54.その頃のアレクシス
ミゲルから届いた報せは、ランシュアが国境に来たときに、身柄を確保し王宮へ連行せよ、とのことだった。
「と、いうわけで大人しくしてくれないか?」
報せの詳しい理由は分からないが、ランシュアの身柄を確保した。
「なぜ私が?何かの間違いでは?」
と、ランシュアはしきりに訴えていた。
ウィリー団長はランシュアと行動をともにするなかで、何故か途中で強烈な眠気がさして、間の記憶がないとのことだったが、殿下からの手紙を見せるとランシュアの確保に協力してくれた。
その他に手紙には、王弟を名乗る者が現れた場合、ランシュアと引き合わせないように注意し、丁重に王宮までお連れするよう書かれていた。
一体どういうことなのか想像もつかないが……。王弟殿下は小さい頃に死んだと聞かされているし、それがルディスタンでは常識となっていたのだが……。
暫くして、王弟を名乗る者が現れ、兵と共にルディスタンに攻撃しようとしたところで、こちらは丁重にお連れする意志があることを伝えたら、あっさりと兵を下がらせた。
全くもって訳が分からない。それにしてもランシュアがここに来て小一時間が立つが、クリストファー殿下が一向にこちらに来る気配がない。仕方ないので、王宮へ向けて出発することにした。王弟を名乗る男は、素直に俺たちについてきてくれた。
アガザエルトが攻撃してこないことが分かり、第二騎士団精鋭部隊も引き揚げることになった。
騎士団が、王弟と名乗る男を取り囲むようにして馬を歩ませる。
傍目に見れば護衛しているように見えるが、その実、その男が逃げ出したり、怪しい動きを見せたらすぐに取り押さえられる配置だ。
男は年の頃で言えば、陛下よりやや若い位。精悍な顔立ちをしており、その瞳は紫色をしている。
ルディスタン王家の男子にしか受け継がれないはずの、そのアメジストの瞳……。この男は本物なんだろうか……?
ウィリー団長は途中で急激な睡魔に襲われたことを不思議がっていたが、確かに団長ともあろう方が任務の途中で寝入ってしまうことは不自然極まりない。
もしかしたら、何か睡眠薬のようなものを使われた可能性がある。男の挙動に注意しながら王宮へと帰った。
「第二騎士団、ただいま帰還いたしました」
王宮に帰りつき、ウィリーが陛下に帰還の報告をする。
謁見の間には陛下とミゲル、数人の護衛がいた。
ここで辺りを見回しても、クリストファー殿下の姿は見当たらなかった。
「うむ。よく帰った。して、王弟を名乗る者はお前か?」
陛下の冷めきった視線が王弟を名乗る者に注がれる。
自分に向けられているものではないと分かっていながらも、その威圧感に思わず身震いしてしまう。
恭しく頭を下げていた男が顔を上げ、紫色の瞳が陛下を見据えた。
「そなた、名は?」
「ジョエル・ル・ディスト。義弟の名をお忘れですか?」
男が発した名は確かに亡くなった王弟殿下の名前だった。
「その証拠は?」
陛下は動揺を見せずに続けて質問する。
「この紫色の瞳が何よりの証拠です」
自分の瞳を指差し、堂々と答える。
「そうか。最近は偽物が出てきてな、少々困っている。そなたのその瞳が本物かどうか確かめさせてもらう。聖女をここに」
「はい」
透き通るような声が響き、白い衣装を着た女性が姿を現した。ベールを目深に被っているので、その顔は良く分からないが、その白い衣装はウェディングドレスを彷彿とさせる。
「すみませんが、目を良く見せてはいただけませんか?」
「は?何を言っている。側に寄るな、無礼者ッ!」
聖女が少し近づいただけで、この反応……。
「ジョエル、この者は我が国の聖女だ。人の目を見ることで嘘を見破る力がある」
聖女なんてこの国にいたか?何、その聖女設定、初耳だ。
「目を、良く見せていただかないと分かりません」
聖女が畏まって言う姿が、本当に神聖なものに見えてくる。そしてベールから零れた一筋の髪はハニーブロンド……。
まさか、エヴァなのか?
「もしかして、その瞳に何か入っているのですか?」
少しずつ、ジョエルに近づく聖女。その顔はまさしくエヴァだった。
エヴァが聖女ってどういうことだ?
「っ寄るな!」
ジョエルが慌てて後退りする。
「あら、白眼が赤くなっていますね。何か異物が入っているときの症状です。異物を取り除かなければ……」
「そ、そんなもの入ってない。これは私の眼だ!」
尚も後退りするジョエルにエヴァは何かを翳した。
「すみません、手荒な真似はしたくなかったのですが……」
「うわあああ、眼、眼がぁー!」
ジョエルは顔を押さえ、叫び声をあげた。
エヴァの手に握られていたのは………………玉ねぎだった。
ここまで玉ねぎの刺激臭が届いてきた。ってか、玉ねぎって……。
みじん切りにされた玉ねぎが目に滲みたのか、ジョエルの眼から涙が零れていた。
そして“カツンー”と何かが落ちる音がしてそれをエヴァが拾い上げると、顔を押さえていたジョエルの、指の隙間から見えた眼は、すでに本来の色であろう、緋色になっていた。
「これが入っていたんですね。もう大丈夫ですよ」
エヴァが微笑みながら言うと、ジョエルは懐から短剣を取り出した。
俺が止める間もなく、奇声をあげながら陛下に向かって突進していった。
「危ない!」
エヴァが飛び出してジョエルに体当たりする。カランという音と共に落ちる短剣、陛下の右腕からは血が吹き出していた。
体当たりされて転がったジョエルを護衛が取り押さえる。
「早く止血しないと!動脈を切ったようだわ。清潔な布と包帯を!急いで!」
エヴァの言葉に弾かれるようにして、側に控えていた数名が謁見の間を飛び出していった。
その間にもエヴァは、スカートの裾を破り、陛下の腕に巻き付けテキパキと処置を行っていた。
「めぐ……」
その姿が前世のめぐみと重なり、思わず前世の名前を呼んでしまった。




