変身! 電気男 (第1部)
息を荒らげながら、通りを走っていく。いつもは哀愁を漂わせ、一日の終わりを感じさせるはずの夕焼け空は、惨劇のような血の海を連想させた。
「くそっ」
俺はただがむしゃらに走っていた。避難所の位置は知っているが、そこは今の目的地ではない。かと言って目的地が明瞭な訳ではなかった。
背景が動く度に、いつあれが目に映るかと心配する。
影災。人型の災害。白い外皮に赤い鋭利な爪を持つ、肉食動物と人間を混ぜたような怪物。突然現れて、突然消え去る。
「あの子は……」
そして今俺は、それから友達の妹を助け出すという目的のために、避難所を飛び出しここまで来ていた。警報がなった時の喧騒ではぐれてしまったらしい。
離れてはいないだろうから、ここいらにいるはずだ。
「おーい! 有咲ちゃん! どこだ!」
バレる覚悟を決めて、大声を出した。奴らは来なかったが、誰の反応もない。
もう七歳なので言葉はわかるはずだ。
どこかに隠れていると考えて、近くのゴミ箱を開けた。しかし全くいない。
建物を一つ一つ見回す。だが一向に進まない。積まれたゴミ袋や、ほとんど全ての収納を見るなど家宅捜査もかくやというほどの勢いで探したが、やはり見つからなかった。
焦っている時に、鳴き声が聞こえてくる。女の子のものだ。呼吸を止めて、耳に手を当てる。首を振って方向を確かめた。
「そっちか!」
今いるとこの二階だ。強く、引き寄せられるように階段を上る。
ドアが壊れるような勢いで開けた。もはやタックルにも近しいだろう。
「居た!」
廊下の奥にある部屋で泣き叫んでいる。怖かったんだろう。
左手の壁が消えた時、ぴちゃ、と水音がなった。しかし蛇口は近くにない。
赤い水の水源に目を向けると、女の人が死んでいた。従業員だろうか、制服姿だ。まだ若いその目は焦点があっておらず、貫かれたのだろう、腹に空いた三つの穴から血が流れ出していた。
まだ暖かいし、固くない。ついさっき死んだのだろう。ついさっき、彼女の命が無くなった。ほんの数分前に。
「見るな」
有咲ちゃんの目を塞ぐ。バイトだったんだな、この人。それでこうなったのか。
……もっと早くついていれば、何とかできたのか。
不可能を考え、嫌な気分のままそこを後にした。
無力感を覚えながら、重たい足を全力を振り絞り動かした。意外にも速く、避難所への見覚えのある道が見える。パズルのようにどこにいるかが明確になっていった。
もうすぐ避難所に着く。だが油断はできなかった。
前に見えるのは大軍。奴らは人が集まる場所に集まる。避難所には人が集まるという当然を、狙ったかのような習性だ。
しかし、集まらないわけにはいかなかった。あの人のように、一人では影災にあっという間に殺されてしまう。例外を除き、それはまた当然だった。
「いいか、俺があいつらを引き寄せるから君はあそこまで一気に走れ。そうしたらお姉ちゃん達に保護してもらえる」
今言ったお姉ちゃん達というのが、例外の事だった。
令人という特別な力の持ち主。人より何倍も身体能力が高く、その中には本物の超能力を持っている奴もいる。影災がこの国を滅ぼさなかったのは、彼女らの活躍のおかげでもあるだろう。
物陰から出た。地下鉄までの通りに、奴らがいる。
「おい! てめえら!」
一斉にこちらを向いたが、怖気付いている余裕はなかった。
それを見て、防衛を担当していた令人の一人が焦り出す。
「兄さん!?」
「ほら早くしろよ!」
有咲ちゃんが走り出したのが見えた。影災がそれに全く目もくれていないのを見て、安心する。
数十体いる影災は、こっちに向かってきた。これで死んでも、別にいいだろう。
それに、俺には強い妹がいる。
「ああもう! 馬鹿!」
憤りながら投げられた鎌は、ブーメランのように影災の集団へ突っ込んでいった。飛行機のエンジンに巻き込まれる鳥のように、影災がどんどん死んでいく。
奴らの血なのだろうか、粉が飛び散って、体にかかった。黒い砂のようなもので、直ぐに落ちてしまうほど乾燥している。
「……怖いんだからな」
死んでもいいが、死ぬのは怖い。しかしその心配ももう無くなった。
鎌の持ち主 白刃 菜希は疲れ果てている。彼女は念動力であれをやったが、精神力と体力がかなり削られるのだ。
「ごめん迷惑かけて」
歩いて近づきながら、大声で謝罪した。
「そんなこと…… いいですけど」
「でも!」 と語気を強めた。こっちへ近づいてくる兄に、胸ぐらを掴みそうなほどの勢いだ。
俺が無茶したことへの説教を聞いていると、残っていた影災が白刃の後ろにいるのがわかった。
「兄さん!」
残っていた力で、ナイフを投げてくる。頭を下げて、それをかわした。影災の顔面に刺さるが、一瞬の硬直だけでまた動き出す。
その隙を見計らって、引き倒した。ナイフを抜いた時、馬乗りにされてしまう。
歯ぎしりし、全力でこらえた。爪がこちらに来ている。顔面に。
咄嗟に右手で受け止めた。爪は貫通して、感覚は途切れる。
「このぉ!」
危険と判断し、俺の体はアドレナリンを出した。それで無理やり動かせるようになったので、ナイフで脇をさし、今度はこちらが馬乗りになった。
刺さったナイフを抜いて、今度は顔に。卵を潰すようなイメージで、全力で何度もやった。
大声で叫びながら、涙さえ流して刺す。影災も体のあちこちに傷があり、重要な器官は潰れている有様だった。
「このっ…… このっ」
動かない影災を、壊れたおもちゃのように繰り返し刺していると、突然死体が消え去りナイフの切っ先を地面に突き立てた。
顔を思い切り地面にぶつけ、頭が冷える。呼吸は今までに感じたことの無いぐらい荒くなって、視界はモノクロに揺れていた。
既に影災はさっきのを残して居なくなり、元の平穏が戻っている。救急隊の人がこっちに来ていた。
右手から血を吹き出して、膝をついている放心状態の十七歳なんて、救助隊じゃなくても異変に気づくだろう。無様な様だとうっすら思う。
気絶したように、地面に倒れ込んだ。