9.アルフレッドの思惑
突然聞かされた、幼なじみのエヴァに降ってわいた婚約話。
相手は王太子のクリストファー殿下だという。殿下の婚約者に幼なじみが選ばれて、誇らしい気持ちがある反面、エヴァが手の届かない存在になる事実はショックが大きい。
先日のお茶会では、婚約者候補を選ぶはずではなかったのか?数名選ばれた中から、正式に婚約者が決まる、そう聞いていた。
王妃様が『王太子妃に相応しい』と選んだそうだけど、果たして真実はどうだろうか?対外的に見ればエヴァは高飛車でワガママな令嬢のはず。
その態度も、淑女として教育されたことを精一杯背伸びして頑張っているだけなんだけどね。
エヴァも、喜んでいるのだろうか?
なんにせよ、エヴァと殿下の婚約が決まった今となっては、僕に出来ることは何もない。
いや、待てよ。もしかしたら……。
「突然訪問してしまい、申し訳ありません」
「いや、いいんだよ。だが、折角来てくれたのに、今日はバザーに行っていてね。もうすぐ帰ってくると思うから中で待っていてくれるかい?」
エヴァの父、ロラン・ドゥ・レイ伯爵に挨拶をする。
エヴァにお祝いを伝えに来た、と言うと中で待っているように言われた。
「へぇ。バザーですか?」
「そうなんだよ、今まで苦手だった刺繍を急に頑張りだしてね、アンナも驚いていたよ」
「刺繍をですか?それはまた……。とにかく、王太子殿下とのご婚約、おめでとうございます」
客間に案内され、ロラン伯爵と他愛もない会話をする。しかし、本当に苦手だった刺繍をするなんて、やっぱりエヴァは……。殿下との婚約を喜んでいるのだろうか?
「それがね、デビュタントまでは王妃教育を頑張るから、殿下との面会を控えたいと言いだしてね。まあ、不敬を承知で伝えたところ、それでも構わないとお返事をいただいてね。エヴァの性格では王太子妃など務まらないと思うんだけどね」
“ブフッ”
思わず飲みかけた紅茶を吹き出すところだった。
まあ、ちょっとだけワガママなエヴァらしいと言えばらしいけど、父親であるロラン伯爵から見てもエヴァって……。
いつも努力しているエヴァが王太子妃なんて務まらないはずがないんだけどね。
普通であれば、王族との婚姻は貴族にとって名誉なことなんだけど、ロラン伯爵は名誉よりエヴァの幸せを願っていることが窺えた。
これでこの婚約に関しては、伯爵が全面的に喜んでいるわけでもないことが分かった。
「もし、エヴァが婚約破棄されたらアルフレッド君が嫁に貰ってくれるかい?」
“ブーッ”
『吹き出すところ』じゃなく、今度は盛大に吹いてしまった。
貴族社会で婚約破棄された令嬢は、傷物として結婚が遠退くのが一般的で、エヴァとしてもそれは醜聞に違いない。その相手がましてや王太子ともなれば、世間のバッシングは免れないだろう。
でも、そうなってくれた方が僕としても好都合だけど。
できれば『婚約破棄された傷物令嬢』って称号がつかなければもっといいけど。
「そのときは、喜んで」
そのあと、帰って来たエヴァにカーテシーで挨拶される。そこまではいつものエヴァだった。
「こんにちは。エヴァ、聞いたよ。クリストファー殿下の婚約者になったんだってね」
エヴァには『おめでとう』なんて言ってやらない。
その意味に気づいてはくれないだろうけど。
「ありがとうございます」
淑女らしく微笑むエヴァは、婚約が嬉しいといった表情ではなく、どことなく義務で返事をしたようにみえる。
「ついでにデビュタントまでは殿下との面会を控えるって、さっき伯爵から聞いたよ」
「そうですわ。今までのわたくしでは、王太子妃など務まりませんから。お妃教育が終わるまで、とお願い申し上げたのです」
いや、これどう見ても建前だろ。こういうときは、『わたくしが殿下の婚約者になれるなんて夢のようですわ』とか、言いそうなものだけど。エヴァが、この婚約に乗り気でないことは一目瞭然だった。顔が笑ってない。何を考えてるのやら。
「そうかぁ。エヴァも、いろいろ考えているんだね。エライエライ」
思わず頭を撫でてしまった。
やはりこの前のお茶会事件の後から、エヴァの人格が別人のようだ。それでもあのときのエメラルドグリーンの瞳の輝きは変わっていない。
「エヴァ、何かツラいことがあったら、僕に言うんだよ」
「それでしたら、私が婚約破棄されたあかつきには、お嫁にもらってくださいませ」
さすが親子、発想がここまで同じとは……。
冗談めかして笑うエヴァに、
「じゃあ、早く婚約破棄されておいで」
と、返事した。そのときのエヴァは本当に自然な笑顔をみせてくれた。
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