第2話 射手 10
「つ…… 疲れた」
全力疾走で、しかも女の子を引っ張ってきたので、もうそろそろ限界が来ていた。さっき荷物を置いたベンチの前で、力なく倒れ込む。
「あかんて」
予想以上にやばそうな状況だった。刃物をあれ程までに恐ろしいと思ったのは初めてだ。それに一体あんな物を使って何をしようとしてたんだろうか。
うつ伏せになっている中で思い出すと、ふとさっきの女の子が気になった。
「おい、大丈夫か?」
立ち上がって、自分の後ろで尻もちをついている少女に近づく。この近くの学校の生徒なのか、少し扱いの悪そうな制服を着ていた。ところどころ汚れているし、少しシミになっている場所もある。
でも痛がっていないし、目立った傷もないので心配は必要なかったようだ。手を引っ張って立たせる。
「災難だったなぁ」
白刃は少女が頷いた後に、震えているのに気がついた。
しかし、「どうしたんだろう」 としか思わず、泣き出しているのには気づかなかった。少女は泣き出してしまう。しかもそのまま抱きついてきた。
(はっ!? ちょまって)
突然の出来事に、恥ずかしさと同様で頭の中がフル回転する。どうにかしてこれをやめさせたいが、その方法は全く分からない。どうしようどうしようと思うことしか出来なかった。
「落ち着いた?」
「はい」
二人とも荷物を置いてあったベンチに座っていた。
少女が深くため息をする。それはさっき、名前も知らない男に抱きついてしまったことによるものだった。
「破廉恥な女だ私……」
「ああさっきのことか」
白刃はまた少し恥ずかしくなったが、それよりも気になることがあった。あれが泣きつくほど怖かったかといえば、そうでも無いと思い、少し違和感があった。
「別に気にしてないぞ」
とりあえず疑問は放り投げた。
「そうですか……」
相手からはいいと言われても、自分では割り切れなかった。
「そうだ。自己紹介してなかった。俺は白刃 十束」
「阿澄です」
苗字は言わずに、阿澄は名前だけを伝えた。
「で、ここからどうするん?」
「あっ」
阿澄は何も無い方向に視線を向けて、しばらく考えた。
「帰ります」
「ダメだ」
「えっ」
即答で白刃が反対する。いや、別に下心があって言ったわけじゃない。連中とはまた会いたくないだろうし、今度は逃げれるかも分からないからだ。一人で帰るのは自殺行為。
とはいえ、さすがにこっちが恥ずかしくなった。思ったことを後先考えず口に出すのは、昔からの悪い所だ。
「えっと、今のはそういう意味じゃなくて」
「はい」
「危ないから、ダメって意味。OK?」
さっきの発言で困惑した阿澄は、ちゃんとした意味があった事を理解し、安心した。
しばらく阿澄が次の言葉を考えている時に、白刃は唐突に話を切り出した。
「どうせ帰りたくないんだろ」
白刃は少し意地の悪い言い方をした。
「えっ」
「わかるわ。不良が財布すら持ってなかったし、制服のままだし。何よりこんな遅くまでこんなところで出歩いてる学生なんか、いるわけねえだろ」
もう十二時になりそうだ。流石にここまでの時間になると、店も閉まってるから、やんちゃしたいやつしか外に出ない。でもそんなことするなら制服は着てこないはずだ。俺なら私服でやる。
「……バレちゃいました」
「そりゃバレるん」
阿澄は頭の後ろに手を回して、やっちゃいましたみたいな仕草をしている。
「でもどうするの?」
「知らないです」
少し頭の悪い質問をしてしまったと思った。計画的に家出する奴なんかそうはいないだろう。感情的になってるからそういうことをする。
「もう遅いし、サツに行って」
そう言った瞬間、阿澄は強く拒んできた。大声で 「それはダメです」 と言って。
「……わかった。ごめん」
白刃は無理やり警察に行かせることも出来たが、それをしなかった。問題の先延ばしにしかならないからだ。今はいいかもしれないが、問題を残したまま家に帰しても、また同じことか、それよりもっと過激なことをするかもしれない。
「すいません……」
阿澄はきつい物言いになったことを謝罪した。
「どうしようか……」
考える。これで放っておいて自殺でもした日には、一生後悔することになりそうだ。もうそんなの嫌だ。
白刃はしばらく、人より深刻に物を考えた。
「そうだ」
頭の中で燻っていたアイデアが、色々と振り切ったことにより鮮明になった。
「ウチこればええやん!」
落ち着いたら一回帰って話し合って、嫌になったりしたらまた少しこればいい。話し相手がいないなら俺がなればいいし、別にあの人達も許してくれるだろう。問題は菜希だが、今入院しているので大丈夫。
「……いいんですか?」
少し期待が宿った目で、阿澄は白刃を見た。
「いいよ! 部屋ひとつぐらいならあるし!」
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