58.
アレクシス様の言葉は乾いたスポンジが水を吸うかの如く、私の心を満たしていった。
胸の奥が熱い。だけど……
プラチナブロンドの髪に、アメジストパープルの瞳、優しく私を抱き締めたあの腕が恋しくて仕方がない。
殿下……。今、どこにいるんですか?早く帰ってきて、私を抱き締めて。
そうしてくれないと、今はアレクシス様に引き寄せられてしまいそうで……。
心の中では決まっている答えを言えずに戸惑う私を、アレクシス様が抱き締めた。
ずっと、感じていた懐かしさは、前世の夫だったから。
この私を包み込む腕も、懐かしいとは思うけれど……。
「エヴァが、クリストファー殿下を想っているのは知っている。でも、誰にも奪われたくないんだ。エヴァ、愛してる」
「ごめ……なさ……」
もう、涙を堪えることが出来なかった。アレクシス様の気持ちは嬉しい。前世も今世でも、私を愛してくれて。
でも、その気持ちには応えられない。
「いいよ、分かっていたさ。でも、もしクリストファーが帰ってこなかったら……」
「万が一でも殿下が帰ってこないなんて、そんなこと……言わないで……ください」
「……そうだな。悪かった」
そう言うと、アレクシス様は私の頭をポンポンと撫でた。
「殿下は帰ってくるよ、必ず。エヴァの元にね」
アレクシス様の力強い言葉は、何だか本当にそうなる気がする。
「エヴァ、俺はいつでも君の味方だからな」
「アレクシス様、ありがとうございます」
アレクシス様はもう、『めぐみ』と呼ばない。だから、この話はこれで終わり。私が16歳で死んだと思っていたけど、28歳まで生きていて、アレクシス様の前世の人と家庭を持っていて、夢を叶えていた。それが分かっただけでも、嬉しかった。
「やっぱり、最後まで前世の名前で呼んでくれなかったな」
どこか遠い目をしながらアレクシス様が呟いた。
「ありがとう、諒くん」
アレクシス様の言葉に呼応するように、スルッと紡がれた彼の前世の名前。記憶はないんだけど、"諒くん”と呼んでいたような気がして……。
するとさっきより強い力で抱き締められた。
「やっぱ、お前を諦めるなんて無理。クリストファー殿下が帰ってきたら、正々堂々と奪いにいくからな。覚悟して」
や、何ですか。そのセリフ……。
思わずドキドキして顔が熱くなる。もう、心臓に悪いわ。
「今は、これで我慢しておく」
と、額にキスを落とされた。
「あ、アレクシス様?」
ドギマギするのは、仕方ないよね?
誰かに言い訳じみてる気がしないでもないけど、アレクシス様に解放された時には、腰が砕けて立ってるのがやっとだった。
大人の魅力、破壊力半端ないわ……。
「お嬢様、ロズウェル商会のロザリンド様がお見えです」
アレクシス様と入れ替わるように、ロザリンドが訪れた。
「お久しぶりです、エヴァ様」
久しぶりに見るロザリンドは少し窶れた感じがした。
「お久しぶりね、ロザリンド。少しお痩せになりましたか?」
いつもの覇気もなく、目の下に隈ができている。
「ええ、少し仕事が立て込んでまして……。あ、でも、アガザ……ルト国から仕入れた、元気が出る薬を飲む……と徹夜でもヘッチャラなん……ですよ?」
少し呂律が回ってない。何か違和感を感じる。
「その薬って安全なの?」
「ええ、ハーブで作られてるか……ら安全だって話でしたわ」
「ハーブ、ですか?」
ハーブと一口に言っても、色んな種類があって中には過剰摂取が毒になるものもある、と聞いたことがある。
多分、これは看護師時代の記憶に違いないんだけど、どのハーブが毒になるかなんて憶えてないしな……。聞いても分からないだろうけど……。
「何て言う種類のハーブですか?」
興味を持ったフリをして尋ねてみた。
「え、と……。何だったかしら?確か麻科の植物です」
「麻!?」
真っ先に思い浮かんだのは、リネンとヘンプ。丈夫な繊維が採れて、手芸する際の使い分けになるから憶えていたけど、ヘンプは大麻科の植物だ。それがアガザエルトでは流通しているの!?
「あ、エヴァ様、この薬のことは内密にって、言われてまして……」
ヤバいヤバいヤバいヤバい。アガザエルトといえば、ランシュアとジョエルの命を狙っている国。この件、私が関わってはいけない。でも、ロザリンドをこのまま放っては置けない。
「エヴァ様?」
「あ、ああ、そうなのね。秘密にね。ねえロザリンド……。あなた、今日は何の用でうちに来たの?」
ロザリンドの用件がはっきりしない。精神異常を来している……。いつから?
「あら?何だったかしら?ドレスのデザイン……は出来てるし……?」
「アンナ、至急アレクシス様に連絡をして。王宮にロザリンドを連れていくわ。スーザンは先に王宮に連絡を。メリー馬車の用意を」
もし、この薬が本当に麻薬だったら、私の手に負えない。でも、その可能性はかなり高い。
私の指示に侍女たちはテキパキ動いてくれた。




