75.
「エヴァ様、あれは何でしょう?」
街を見て回っていると、ロザリンドが一つの建物を指差した。
私にはただの小屋にしか見えないのだけど、ロザリンドがどんどん先に行ってしまうので慌てて追いかけた。近寄ってみると、そこは何の変哲もない物置小屋だった。
外から閂を掛けられており、私には何も違和感を感じなかったのだけど、ロザリンドは小屋が気になるようだ。
「ロザリンド、この小屋がどうかしたの?」
「エヴァ様、この小屋……おかしいですよ。中を調べてみましょう」
ロザリンドが感じた違和感が何かは分からない。だけど……。
持主には悪いとは思ったけど、勝手に閂を外し中を覗く。
だけど……。やっぱり普通の小屋だった。
「私の思い過ごしだったのかしら?」
ロザリンドが呟きながら、小屋の中のものをあれこれ触っていると、ガタンッと音を立てて衣装箱のようなものが動いた。
「何か凄い音がしたけど?」
「エヴァ様、見てください。これ……。衣装箱の下に穴がありますよ」
ロザリンドのいう通り、衣装箱の下には人一人がやっと通れるくらいの大きさの穴が現れた。
「ちょっと……!」
私が止める間もなく、ロザリンドは穴の中に入っていった。
「エヴァ様、奥まで続いていますよ。行ってみましょう」
「あ、待って!」
ロザリンドを見失ってはいけないと思い、続いて穴に入る。しゃがまなければならないくらいの狭い穴を、ロザリンドはまるで知った道のように戸惑うことなく進んでいく。
この先がどこに続いているのか分からないのに、なんでこんなに進めるの?
「ちょっと、ロザリンド!?どこまで行くの?」
「エヴァ様、お静かに」
毅然とした口調で言われてしまって、黙るほかなかったけど、その間にもロザリンドは奥へと進む。
そして……。
「エヴァ様、出口のようです」
急に視界が開けたと思ったら、そこは街の外れだった。
「随分と離れたわね」
他に何も思い浮かばなくて、ただの感想をのべてみる。
「そうですね。こんなに離れたところに出るなんて……」
ロザリンドも、ビックリしたように言うけれどその口調は違和感しかない。
「ロザリンド、何か隠してない?」
問い詰めるけど、ロザリンドはシラを切った。
何かモヤモヤしたまま夜を迎えた。
翌朝、加工業者の男が約束の時間に現れない、とミゲルが知らせにきたので、周辺を探していると街の一角がやけに騒がしかった。
珍しく人集りができていて、その中心には昨日の加工業者の男がいた。
ただし、明らかに生命の危機的状況で。
手足を縛られ、腹の辺りから血が出ている。
その血をみたとたん、私の中で何かが弾けた。
ルディスタンの国王が襲われた時のように、何かが身体中を巡る。
そこからは無意識で、スカートの裾を破いて出血部分にあて、圧迫止血。生命の徴候の確認。意識もまだあったが、非常に危険な状況であることは変わりない。
誰かが医者を呼びに行ってくれたのを確認する。
そして、医者が到着した後、自分の手が血塗れになるのも厭わず、圧迫している布を代えたり、脈を測ったりして看護に徹した。
ようやく止血し、加工業者の男性が一命を取り留めたことを確認できたところで、ハッと我に返った。
私、今……。
「エヴァ……」
アレクシス様が呟やく。
でも、記憶が戻ったわけではなくて、無意識で……。
それを伝えなきゃと思う反面、この場でそんなことを言ったら他の人たちに不審がられる。
とりあえず、目立って仕方がないので場所を移動した。
「エヴァ様、見事でしたね」
ロザリンドとミゲルが驚きを隠せないでいるけど、笑って誤魔化すしかなかった。
「加工業者の男性に危害を加えた犯人は、おそらく麻薬の取引をしている人物だと思う。今のでエヴァの顔が知れたから、気をつけて」
「ええ、分かったわ」
「で、記憶が戻ったわけではないようだね」
アレクシス様が囁いた声に無言で頷く。
「そうかぁ……」
何が切っ掛けで記憶が戻るのか分からないけど、人の血を見たとき、身体が同じ反応をした。
何かが身体中を巡る感覚。無意識のうちに行われた止血。
私がもし、前世の記憶を全て取り戻したら……。
考えたって、今はどうにもならない。




