変身! 電気男(第3部)
遅れました。ごめんなさい。
小さな用事を済ませたあとは、かなり暇だった。高校にはもうほとんど行ってないので留年が確定したが、もうどうでもいいからやめようかな。
自堕落な思考とは裏腹に、今歩いている街はとても強固に作られた建物が立ち並んでいた。
「うーんどうしよう」
しかしバイトもないので本当にやることが全くない。家に帰って寝るくらいか。
ふとジュースでも買おうとコンビニに寄った。わざわざ安いのを買いにスーパーへ行く気力はない。
入ってすぐ、新聞が目に写った。コンビニのガラス越しに、立てかけられた白いスタンド。そこにいくつかの種類が丁寧とは言えない置き方で売られていた。
一つを覗き見してみる。あまりこういうのは読まないが、昨日のことには興味がある。
「ちっ」
場所も考えず舌打ちした。少し機嫌が悪くなり、他人の目が少しだけこっちを向いた気がした。
見たくも無いものを見てしまったと後悔する。好奇心で見たのはこっちだが、新聞の会社に理不尽すぎる恨みが湧いた。
書かれていたのは昨日の犠牲者。俺が知ってるのを抜いて、二人だそうだ。行方不明ではなく、死亡が確認されている。どうやら逃げ遅れたらしい。年齢は十八歳と九歳。
嫌な気分になったので、さっさとジュースだけ買って店を出た。
おそらくこのまま家に帰れば嫌な事しか考えなくなるので、しばらく外にいることにする。
ぶらぶら歩いていると、公園があったのでそこで休憩することにした。所々が錆びたりしている古ぼけたベンチに座る。
探しても見つからない所からセミの鳴き声が聞こえる。夏だと言うのに、子供は元気に遊んでいた。
じんじんした痛みが突然走り、昨日貫かれた手に目をやる。開いて閉じた。それを何度か繰り返す。
あの時のことを思い返す。
俺はまるでヒーローのつもりだったのかもしれない。しかし結局運が良かっただけで、俺は余計なことをしたに過ぎなかった。
あの子が助かったのはいいが、俺が行かなかったら? もっと他に捜索への人員をまわせて、あの二人は助かったんじゃないのか? 捜索はあったか分からないが、居たはずだ。感情的に飛び出して、足を引っ張ったんじゃないのか?
外はまだ暑いのに、むしろ芯は冷えきっていて、表面を熱が焼いているだけだ。温度差で、精神的なのか肉体的なのか分からない気持ち悪さが襲ってくる。
たしかに、人を助けたいという想いは間違っていないのはわかっていた。
だがその手段はない。俺の持っている手段には、理想を叶えられるものはなかった。
自衛隊や警察に入って、人を助けられるかとも考えた。だがそれは考えてみれば、不可能なのが明白な、ただの思いつきであった。
あれには命令に従い、統率を取り、そして確実に任務を遂行する能力が不可欠だ。だがいずれも俺は持っていない。素質や才能という意味でだ。
技術的な能力はもともと頭が悪いし、命令や統率は納得出来なかったら従えないだろう。それでもやる気だけはあるので邪魔すぎる存在だ。
それに、身体的に面倒のあるやつを部下にしたくない。俺ならそう考える。こんな奴に入ってきて欲しくないと。
となれば、残っている道は何も無かった。どん詰まり、切り開く場所さえない。四方八方が崖の状態ということだ。
また、大きなため息をついた。
「帰ろ」
そう決断して、すぐにジュースを喉の奥に押し込んだ。
正直もう外にはいたくなかった。出歩くみんながキラキラして見える。俺の悪い所が炙り出されるような気がしたから。
とっとと逃げるように歩き去る。電車に乗って、三十分ほどもすれば家に帰れた。
急いで階段を上がってベットに入る。部屋は散らかっていて、特定の物以外はそこら辺に適当に放り投げてあった。
布団の中にうずくまって、ようやく落ち着く。
これで誰も俺の事を考えない。俺も誰のことを考えなくて済む。
……そうして、一人のただの男が、何もせず過ごしている中、正反対の人物達が動いていた。
人類の為に動いて、誰も知らないような最新鋭の技術を使い、誰にも知られずに目的を遂行するための組織。
部屋の中でそれに一番最初に選ばれた少女が、テーブルの上でキーボードを叩いていた。それ以外に人はおらず、静かに仕事をしているだけだ。
少女、というのが非凡さを表している。まだ彼女は十六歳にして、そこまでの立場になれる実力があるのだ。
画面に映された図面には、人間の形に調整された、言うなればパワードスーツが描かれていた。顔が隠れていて、大きな複眼はまるで昆虫の目。
全身には青いラインが入っていて、装甲のない場所はスーツで守られている。
空色の髪色を持った、赤い瞳の少女、有坂 加古は、パソコンの隣に置いたアタッシュケースを手につけた。
単純に気になったのでそれを開いてみてみると、少し大きめのブレスレットと、鞘に入った短剣が黒い梱包材に埋めるように入っていた。
この短剣が変な形状で、ブレスレットに付けるのだが、そうすると殴った時に剣が相手に刺さるようになっている。柄はなく、三角形の刀身の底辺についているバーのようなものを掴んで使うタイプのものだ。
銃でいいだろうと思ったが、今までとは違う相手、それも全く知らないのだから決めつけるのは早計か。
さっきこいつに私のデータを打って、ようやく調整が完了した。起動テストも終えたし、今この場で使える状態だ。
しかし気乗りしない。こんな見た目、人間じゃなくなるように思えるからだ。実際そういう訳では無いのだが。
「……ご飯食べてこよ」
今は昼休み。私は学生で、学校から上手いこと抜け出してここに居るのでそろそろ戻らないと成績に響く。それに怪しまれてしまってはダメだ。
アタッシュケースをとパソコンをロッカーに入れて、鍵をかけた。ここの位置自体私ともう一人しか知らないが、一応念の為。
すぐにそこを出て、誰にもバレないように郊外の山にある学校へ帰った。
そうするとまだ三十分ほど時間があったので、食堂でご飯を食べることにした。発券機から券を買って出すと、すぐに出てくる。
定食が乗ったトレイを持ちながらどこに座るか考えていると、ちょうど見知った連中がいたので隣に座ることにした。
「でー? 菜希ちゃん怒ってるんだ」
「別に怒ってませんよ」
私から見たら不機嫌で何かに怒っているのはバレバレだが、菜希は否定した。
そこから続いた事を聞くに、彼の兄がこの前の出現でかなりの無茶をしたらしい。影災に抵抗心を持つ奴は何人か見たが、聞く限りではかなり度胸がある。
「……ていうか兄さんの話ばかりですね。今朝からずっと」
「興味あるんだもん」
対照的に上機嫌な様子で誠は返した。
しかし本当にこいつら正反対だな。一人は清楚で真面目なのに、もう一人は適当なアホっぽい奴だ。いつも正反対の事言いながら何やかんやで上手くやっているのは、奇跡に近い。
二人の話には入る余裕がなさそうだったので、食堂に置かれたテレビを見る。そこにはさっきの兵器に協力してくれた企業のインタビューが映されていた。
私はそれをぼんやりと見つめる。
各々が好き勝手しているが、周りとは少し壁があった。別に引かれている訳では無い。
「あの人達って……」
「そうだよ。うちの学校一番の実力者」
彼女らが言ったように、私は知らないのだがそういう扱いらしい。菜希は珍しい念動力で、重ねて一トンまでなら自由に動かせる。
誠は能力こそ不明だが、異常な身体能力とセンスの持ち主で、演習で他生徒を120人程倒した。
私は大学を出てからこっちに来たので、どうやらそれで名前が知れているらしい。能力は超感覚らしく、集中すれば相手が何してくるかわかる。
「もうそろそろ時間ですよ」
「ああうん」
次は…… 戦闘訓練だっけ。着替えないといけない。
「うへぇめんどくさい」
誠が顔からだらんと力を抜く。まだ疲れてもいないのに疲労を感じているようだった。
「真面目に受けないとダメだよ」
「別に〜 私は元々戦えるし〜」
声質が完全に嫌がっている感じだ。確かに私たちにとっては退屈なものだ。
私は満点だが、正直こまかすぎだろう。
食べ終わったのでトレイをさっさと返却し、自分のロッカーの場所に行って、そこから着替えを取り出す。影災対策部隊が実際に使っているものと同じ制服だ。もっとも識別しやすくするために色が黒いだけで、自衛隊とかの服と差異はない。
そしてもうひとつ、個人で支給された武器を持つ。基本的には伸縮性の槍などの射程が長い武器だが、結局能力や本人の使い勝手によって、色々な武器が持てることになっている。
私のは刃渡り二十センチほどの、片側がノコギリのようになっているナイフだ。対人で使うなら、極めて治療の難しい傷を残す。しかし影災だと少し硬直する時間が長いくらいだ。
更衣室で着替えて、さっさと授業の所へ行った。