第2話 射手 11
スランプ中
「白刃くん」
ふいに、ある少女の声が聞こえた。
白刃 十束は夢を見ていた。しかし当然彼はそれに気づいていない。
「白刃くん」
「どうしてお前が」
人が生き返ることはまず無い。それも体さえ残っていないなら尚更だ。だが目の前には、確かに彼女が存在していた。
彼は薄く分かっていながらも、それがおかしいとはあまり疑わなかった。
「やっと気づいてくれた。全くもう」
少女は嬉しそうにしたが、逆に白刃はそっぽを向いてしまった。
「白刃くんこっち向いてよ〜」
「なんでそんなに軽い……」
「どういうこと?」
「俺を恨んじゃいないのか」
今目の前にいるこの子が死んだのは、俺のせいだ。俺が強くなかったから、あの時。
崩壊した建物と炎のフラッシュバック。大したことじゃなかったはずなんだ。誰もが無理だったわけじゃない。令人のような能力があったら確実に助けられたんだ。
「どうやって私が君を恨むの?」
「俺のせいで」
その話を彼女は止めた。それで白刃は話しにくそうになってしまう。
「全く…… 仕方ないなぁ」
急に抱きしめられる。暖かい彼女の体温が伝わってきた。
「やめてって」
「だーめ。君が本音を言うまでずっとこうだからね」
気がつけば、心の底から安心していた。今は難しい理屈も、遠い夢も、汚い自分にも向き合わなくていい。
白刃には、彼女が唯一の光だった。
「はっ」
眠っていたのから起きた。視界がぼやけていて、いつもより多く涙が出ているのがわかった。
部屋は散らかっていて、車のポスターは床に落ちていた。足場がかろうじてあるという感じだ。
「眠っむ」
若干意識が不明瞭なまま階段を降りて、ダイニングに向かう。
菜希と阿澄は先に起きていた。両親が居ないのは仕事が早いからだろう。何やってるかは知らないけど。
「女性比率高っけえなぁ……」
なんかゆく先々で女にしか会ってない。DRSはまだ仕方ないとして、これはちょっと、刺激が強いというか。
「開口一番それですか」
「いいだろ別に。ていうかお前、今日学校じゃないの?」
「阿澄さんがいるので。お休みにしてもらいました」
「一体何を想像されてるんだ俺は」
「ひとまず悪い人ではなさそうですが、いつ間違いが起こるか分からないので」
酷い。菜希には俺が一体どんな色ボケに見えるんだ。
「ほら早く食べてください。予定を作っておいたんです」
「待て、聞いてないぞ。なんのだ」
「阿澄さんと仲良くなるための物」
「用意周到だな……」
今更追い出す気にもなれないので、どうせなら仲良くなろうと菜希は考えた。なのでとりあえず、一緒に色々なことをすれば自分も彼女に対しての抵抗感は薄れるだろう。
「俺昨日も遊んだんだけど?」
「妹の買い物に付き合うと思って、我慢してください?」
「えーやだよ面倒くさい」
「これだから兄さんは。そういうのモテませんよ」
「うるさいんじゃ。第一イケメンじゃない時点でモテないんですよ〜」
「仲良いんですね」
気づいたら仲間外れになっていた阿澄が言った。
「これが仲良く見えるのか」
「そうじゃないんですか?」
「いやぁ兄さんと私はそりゃもう血の繋がりを超えた……」
「愛なんて芽生えてねえよ。義理とはいえ妹に恋愛感情抱くほど落ちぶれてねえわ」
「やっぱり仲良しじゃないですか。いいコント」
『だっ違う!』
結局、菜希の言葉で強引に連れられて、一緒について行く事になってしまった。
女の子の行くところは分からない。服屋とか行って二人ともはしゃいでいるが、一体何が楽しいんだろうか。菜希はノリノリだが、阿澄は少し恥ずかしがっているし。
白刃は少しつまらなさそうに頬に手を当ててそれを見ていた。
「兄さん! 可愛いですよね」
「ああ…… まあ」
「見て見て」
着替えが終わった阿澄を見させられる。
まじかよ……
結構可愛い。ゆったりしたブラウスに長いスカート。それだけだが、あまりオシャレな女の子を見ない自分には結構強かった。
「まあオシャレなんじゃない」
はぐらかす。
やばいやばい、惚れっぽいのがここでも出たか。ちゃんと自制しないと。
「なんですかそれ。そういうの良くないですよ」
腰に手を当てて菜希は怒ったような顔をする。
「どういえばいいねん」
「いいですか? そういうのは」
彼女がそう言いかけた時、サイドバッグに入れていた携帯が鳴った。
「ちょっと外すわ」
一度店の誰もいない場所に行く。
「誰だよこんな時に……」
普段俺に電話かけてくる人間なんて家族以外には少ししかいない。友達とも基本メールでやり取りしてるし。
「加古かよ、出たくねえな」
スマホに映された名前を見て苛立つ。しばらく硬直した後、ようやく電話に出た。
「もしもし?」
「出るのが遅いぞ、何やってた」
加古は自分の机に手を当ててもたれる。
「遊んでた」
「遊んでばっかだなお前」
「うるせえな。それで? 何の用だ」
「FEARの事だ」
一気に白刃に緊張が走った。今一番欲しい情報が、もしかしたら手に入るかもしれなかったからだ。
一度深呼吸して、話し始める。
「何かわかったのか」
「わかった。確証はないけどな」
なぜ彼女がそう言ったのかなど疑問に思わなかった。
「教えろ」
「湿草 阿澄という人間が怪しい。」
「はっ?」
何も考えずに、声に出てしまった。
「どうした」
「なんでもない」
咄嗟の判断で動揺を隠す。それは理屈など何も考えずに、「こいつに真実を言ってはいけない」 という直感だった。
少し間を置いた後に、加古はデータを送ると言ってきた。直ぐにスマホにダウンロードの通知が来る。
「切るぞ」
「わかった」
加古のマイクから聞こえてきていた雑音が途切れた。その後に携帯の
「ふぅ…… 焦ったぁ」
唐突に色々な情報が流れ込んできて、今でも半分くらい混乱していた。心臓もまだ速く動いている。
「一回見てみるか……」
そう思って送られてきたファイルを開いた。