第2話 射手 14
その日の深夜。まだ阿澄ちゃんは俺の家にいた。別室で寝ている。どうやらあのことがあっても、帰るつもりは無いようだ。
「ぜんっぜん思いつかねえ……」
机の上で悩んでいる。テーブル以外の電気を全て消しているのは、その方が集中できるからだ
ノートには、絵と連想ゲームが書かれていた。白刃のアービトレイターに似た、しかし少し現実的ではない、銀色と赤の戦士だ。
「やっぱりかっこいい名前はそう簡単に出てこないなぁ……」
どれもこれも、頭の中に焼き付いているから全然違和感がないが、自分で作ると違和感ありありだ。
うーんうーんと悩んでいると、玄関のドアが開く音がした。今は一時。今は両親も帰ってきているので、誰も来ないし、出ないはず。
「泥棒か……?」
無警戒なのは、アービトレイターを常につけているからだ。
リビングに降りていく。しかし、泥棒ではなかった。なら誰が出ていった?
菜希は違う。あいつは真面目だから、いつも十時に寝て、六時に起きている。両親も、仕事が明日はないので寝放題のはず。わざわざ出ていく道理もない。
「阿澄ちゃん?」
外に出てみる。ドアを開けると、大きい窪んだ土地が見えた。水が下に溜まっている。
左右の確認をしても、誰もいない。彼女はどこに行ったんだ。
「おい。箱野郎」
「ふぇ…… なんですかご主人。もう寝る時間はとっくにすぎてますよ」
「阿澄ちゃんを追え」
「はいはい……」
ブレスレットの地図に、彼女の位置が表示された。スキャンの範囲が結構狭いので、近くにいそうだ。
反応を追っていく。しばらく続けていると、後ろ姿が見えた。
「阿澄ちゃん!」
呼び掛けるが、応じない。走っていった追いかけるが、追いつけなかった。彼女は歩いているのに、それどころか、見えなくなってしまった。
地図の反応が消える。おかしい。まだ範囲からは出ていないはずだ。
「消えた……」
夢なのか、現実なのかもわからなかった。異常なことが起きている。
戻る訳にも行かない。しかし彼女の反応がない。
「どうすれば……」
その時、どこかから獣のような唸り声が聞こえた。この日本で飼えるような動物の声ではない。
一気に張り詰めた呼吸になり、あたりへの感覚を研ぎ澄ませる。何か危険なものが迫っているのがわかった。
近づいてくる。一体なんなんだと思ったが、その正体はすぐにわかった。
「FEARかっ!」
気づいた途端、襲いかかってきた。その黒い身体は夜に溶け込んで、赤い目しか見えない。
「着装っ!」
攻撃を受け止めて、腕を固めて動けないようにした。状況証拠しかないが、阿澄ちゃんである可能性は限りなく、いや、ほぼ断定できるほどだった。
「やめてくれっ!」
呼びかけるが、あざ笑うように首をもたげて、聞いてくれない。
「うわぁっ!」
無理やり振りほどかれて、かなりの速度の突きを喰らった。両者の距離が離れる。
「クソっ!」
思い切って、アービトレイターの出力をあげる。死なないギリギリの所でやれば、抵抗できなくなるはず。
閃光が走り、見えないほど速く近づいて殴り付けた。FEARの変身が解かれる。
が、白刃の体が動かない。体力不足と、あまりにも強い衝撃のせいだった。逃げていく少女を追うことが出来ない。
「どうして……」
動かないが、呼びかけることは出来た。なぜこんなことをするんだ。まだ俺より年下ですらある、普通の女の子のはずなのに。
彼の目の前には、布切れが少し落ちていた。