52.
ほどなくして現れたのは、正装した男性だった。厳つい風貌のどこかで見たことのある男性。いつもと違う雰囲気だったからすぐにわからなかっけど、ガラス工房のご主人だわ。
あ、カラコンを作ったから、この人まで罪を問われるの?
「陛下におかれましては……」
ご主人が陛下に挨拶をしているけど、すごく落ち着き払っておられる。普通の平民なら、王宮に来ただけでもオドオドする人が多いのに……。
「陛下、お待ちくださいませ。私が頼み込んで作っていただいたのです。この方に罪はありません」
陛下に嘆願する。この人は私に言われるままカラコンを作ったのだから、その責任は私にあるはず。
「エヴァお嬢さん、大丈夫。心配することはないさ」
「それでも、私がこんなことお願いしなければ……」
言いかけた私に、ご主人は首を横に振った。
「さて、お前たち。目の中に入れるガラスについてだが……。どこでそんなものを思い付いたのだ?」
…………。前世の記憶とか言えるわけないし、そんなこと言ったらそれこそ不審に思われる……。アンナは、信用していたから教えたけど……。
「……クリストファー殿下が街に行かれる際に、変装用にあったらいいなと思い、こちらのご主人に相談しました。以前より、小さくガラスを加工していただいておりまして、もしかしたら出来るのでは?と思った次第です」
「紫色で作ったのは私です。お嬢さんからは色の指定はありませんでした」
私を庇うような発言に、思わずご主人を見上げる。
「目の色だけでは、何も分からないし変わらない。そう思いませんか?義兄上」
「そうだな、義弟よ」
私やミゲルをはじめ、回りにいた側近たちもポカーンとしている。
今、義兄上って言わなかった?陛下も義弟って……。何かの聞き間違いじゃない?
それでも二人はさっきよりも表情が柔らかくなり笑いあっている。
「ほら、義兄上、あまりエヴァお嬢さんを驚かせ過ぎですよ」
いや、何それ?思考回路が停止しそうだわ。
「あの、どういうことでしょうか?」
話が見えなくて躊躇する。
「驚かせてすまないな、エヴァお嬢さん。私は陛下の義弟だ。目の色が紫色に見えるのは太陽光を浴びたときだけで、屋内だと黒く見える。それが原因で母の不貞を疑われたがそれは事実無根だ。小さい頃は目の色なんて気にしていなかったけど、成長するにつれて私の目の色のことで母が辛い目にあっていると知り、王宮を出ようと母に持ちかけたんだ」
そこまで話すとご主人……いや、王弟殿下は微笑んだ。
王弟殿下とは知らずに接していて、色々と注文していたけど、とんでもなく失礼じゃない。
私は慌てて王弟殿下に頭を下げた。
「そんなに畏まらなくていいさ。私は王位継承権を放棄しているからね。あのガラスをお嬢さんから作るよう言われたときは驚いたが……」
「お前のその瞳が、紫色であることに気付いたのは処刑される直前だったな。もっと早くに気付いていればお前たちに苦労をかけることもなかった」
陛下が項垂れて話す。
「義兄上、私は今の生活に満足です。あの時、義兄上が先王に掛け合って下さったお陰です。それに私は義兄上のことをいつも気にかけてくださっていた。それだけで十分なんです」
「いや、お前に王位継承権を放棄させることが、逃がす条件だった。表向きは殺されたことにしておいて、争いの種を潰していた。そして当たり前に受けられるはずの王宮での暮らしを奪った。あの時は既にお前の母上の不貞疑惑は
収拾つかないほどに広がっていたしな」
陛下はそこで一息ついた。
「それなのに、数日前より偽者の義弟が現れたとアガザエルトで噂になっていると情報が入っていてな。お前が紫色のガラスで作った物が盗まれたと、報告した直後だったから調べさせていた。ミゲルの報告では辺境伯の長男、ランシュアが繋がっている可能性がある」
辺境伯?アガザエルトとの国境近くの?
「まあ、私も遊び半分で紫色の物を作ったのは悪かった。そんなものなくても、クリストファー殿下は私が叔父だとすぐに気付いたけどな。しかし、それをすぐに悪用しようとするってことは、前々からアガザエルトに何か策略があったのではないですか?」
王弟殿下が陛下に向き直って、話を続ける。
「前々からアガザエルトが策略を立てていたと言うより、そのランシュアって人が企んでいたと言う方がしっくりきませんか?」
つい、話に割り込んでしまった。慌てて口許を押さえるけど、後の祭りだ。
「良い、話してみよ」
陛下の許可を得て、私は思ったことを話す。
「はい、アガザエルトは好戦的ではありますが、カラコン、つまりそのガラスを利用しようとするのは、早計だと思うのです」
「ほう?根拠は?」
「そのカラコンが出来て、まだ一週間ほどです。それで王弟が生きていたとの噂が立つのが異様に早い気がします。国境から近いところから噂を立てなければ、ルディスタンにまでその噂は届かないと思います。また、アガザエルトに王弟殿下が話を持ちかけること自体が不自然で、アガザエルトとしては王弟が玉座についたとしても受ける恩恵は少ないと思います。それよりは平和的交渉をして友好関係を築いた方が得策だからです」
「なるほど。アガザエルト国王は関係ないと?」
陛下の言葉に首肯した。
「ミゲルの報告によると、ランシュアはアガザエルトのある貴族にそのガラスを渡したのだったな」
側に控えていたミゲルが頷く。
「現在、クリストファー殿下がランシュアの後を追っています。殿下の予想ですと、やはりエヴァ様のお考えのようにアガザエルト国王はこの事を知らないのではないか、とのことです。ランシュアが貴族を唆して王弟を名乗らせ、ルディスタンの玉座につかせた後、その貴族の愛妾となる計画なのではないか、とのことでした」
なるほど。だから短絡的で杜撰な計画のような気がしていたのよね。
それにしても愛妾って……。
「ランシュアは男色らしいからな」
私の疑問に答えるミゲルが、ゲンナリしていたのは気のせいだろうか?
「では、エヴァ。そなたならそのガラスを使っていることを見抜くことが出来るのではないか?」




