第2話 射手 18
「おいこのクソアマ! 舐めてるなら女だろうと容赦しねえぞ!」
容赦なく怒声を浴びせる。それでもビビってるだけだったので、壁に叩きつけて首を押えた。
歯ぎしりして、怒りを抑えようとしているのか。
至近距離で女の顔を睨んだ。なんでお前が俺を怖がっているんだ。
バイクのエンジン音が聞こえる。しばらく足音を聞いていると、その主が話しかけてきた。
「おい、落ち着けよ」
「うるさい! 黙れ!」
逃げないように壁に押さえつけたまま後ろをむいて怒鳴る。またこの憎たらしい声だ。いったいどんな正対してたらそんな声になると。
「1回離してやれ。そんなにビビらせてたら話せるものも話せないだろう」
その言葉で八十度ぐらいに冷静になった白刃は、手を離した。ロープで腕は縛ってあるし、逃げ出したらぼこぼこにすればいいや。
加古は何故そこまで怒っているか分からないので、問いただす。
「なぜそんなに怒ってる」
「何が」
「その子はただの人だろ」
「違う」
強く突き放すように否定した。こいつがそうやって扱われるのは許せない。
「こいつは俺を襲ったFEARだ」
しかしそれも違う。俺はFEARだからこんなに嫌っている訳でも、襲われたからこんなに怒っている訳でもない。
ずれた会話でだんだんひずんでいくのを察したのか、一度二人とも黙る。
「白刃。何があったのかわからないが」
加古は落ち着いているので、一度両者の思考をリセットさせるために場を変えることを提案する。
身振りをしながら白刃が脅していた女に近づこうとしたとき、白刃の目から見てなぜか突然動きが止まった。その時加古は警告を叫びながら、自分の迂闊を後悔した。
白刃は何とかそれをよけ、短剣をブレスレットに装着した。電撃が溢れ迸り、変身の準備が完了したとき女はもう手の中を離れていた。
「クソが。おめえが邪魔しなかったらよかったのに」
悪態をついて怒りが沸き上がるが、正直またギャアギャアいう気力もなかった。言いたいことはさっき言ったし、あいつは馬鹿ではない。
「ごめん」
「うるさい」
それはそれとして、素直に謝ってほしくはないが。
「で、あの子は誰なんだ?」
そういうと、横にいた誠がずっと回していた赤いビデオカメラを渡して来た。
「その中にある動画みてみろ」
白刃が急かす。
「動画……?」
探すと、ファイルの中に動画が一つしかなかったのでそれを再生した。
「見にくいなぁ」
カメラの手ぶれ補正をつけてなかったのか、グラグラ揺れている。
しかし、目の前はちゃんと捉えていた。コンクリートの陰に隠れながら見えるものは、さっきの女の子と…… なんだこれ、白い変なのだ。
「この白いのなんだ」
「わかりゃ苦労しねえよ」
どうやら彼にもこの淡い光を出している、形状が不明瞭な人型の正体はわからなかった。まるで幽霊みたいだ。
「そうか」
「あいつがそれとFEARについて話してた」
そう言われると同時に、おそらく彼が言っているであろう内容と同じものがカメラから聞こえてきた。
その次に、スピーカーから阿澄への罵倒が飛んできたのはびっくりしたが、腑に落ちた。これがあいつがあそこまで怒っていた理由だな。しかも中途半端な罵倒じゃない。人格否定はもちろん、阿澄の周囲の人間にまでやっている。常習的にしている奴の言い方だぞこれは。
嫉妬されることはよくあったが、さすがにここまでは…… 中学生って怖いなぁ。
「とにかく、これで阿澄ちゃんじゃないことは証明できたはずだ」
「……いや、違う」
動画を最後まで見終えた加古が結論付ける。
「違うって何が」
「この映像だと、FEARの形状が前でてきた物と一致はしている。でもこれは片方の物だ。証明はできない」
二人いたほうの。
「分身じゃないのかよ……」
落胆してため息をついた。
最悪だ。こいつの能力はわかっていたから、それをあてにしていたのに外れるなんて。
「ごめん」
「クソっ!」
加古を殴る訳にも行かないので、近くにあったドラム缶を蹴り倒した。うまくいかない。
いや、収穫は収穫なんだ。まだ彼女の無実は分からないが、気づかずに通り過ぎていたかもしれないことに気づけたんだ。怒っている場合じゃない、もっと近づかないと。
「よし、あの女の場所を」
「私が探す」
こんどは積極的に加古が割り込んできた。
「はぁ? さっきまで乗り気じゃなかったくせに手柄が見つかった途端」
「違う。私のせいであの女を逃がした。私がする」
少し納得がいかず唸ったが、ちゃんとやってくれるならいいだろう。
実はそれもあるが、もっといえばあの女を見つけた時に彼に殺されそうな勢いだったからだ。信用していない相手に重要な証拠を任せる訳には行かない。
「お前は阿澄とやらを探せ。彼女もFEARかもしれない」
ひとまず阿澄という逃げ道が既にあったのは好都合だ。手柄を横取りしたい訳じゃないが、さすがに奴は感情的すぎる。重要な証人や証拠は丁寧に扱わないと。
「私はここで調べ物がある」
「じゃあ任せたぞ」
よし。邪魔者はいなくなった。
薄暗い廃墟の中を見渡すと、赤く怪しい光が見えた。明らかに人工のものじゃない。
「なんだあれ……」
光源はガラクタに隠れて見えない。確認のために、今度は失敗しないよう警戒しながら向かった。
下から眼だけを出して覗いてみるが、光が強すぎて形状が判別できない。
解析のために、さっき貰った拳銃型のアービトレイターを取り出し、起動させた。ビデオカメラの画面のような透明のディスプレイを横に出し、光を遮断する。
発光体の形はまるで鍾乳洞のつらら石のように尖っていて、なおかつ硬そうだ。
フィルター代わりのディスプレイを外すと、いつの間にか光が収まっている。ゆっくりと手を伸ばして、触れた。
……別に何も無い。そのままアービトレイターの近くに持っていき、解析する。
「解析不能?」
ディスプレイに出たのは、相当特異な物体であることを示すその文字だった。確かに簡易的な分析装置だが、解析不能なんてのはまず既知のものでは、それこそ研究所でしか出ないものぐらいしかない。バグの可能性もあるし、帰ったら見てみるか。
袋持ってたっけ。
サイドバックの中を探し始めたとき、後ろのクリスタルがまた赤く光り始める。それに気づかないまま続ける。
クリスタルは浮遊して、加古のうなじ付近に到達する。
強烈な痛みの後、頭の中に何かが入ってきた。最初は感覚だけで感じ取っていたが次第に理解したそれは、一枚の全く身に覚えのない写真。
「……なんだよ今の」
大丈夫だよな、これ。
「あれ、おにいさんもう帰るの?」
「いや、もう遅いし。お前は寮だろ?」
時刻を見るとすでに夕方の五時半だ。よい子は家に帰る時間だし、ましてこいつには門限とかあるだろ。
「別にいいよ。成績いいからある程度は好き勝手やれるし」
それを聞いて驚愕した。
人のことは言えないが、こいつ自分が令人なのをいいことに自由にしてんなあ。仮にも警察組織なのにあれ。統率とかそういうのは……
「いいから帰れ。大人は色々面倒なんだよ」
「え〜 私もおにいさんの家に泊まる〜」
うわ最悪。そういうと思った。
「それはもっとめんどくさいからやめろ。近い日に女を二人も家にあげたら等々勘違いが酷くなってくる」
「やだやだ。あの子だけずるい」
「ズルくない。早く家に帰りなさい」
軽く言い合っていると、ぴろんとスマホの通知音が鳴った。自分のを確認したが、どうやら違うようだ。
「用事あるんだった」
メールを見た誠が目を一瞬見開く。さてはこいつ、何かしらやな用事だな? どうせこの後寮の人に怒られるんだろ。
「おう。じゃあさよならだな」
よかった。これで追い返す理由づくりもしなくてすむ。確かに来てほしくはないが、「くんな」 というと心が痛む。ほら、ちっちゃい子供をあやす時に強い物言いはしないだろ。
「じゃーねーおにいさん」
誠は少し寂しそうな顔をして、挨拶をした。
ちょうどT字路で、彼女は別のほうに歩いていく。あっちは駅のほうだ。
「ただいま」
なきがそれを返す暇もないほどの速さで、家に帰ってくるなり自分の部屋に駆け込む。もらったジュラルミンケースを開けて、説明書を取り出した。
すぐに開いて、あるページを開く。自分でも驚くほどの速さで読めた。
説明書を畳んでジュラルミンケースの中に投げ入れた。安心した。
いざと言う時は、今のを使えばいい。
とりあえず保険が取れたので、さっきの女から奪い取ったものをポケットから取り出して、きれいに片づけたテーブルの上に置く。
「なんだこれ」
真っ黒なクリスタル。ぱっと見おもちゃとかそこらへんだが、それにしては先端がとがりすぎている。
あの箱野郎を呼び出すと、「ぼてぼてぼて」 とかいいながら規則的にいちいち止まって椅子の足元まで転がってきた。拾い上げて、テーブルの上に乗せる。こちらも透明なことを除けば、パソコンみたいだ。
「お前眼どこ?」
「ちゃんと見えてますよ」
「これ何?」
透明の箱の中から、かなり細い銀色の腕が出てきた。クリスタルに触ると、そこから自分の前の空間によくわからない文字で書かれたディスプレイが表示された。
「見たところ…… なにかのリモコンのようですね」
「リモコン?」
そんなものをあの女がなぜ持っている。第一何の操作をするのだ。
「操作と言ってもこれは、頭で操作するものですね」
頭で操作する。つまりは自分の体を動かすように、対象を動かせるということか。
「じゃあ俺に繋いでくれ」
「なんでそうなるんですか」
「そうしたらわかるだろ、なんのためのものなのか」
「そうですけど……」
神経接続のロボットとかだったらどうするんだ。あるわけないけど。
迷いなくクリスタルを触ると、目の前の視界が光の三原色だけになり、それが水に溶けるようにしていろいろな景色を構成していった。
「川かな……」
水量があまりなく、堤防さえない川の橋の下に立っていた。思い切り足が濡れているが、冷たくはない。
ここじゃ暗すぎる。日が落ちかけていたので、橋の下から出た。
「……赤い」
水が赤い。赤いものが流れている。
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