第2話 射手 16
ここまで加古さんの出番ほとんどなし
射手要素もなし
「おにいさん!」
呼びかけても、完全に無視される。それどころか呼ぶ度に足が速くなるのを感じた。
「おにいさん待ってよっ!」
止めるために何度も呼びかけて、それでも止まらないので叫んだ。それに観念して、ようやく彼は止まる。
「まったく」
ようやく振り向いた。誠の顔は少し紅潮している。
「なんだよ」
「なんだよって…… おにいさん怒ってるから」
「別にいいだろ」
「良くないもん」
「だって、おにいさん何も考え無しに言ったわけじゃないでしょ」
「当たり前だ」
「じゃあみんなに説明したら、きっとわかってくれるよ!」
「無理だな」
にこにこしていた誠が、眉をひそめて少し困ったのがわかる。
「あいつらがそんなことに手を貸すわけが無い」
確実性に欠ける、と言うだろう。証明に何時間かかるかも分からないんだから。
やり場の無い感情を逃がすように、爪がくい込むほど握りしめた。俺より優秀なくせに。俺よりいくらでも努力して、素質も才能も持っているくせに。なんで力があるのに、理想を叶えようとしないんだ。
(クソが……)
気づけば手からは血が滴っているが、すっかり自分の中に入ってしまった俺は気づかなかった。
「おにいさん、大丈夫?」
前に出てきた誠の言葉でハッとする。確かにムカつく連中だが、今はキレてる場合じゃない。一刻も早く解明しないと、手遅れになる。
すぐ感情的になる自分にため息をつきながら、前に進もうとする。
「だめだよおにいさん」
誠がサッと前に出た。通せんぼでもしてるのか。
「もうどけよ……」
肩を押して進もうとすると、地面に刺さった杭のように動かなかったので、こっちが後ろによろけた。
力いっぱい倒そうとするが、全く倒れない。何度やっても、ずらすことも出来なかった。
「はぁ…… はぁ……」
疲れた。そういえばこいつ令人だったわ。
「えへへ。観念した?」
「腹立つなぁ……」
えへへじゃねえよ邪魔しやがって。一体何をして欲しいって言うんだ俺に。
「通して欲しいなら、私のおねがい一個聞いて?」
あやす様な声で言ってきたので、またイラッとする。なんで年下に対して主導権握られてるんだ俺は。
「いやだ」
速攻で断った。どうせ俺が考え直す事を期待してるんだろう。でも俺が間違ってたか確定的にわかるまでは、考えを曲げるつもりなんかない。曲げちゃいけないんだ。
「えー どうしよっかなぁ」
「考えるぐらいならさっさとどけ」
時間ないのに。決めるならさっさと決めろよ。
しばらくすると、顔がさっきにもまして明るくなって 「そうだ!」 と叫ぶ。
「おにいさん、私にも調べ事手伝わせてよ」
「は?」
予想していた事とまったく逆のことを言われて、耳を疑う。
「なんでそんな事を」
「えー? 別に、私が居なくてもあの二人だけで全部できるし」
「それでもさぁ」
思ったより分からないぞ、こいつ。なんで俺にそこまで構うんだ。
「あそこにいるべきじゃないのか?」
反抗しようと思ったらやけに協力的で、しかもこれといった理由が見当たらない。少し不気味で引いてしまう。
「いいから! おにいさんと一緒がいいの!」
「言い訳が雑すぎんだろ。小学校の班決めじゃないんだぞ」
まだ食い下がると、さすがに怒ったのか頬をハムスターみたいにして喉を鳴らしてきた。
「おにいさんは私がそんなに嫌いなの……」
「いやまだあって二週間いかないぐらいだし」
「でも毎日あってるじゃん。そんなこと言わなくてもいいじゃん」
肩を強ばらせて睨んでくる。ちょっとだけ涙が浮かんでいた。
「わかったわかった。いいよ別に」
だんだん気分が沈んでいってるのを感じた。これ以上意地をはってると面倒なことになる。
「やったー!」
喜ぶそばで、少し不安になった。こいつと一緒にいるといつにも増して疲れそうだ。ただでさえ体力が無いのに。
「じゃあ教えてよ。おにいさんが追いかけてる証拠」
「ああ……」
何を見せて欲しいか察して、ポケットから取り出す。
「これだ」
少し断面が焼けた、切断されている布を見せた。
「布切れ? うーん……」
それを見て、誠は考え始める。心の中に、これの記憶があったような気がした。
「昨日、FEARに襲われた時にこれが落ちていた」
白刃はあまり気にせずに話を進める。
まだその時の怪我が痛い。アービトレイターは防御性能は高いが、衝撃はあまり緩和されないのだ。致命的でない怪我ぐらいはする。
「これがどこの学校のか調べたい。まずはそれが最優先」
「……ちょっと待って」
そっと誠はスマホを取り出した。なんかあるのかな。
しばらくして、誠が口を開いた。
「それ前行ってた学校のかも」
白刃はそれを聞くと食い入るようにスマホを覗き込んだ。
携帯には、相変わらず手が隠れるほど長い袖の、ピースをした誠が映っている。制服のリボンは赤い。今持っているこれも赤い。
よく見ると、リボンにマークが描かれていた。それと同じものが、この画像にもある。
阿澄ちゃんの制服は今俺が持っている。なのでこれの持ち主は彼女じゃない。別の誰かだ。阿澄ちゃんが襲う前に制服に着替える理由はない。もしそこまで用意周到ならとっくに俺は死んでいる。
(まさかこんなに早く……)
正直、かなり乱暴に決めたことだった。証拠になりうる物があってもどこを見ればいいのか分からない、それに警察のような専門知識もないから、無理だと思っていたが。
運に助けられはしたが、これはいける。少なくとも、あいつは阿澄ちゃんじゃない。しかし……
(あの子は誰だ)
最初の戦いの時、流れ込んできたあの憎悪。考えれば考えるほど、それが彼女に思えてくる。
「これでひとつ私のお手柄だね!」
「ああうん…… ありがとう」
無意識に素直な感謝が漏れた。
「えっ? 今おにいさんありがとうって言った?」
にこにこしていた誠は釣りで当たった時のように逃さず、その言葉をすくい上げた。白刃の頬が赤くなる。
「おにいさん意外と素直なんだね〜」
さっき不機嫌になりかけたとは思えない。唇をあげて、ニヤニヤした顔して上目遣いで見てくる。
「うるさい。とにかく、その学校に行くぞ」
今確認できているFEARは二体。他にいる可能性はあるにはあるが、DRSが管理しているデータでは二体なので、信頼はできる。
そして可能性があって、なおかつ俺が知っている人間は、阿澄ちゃんか、リボンの持ち主か、最初に話した子。
殺したいほど憎いんなら、相応の出来事があったはず。あの年代の子なら、それは学校で起きるはず。嫌いな相手には、普通自分から会いに行かないからな。