受け身して避け、再度FEARを正面に捉える。
「逃げろ!」
加古の警告を無視したのは、勇気を張った無謀ではなかった。自分の中の、何かが変わるのを感じる。恐怖を感じないのは危険じゃないからだ。
黒いのが、正面から殴ってきた。それを避けて右手で腹を殴る。
感じたことの無い手応えを覚え、腕を見ると、黒いスーツに包まれていた。そこに、青いラインの入った装甲が装着される。筋肉が張り付いたような感じで、全力をずっと入れることができた。
何度かの拳の返しあいを経て、顔以外のすべてが黒いスーツと銀色の装甲で覆われた。
いきなりの出来事が重なり、気が動転していたのかもしれない。だ確かに感じた。俺はこれから、人間でなくなるのだ。
「……着装!」
決意を済ませて、その言葉を叫んだ。顔が完全に覆い隠された。青い楕円の大きな目、牙がむき出しに見える口、そして触覚。
雷がとどろいた後に、雨が降り始めた。どんな音もかき消すほど大量の。憧れに近づいているのに、それは歓迎されなかった。誰なのかは、今の俺にはわからない。
今まで正常に進んでいた運命の歯車は、今この瞬間壊された。