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第2話 射手 19

見た瞬間、恐怖で体が固まって動かない。全く意識していなかった心臓がばくんと、一気に跳ねる。流れてくるほうを見ると、誰かが横たわっていた。ケガしているのは頭か、なら早く助けないと。


 何らかの既視感を感じながらうつぶせで倒れている女性の首を触り、血管の動きを感じ取ろうとする。しかし一向に感じ取れない。でも肌の上に水滴がある、ふやけるほどの時間はまだたっていない。助かるはずだ。


 体をねじらないようにゆっくりあお向けにする。

見覚えのある顔が伺えた。


 「阿澄ちゃん……」

 目を開けたまま気絶、死んでるのかもわからない。


しかしこんなことどうでもいい。早く救急車を呼ばないと。 


 ポケットを適当にあさると、携帯が手に掬われて、川に転がり落ちた。慌ててそれをすくい上げて、電源を入れる。


電話に119と入れ、かけようとしたが、接続ができないことを知らされる。

 

 「はぁ!?」

 なんで電話できねえんだよ。ここ街中だぞ。


焦って何度も再試行していると、携帯の時刻表示がおかしいことに気づく。月が高く昇っているのに、時刻は七時を示していた。


「こいつ狂ってやがる」

さっき落とした時に壊れたのだろうか。た

時間をとるわけにも行かない。とっととやることやらないと。


 目線を元に戻す。阿澄ちゃんがいない。


「くそっイカれてる」

また似たようなことを口に出した。


何かの思いすごしだと思い、これも携帯と同じように再試行するが、現実はゲームでは無いので当然バグということはなく、確かに阿澄ちゃんは消えていた。


正直物理学の話などわからんので、おかしいとは思ったが今は見過ごそう。


 とりあえず明かりのある場所に出よう。いつまでも水につかっているわけにもいかんし。


 淡く輝いて空高く昇っている月が、暗闇の中で唯一周りの情報をはっきりさせ、日中と同じように水面に反射する景色を映させている。それを見て、当たり前のように使っていた体が誰の物かが気になった。


水面を見て、確かめる。反射したその姿は、さっき倒れていた、阿澄ちゃん自身だった。


 姿を認識した瞬間、景色がコンクリートむき出しの廃墟の中になる。不自然に暗かった夜が、日が落ちかけていてまだ空が青く見える時間に代わっていた。現実らしい。


 頭がパンクを起こしているが、すぐにここから逃げないと。FEAR抜きにここは危険だ。

 

 森の中なのに、サラサラとした植物の音どころか、風すら認識できない。どうやら本当にラジコンを動かしているのと同じらしい。


廃墟を出ようとした瞬間、動きが止まった。しかし草は激しく揺れているので映像が止まったわけじゃない。つまり異常は近くにいる。



 後ろから首を捕まえられ、体が地面から離れていく。誰なのかが分からない。しかし人間の肌色が見えたので、足でそいつを蹴って逃げ出した。


受身をしながら振り向くと、阿澄ちゃんと同じ制服を着た女がいた。いや、この前の奴だ。


 答え合わせをするように、異形へと変化した。視界が一気に暗くなる。視界の外から黒い触手で拘束されているのに気づいたのは、完全にそこから断絶してしまった後だった。

 

頭の中が情報のゴミ屋敷だ。余計なものが多すぎて、冷静になれない。感情は昂っていないが頭で何も理解できなかった。


眼の内部がおかしくなっている。それ以外の感覚は全くもって正常だが、眼だけが暗くなっていた。

  

 「クソっ!」

 叫ぶ。せっかく見つけた答えが。

自分にはあれを見た後で冷静に考え直すだけの知能がない。


焦りに焦りを重ね、パニックになっていく。もう少しでたどり着けそうなのが、逆にそこまでの道のりを長くしていたのだ。


「落ち着いてください」

しかし、箱野郎の静止でパニックになりながらも深呼吸をして、ひとまず自分の思考を取り戻す。

ノイズがかかっていて何度もまたあせりそうになったが、二度もそうなるほど馬鹿じゃない。


落ち着くんだ、焦ったところで一刻は争えない。

 

「一体何がどうなった」

大きい息を混じらせて震える声で聞いた。


 「おそらく機械の異常です。何かの信号がつかえたのでしょう」

 「詰まったってことか……」

 改めて座り直す。青色クッションの回転いすの小さな背もたれに体重を預け、天井の電球を見た。光が強くてすぐ目を元の位置にやるが。


 「これがどうなってるかわかるか」

テーブルの上に残ったクリスタルの破片を指でつつく。少しだけコロコロと転がった。


 「データが少ないので断定はできませんが……」

 箱野郎は、ぼそぼそと脊髄がどうとか脳がどうとか言い始めたが、俺は医大生じゃないので、いらいらしながら分かりやすく言えと命令した。


 「要するに、相手の脳に干渉して、制御するための装置かもしれないってことです」

 「じゃああの質の悪い夢みたいなのは」

 「干渉するための処理だと思います」

 だから俺の記憶にない川と橋、そして突然消える体に、阿澄ちゃんが水面に映ったんだと言うことか。

それが終わった後、ようやく彼女の体と接続が完了して、動かせるようになったんだ。


疑問はあるが、そんな物キリがないのでこれと仮定しよう。


 回転いすを回し、テーブルに右ひじをつき、左足を椅子の上に乗せた。一番リラックスというか、形だけでも考えている自分を作ると、集中できる。


そして気づいた。

「待てよ、それって相手側に改造が必要じゃ」


 同意があるならさっきのようにコンソール経由で問題ないが、強制となると相手の意思に関係なく実行できる仕組みが必要だ。それは相手が自分の意識で装置を外せないことを意味する。


 嫌な想像が浮かんだ。今は脳に対しての医療は今までのように治せないものが多くなくなってきている。だが所詮病気を治せるだけで、コントロールはできない。

 

 「彼女も恐らく」

 箱がいうと、大きくため息をついてうつむく。

前のテーブル下の黒い化学繊維のカーペットをぼんやり見つめて、どうするかを考えた。


 場所はわかっている。廃墟といえばここらではもうあまりない。


ここの郊外は昔こそ影災が破壊した建物がぽつぽつあったというが、防衛設備が整いそれはなくなったし、あそこ…… 草が生えていたし、木も建物に取りついていた。森の中だ。


 「意外と近いな」

 そのまま流れるように箱野郎と自分で調べれば、すぐに出てきた。リアルタイムで事が進行しているなら、これはすぐにいかないと。


 ジュラルミンケースを取って、大急ぎでドアに向かう。街中で変身するとばれそうだが、屋根を飛び移っていけばいいだろう。見られてもそんなわけないだろで済むし。


 「ご主人!」

頭で考えすぎていて、こいつの呼び掛けに全く気づいていなかった。


握っていたドアノブに、ストラップで鍵がついたのが刺さっている。


 「ガレージに行ってください」

 この家は金持ちなのでガレージがある。それも並のものじゃない、レースカー一つぐらいなら整備できそうなぐらい。


 言われたとおりに玄関の左側にある、。義父が何かをいじっていたのか、年期の入った工具がきれいにまとめられていた。

   

 視界の端に見えた青い陰。今自分がなんの鍵を持っているかわかった。


 「部屋にないと思ったら……」

 バイザーの左目側に馬のステッカーが貼りつけられているヘルメット。


それがかかっているバイクは、とがったヘッドライトを持ったスーパースポーツタイプ、わかりやすく言うと寝そべって乗るやつだ。黒いつやのある塗装の上に、熱帯の青空そのものの色をしたラインが入っている。


 エンブレムを確認する。ninjaとアルファベットで書かれた後ろに250と書かれている。排気が「大体」250という事だ。


「よし、ちゃんと乗れるな」

これでポリ公には捕まらん。スピード違反切符は取られるかもだが。


 またがってカギを刺し、エンジンをかけると気持ちのいい音が鳴った。反響して、おそらく本来の何倍も大きく聞こえる。鼓膜が揺れている感じは、映画の音響のようで、体験できることじゃないので思わず心が躍った。


 趣味の話はともかく整備はしてあるようだ。ガレージのドアをリモコンで開けて、勢いよく出ていった。




阿澄の意識はまだ残っていた。夢を見ているように、現実の記憶と、そうじゃない妄想などの記憶が曖昧になっている。


目は暗く輝きを失っていて、冷たいコンクリートの床に体は放置されていた。風と温度が彼女の体を蝕むが、それは彼女を見た目傷つけるだけで、寒いや怖いも感じてはいない。


 「あんたのせいで……」

 理不尽な感情をぶつけてくる、また別の女は、片方の手がすでに怪物へと変化している。それに何を感じているか定かではないが、少なくとも人並みの感情を抱いていた。


 つんざくようなエンジン音が聞こえてきた。廃墟の壁に反響して、あたりにいた生き物は一斉に散って逃げた。あの男、当事者でもないのに首突っ込んでくる気持ちの悪い奴。ただでさえ教師に注意されてもイラつくのに、なんなんだ。


 「何よあんた」

 「……知らん」

適当にそう返した。どうやらこの女は相当腹が立っているようだ。


 「どうしてそんなに阿澄ちゃんをいじめるんだ。ほっとけばいいだろ」

 「うるさいなぁ……」

 もう惰性でいじめてるわけじゃないのよこっちは。ていうか、なんで今になって止めようとするんだみんな。


「誰かを殺す前に、もうこんなことやめてくれよ」

 「うるさいっ!」

知らない人間にまるで自分も当事者のような顔をされて腹が立ったのか、女は話をそこで切った。


 「話聞けよこのクソアマ!」

別に悪者にしようって訳でもないのに余計なことがたがた考えやがって。ケツ叩いて欲しいってわけかよ。

 

 着装して、両者がぶつかり合う。パワーは女のほうが上、殴り合えばこっちに勝ち目はない。


 相手の突きを足の平で受け止めると、ばねがそれを受けて自分を後退させた。


離れたのを確認して、跳ぶように立ち上がり、右手を胸の前に持ってくる。そして元あった位置にゆっくり引き戻すと、五千度の刃が現れた。


 腕を前に向けて振ると、切られた空気は水分がすべて蒸発し、一瞬でコンクリートが焼き切れた。そうでなくても砕けていて、これを食らったらただでは済まないだろう。


 それを見て怯んだFEARに突撃する。瞬間移動したのかとも思えるほどに速く、バァン! と破裂音がなった。


戦いにおいてただの素人であった女は、あっけなく一撃を受けた。その体に刃が触れた時に爆発が起きて、真後ろのコンクリートに、それが砕けるほどの速さでたたきつけられる。


「素直に分離させてもらおうか」

白刃は相手に近づいて、首元を目掛けて切っ先の照準を合わせ、一気に突き刺した。


首の、人間で言う脊髄がある場所まで届いている。だがこれは彼女を殺さずにいた。それはこの装置の本質が、相手を殺すことではないからだ。


両者はまるで時が止まったように、あるはずの少しの手の動きさえなかった。

神経が通っているなら、手や足は少しでも動く。しかしそれさえもなかった。


風の音しか聞こえない中、そこに割り込んだ装甲が擦れる金属音と共に、白刃のもう片方の手が動いた。ゆっくりとFEARの肩に触れて、グッと力をかける。


FEARから少女が、重ねた紙をずらすように横に向かって倒れる。頭をうたせる訳には行かないので、足を出して脛で受け止めた。


剣を引き抜く。FEARは壁にもたれかかっている姿勢のままで静止していた。しかしどうせ上手くは行かない。このままだとどうせ再活動し始める。


自分が呼吸を荒くし、喉を獣のように鳴らしているのを聞き、自分がかなり興奮していることを知った。だが心は冷静だ。


力を貯めて、絶対に外さないように狙いを定めながら、右手をゆっくり上げる。


「動き出す前に……」

殺す!


後ろから唸り声。だが始めたての男ができた反応はあまりにも遅すぎた。


後ろから強い衝撃が来る。振り向けば既に間合いにはいられていた。剣は振れないし、蹴りも殴りも意味をなさない。


首を捕まれ、重機かと思う程の力で締め付けられた。目がドロドロに赤く、死屍累々を思わせる。

人の感情を考えるのは苦手な俺が、感覚的にわかった。


抵抗できずに、ただ首をこれ以上締められないよう足掻いていると、銃声が聞こえた。三発のそれは全弾彼女の生の頭、胸、腹に命中して、内容物を飛び散らせる。


その場に倒れた。だが白刃の心配とは正反対に、ただ寝て起きたという感じで再び立ち上がる。傷は既にふさがっていた。

金属の弾丸が彼女の足元に三粒、ポロポロと落ちた。


「人外かよ」

木の上から、セミオートライフルで狙撃した加古がつぶやく。一秒前に排出された薬莢は虚しく眼下の草達を熱して、やがて冷めた。


「着装」

ライフルを無造作に投げ捨て、拳銃型のアービトレイターを撃った。下ではライフルの壊れた音がしたが、どうせブラックマーケットか発展途上国の、マガジンひとつ撃ち切ったら使えなくなる安物だ。


青い弾丸は木の枝から尻を外して落ちた加古を取り巻いて、装甲を付けていく。足が地面につく頃には、完全に完了していた。


森の背が高い植物を踏みしめ、走り出しながら射撃を開始する。目の前のディスプレイは、白刃を通して戦っている二体のFEARを映し出していた。


このヤケクソ同然の撃ち方でも、性能のおかげで当たる。弾が自動追尾してくれるおかげだ。狙わなくていい訳じゃないが、ある程度までなら補助してくれる。


いくつもの小さな穴がコンクリートに空き、そこから弾が侵入した。今阿澄ちゃんが狙っているのはおそらくあの女だ。殺させる訳には行かない。


弾が二人の頭に当たり、怯んだ隙に阿澄ちゃんの方を掴んで、廃墟の外へ投げ飛ばす。そのまま自分も追いかけて行った。


とうとうFEARが認識できる距離まで来た加古が、固まっていた唇を少し緩ませて、目と眉を垂れさせた。


相手は白刃の方へ行こうとしたが、こちらへ気づき、目を合わせて臨戦態勢を取った。


加古は目を合わせずに、気だるげな感じで銃口の下にあるアタッチメントから、かなり小型の、刃がアイスピックほどしかないナイフを取り出した。


腰の右側にあるホルスターに拳銃をしまって、完全にナイフへ持ち替える。


相手はその様子を見て、先手を仕掛けてきた。異常な瞬発力で迫ってきている。


「はいダメー」

柄についたスライドスイッチをオンにすると、骨を削るような音が聞こえてくる。しばらくすると耳あてがそれを消してくれるが、なんの対策もない相手には聞こえていた。


相手はさっきのキレはどこへやら、耳を抑えてその場で立っているだけになっている。それもすぐに崩れて、もうしゃがんでしまった。


「便利だなぁこれ」

普通なもう気絶してるのがこの程度とは、そりゃこれ無しじゃきついはずだ。


「おっと」

つけっぱなしだった暖房を消すような感じで、加古は音を切った。

後ろに人がいる。音には向きをつけていたからいいが、戦闘中に向いたらさすがにやばい。特に成長途中の人間には。


少し残念だ。せっかく楽できると思ったのに。


「じゃあ普通に戦うか」

後遺症で耳が聞こえなくなっているFEARの首根っこを掴み、持ち上げる。おそらく反射だろう、みぞおちを蹴ってきた。


わかっていたので蹴りを入れる体制になった直後で相手を地面に落とす。逆にみぞおちを踏みしめてやった。全体重が乗ったその攻撃で、完全に敵の意識を削いだ。


FEARに体を向けたまま、頭の方へ移動する。立ち上がろうとしているが、下半身の骨が砕けでもして動けないのだろう。


頭の上にしゃがみこんで、こめかみあたりを掴んで胸の前に持ってくる。何をしようとしたか察したのか、手足をじたばたさせているが、それはさしずめ、鷹の足に捕まった状態の小動物。ミスすれば逃げれるが、私はミスをしない。


かわいた、弱々しい音とともに、FEARの動きは止まった。脊髄を曲げてしまえば動物は殺せる。


加古が立ち上がると、あれだけ強かった体は儚く消え去っていった。体内にあったであろう黒いクリスタルは途中で地面に落ち、ボロボロの紙粘土のように砕けた。


ポケットにそれを拾い集めて、さっき白刃が分離した女の様態を見る。


「気絶してるだけだな」

脈はあるし、息もしてる。打撲があるといけないから、救急車は呼んでおこう。


ヘルメットの無線で通報した後、装甲がひび割れているのに気がついたので、少し触ってみる。だがそれだけで砕け散ってしまい、変身が解除されてしまった。


「……めんどくさ」

また不具合か。

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