第2話 射手 15
すぐ切れる若者
「つまり、お前が保護したその子がFEARだったと」
「ああ…… そうさ!」
壁に拳を叩きつける。焦りが増大してきていた。せっかく終わせられそうだったものを、みすみす逃してしまった。俺はバカだ。もっと日常にも注意を払っておくべきだった。
「おにいさん。落ち着いて」
「落ち着いてるよっ! クソっ!」
壁を今度は思い切り蹴る。金属製の強固な壁なので、凹みすらしない。そしてまた何度か殴りつけると、血が滲んできた。
少し変色した手と、痛みで落ち着いたのか、白刃は翻って基地を出ようとする。
「待て。どこに行くつもりだ」
「調べたい事がある」
「駄目だ」
即答で答えた加古に、ゆっくりと振り向く。
「なんだと」
「FEARは私一人では倒せない。お前がいなきゃ困る」
「黙れ。天才なら一人でどうにかできるだろ」
「話をすり替えるな。お前にはちゃんとした仕事がある」
「……本当に俺を苛立たせる」
拳を握りしめた。目が少しずつ、いつもとは違うものになっていく。無意識に歯が潰れそうなほど噛みしめていた。
「ふざけるなっ!」
「冷静になれ、白刃。彼女は正しい」
「……あんたまで!」
突然割り込まれひるんだが、またそっちにも激昂する。
「FEARを野放しにしておけば、大勢の人を傷つけるかもしれない」
「そんな事あの子はしない!」
「わかった気になるな。たかが一日知り合っただけの子を……」
言葉につまる。これでは彼女がやらない証明ができない。なんなら人を襲う可能性は、彼女を殺すに足りる。
「あまりわがままを言うな」
「わがままだと……」
完全に冷静さを失っているのか、噛みつかんばかりの勢いだった。
「人の命をわがままで済ませるのか! やっていいわけねえだろ!」
「このっ!」
どすどすと威圧感を持った歩みの末、胸ぐらを掴まれ顔を近づけられる。
「いい加減にしろ! 喚くなら後でやれ! ここはそういう場所じゃない!」
「真面目に考えろよっ!」
白刃は、もはや聞く耳もたない状態だ。
殴る強さで、奨の胸を押して振りほどいた。
「何を……」
白刃に睨まれているので、奨も睨み返した。自分は怒っている。しかしそれは正常な感情で、普遍的なものだ。しかし、自分と同じ状況の彼の目からは、明らかに違うものが渦巻いていた。
怒りなどよりもっとドス黒い、人が一番触れたくないであろう何かが。
「能無しばっかかよ……」
そういうと、もう止められないと諦めた加古を後目に白刃は部屋から出ていった。
険悪な雰囲気が漂う。その中の一人、誠は戸惑っていたが、白刃を追いかけるために部屋を出た。
怒った彼は怖かったが、それ以上にもっと深い恨みと恐怖を感じた。このままではいけない。そう直感的にわかったからの行動だった。
「大丈夫ですか」
一方加古は、少し胸が痛んでいる奨に声をかけた。
「ああ…… 大丈夫」
適当に答えた。実は全く大丈夫では無い。それはこの痛みでも、FEARに対する懸念でも、まして彼に悪口を言われたことでもない。焦りだった。
不味い。予想よりも、遥かに彼の力は強い。物理的にでは無いが、全力でやって止められるかどうかだ。あまりにも適性が高くて、もしあの力を手に入れてしまえば、止められなくなってしまう。
何としても、それまでに調和させないと。