62.
「ミゲル様、クリストファー様のお供で一緒にご留学されていると思っておりましたのに、何故こんなところにおいでなのですか?」
金髪碧眼の華奢で可愛らしい女性が、私たちがここにいることを知り訪ねてきた。一体どこから情報が漏れたのか分からないけど、何にせよ要注意だわ。
ちなみに行方不明の殿下は、表向きは外国に留学していることになっている。
「おや、あなたはセラスティーア嬢ではありませんか。そちらこそ何故こちらに?」
聞けば、このセラスティーアはここの領主、ユリウス辺境伯の長女だそうで、ミゲルとアレクシス様は先日顔見知りになり、ロザリンドは行商でユリウス辺境伯邸に出入りしていたことから知り合いなんだとか。
「嫌ですわ、ミゲル様ったら。私はミゲル様らしき人を見かけたとお聞きして、クリストファー様がお帰りになられたのかと思いまして、わざわざ会いに来たんですのよ?クリストファー様はご一緒じゃないのかしら?それにしてもこんなところにお泊まりにならなくても、我が家にお越しくだされば宜しかったのに」
ユリウス辺境伯の長女ということは、あのランシュアの妹よね。何か色々突っ込みたいんだけど、ここは大人しく事の成り行きを見守ることにした。
「まあ、ちょっとした事情もありまして。君のお兄さん、ランシュア殿もまだ王宮にいらっしゃるしね。それに、私たちがここにいることを君に告げる密偵もいるようだね?」
ミゲルは彼女のマシンガントークに対抗すべく、柔和な笑みでセラスティーアを窘めた。
「あら、私はただクリストファー様にお会いしたかっただけですわ」
先日、ミゲルやアレクシス様がユリウス辺境伯邸を訪れたときは、殿下も一緒だったはず。その時、彼らの間で何かあったのかしら?やけに殿下のことを気にかけているみたいだけど……。
「そういえばお兄様は元気にしておりますの?」
話の風向きがあまり良くないような雰囲気になってきたわ。ここでランシュアの詳細を聞かれても答えられないわよ。
「ええ、ランシュア殿はお元気ですよ。恋人のジョエルと一緒にいますしね」
アレクシス様が話に割り込む。
っていうか、恋人が男だってバレちゃうんじゃないかしら?
「あら?そうでしたの?それで?あの二人は結婚出来ますの?」
ん?この口振りからすると、セラスティーアはランシュアの恋人のことを知っているような……。
「まだ、この国でも同性婚は認められていないからね。難しいんじゃないかな?それに養子縁組をしようにも、辺境伯が許してくれるかどうか……」
何か……知らない間に話が飛躍してない?
「そうですわね。それでしたら何としてでも私が王太子妃にならないといけませんわね。私は殿下をお慕いしておりますし、殿下も満更ではなさそうでしたもの」
え……?何それ。どういうこと?
「あの時の殿下のお優しい眼差し、忘れられませんわ」
何よ、その意味深な発言は。二人の間に何があったというの?
「それに私の身を懸命に案じてくださって、とても私のことを愛してくださっているからに違いありませんわ」
いや、ちょっと、かなり気になるんだけど?一人でどんどん殿下に愛されていることを語るセラスティーアに、あの時の感情が甦った。嫉妬という名の……。
だって、殿下が出立される前の日には、私を後ろから抱き締めて、『愛してる』って言ってくれて、き、キスマークつけられて……。それなのに、どういう事なの?
「セラスティーア嬢、君は何か勘違いをしていないか?」
アレクシス様がセラスティーアのトークを遮る。
「あら?何のことですか?」
「あの時の殿下は、危険な任務の最中で、女子供が付いていっていいようなものではなかったんだ。身を案じるんじゃなくて、足手まといになるから断ったんだ。そんな単純なことも分からないなんて、何が王太子妃だ」
「そんなこと、直接クリストファー様に聞かないと分からないじゃありませんか。それに私が王太子妃になって、同性婚を世間に認めさせないと、兄が幸せになれないんです」
「…………。ちょっと話を整理しましょう。セラスティーア様」
「あら、あなた、どなた?」
今頃私の存在に気付くなんて、どれだけ周囲が見えていなかったのかしら?
まあ、いいわ。
「初めまして。私はロザリンドの妹のエヴァと申します。以後お見知りおきを。ところで、今の話ですと、セラスティーア様は、お兄様の幸せのために王太子妃になろうとされている気がしてならないのですが……」
「ええ、そうですわよ」
「それでしたら殿下のことはどれくらいお好きでいらっしゃるのですか?」
内心、穏やかではないけど、平静を装い聞いてみる。
「そうですわね、んー?確かに見た目は素敵な方ですけど、お兄様には負けますわね。私と同じ金髪碧眼の兄は、美の象徴ですわ。それに私のことを思ってくださるのもクリストファー様より、お兄様の方に決まってます」
それかなりのブラコンじゃないですか。
ちょっと脱力した。
「それでは、この国で同性婚が認められるようになれば、セラスティーア様は王太子妃にはならなくて良いのですか?」
もしかして……、もしかしなくても、その可能性があるんじゃないかと気付いてから、確かめずにはいられなかった。
「もちろんですわ。私の目的は、同性婚を世の中に認めさせ、お兄様に幸せになって欲しいのですから」
「セラスティーア様はお幸せにならなくても良いのですか?」
「私の幸せはお兄様の幸せですから。それに少しですけどクリストファー様をお慕いしてますから平気ですわ」
うん、分かった。多分そんな気がしてたわ。
「とりあえず、クリストファー様が留学からお帰りになられましたら、王太子妃候補として名乗りをあげますわ」
かくして、嵐のようなセラスティーアは去っていった。




