51.
四日ぶりにミゲルが我が家を訪れた。
ミゲルが来たと聞いたとき、ホッとした。また、殿下に会える。そう思っていた。だけど……。
「ミゲル、何だか久しぶりですね」
いつものように出迎える。しかし、いつも一緒に来ていた殿下の姿は見えない。
「エヴァ様、陛下より登城せよとのご命令です。私と一緒に来て頂きたく存じます」
訪問したのはミゲルだけ。それも王命で。
悲痛な面持ちのミゲルに、ただならぬ事態だと悟った。
「分かりました。すぐに参ります」
心配そうに見送る侍女たちに、
「大丈夫よ、すぐに帰るわ」
と伝えた。
王命での呼び出しは、すぐに帰れるようなものではないと分かりきっているけど、そう言わずにはいられなかった。
馬車の中では、ミゲルは何かを思い詰めた表情をしており、何があったのかを到底聞ける雰囲気ではなかった。
「エヴァ様。私と一緒に、どこか遠い国へ逃げませんか?」
ミゲルの口から零れた言葉は、切なさを含んでいて、どこか寂しげだった。
「エヴァ様が、殿下をお慕いしておられるのは存じております。ですが……」
「ミゲル、やめて」
これ以上、ミゲルの言葉を聞いていられない。絆されるとも違う感情。同情?憐れみ?良く分からないけど……。
「失礼しました」
ミゲルとはそれきり、王宮に着くまで言葉を交わさなかった。
王宮に着き、ミゲルにエスコートされ馬車を降りる。
「エヴァ様、私は……。何があってもエヴァ様の味方です」
ミゲルは、それだけ言うといつものように微笑んで、陛下の元まで案内してくれた。
「陛下、王命により馳せ参じました」
スカートの裾を摘まみ、腰を落として挨拶する。
「良く来た。エヴァ。少し聞きたいことがある。正直に答えてくれ」
「はい、仰せのままに」
「君は街のガラス職人に、目の中に入れることで色を変えられるガラスを作らせた。これは事実か?」
それは……。カラコンのことよね?
「はい」
「そのガラスは何色だったか?」
あのときは確か……。
「グリーンとアイスブルー、ピンクの三色でした」
街へ祭りに行ったときのことを思い出し、答える。
「では、そのガラスのことを知っている者は?」
ん?それを知っているのはあの時、あの場所にいた人たちだけよね?
「私と工房のご主人、殿下と護衛のミゲル様、ガマダセル公爵家のアレクシス様とアルフレッド様、私の侍女のアンナです。他には……。分かりません」
「そうか。そのガラスについて、ミゲルに話したのは教会の前で間違いないな?」
えっと……。ミゲルだけが後から来て、カラコンについて教えたんだわ。あの時は、殿下の変装がバレなければいいくらいの軽い気持ちでいたし、内緒話のように声を潜めていたわけではなかった。
「はい」
事実なので肯定する。
「そのガラスが悪用された。これは国家転覆の危機である。その事を考えなかったのか?」
青天の霹靂とはこの事を言うんだっけ……。
どこかに思考が飛びそうになるのを我慢し、陛下の言葉を反芻する。
簡単に目の色を変えられるカラコン。もしもそのカラコンが紫色だったとしたら……。王家の血筋だという輩が出てきてもおかしくない。というか、そうなの?
「王弟がこの国の王位継承権を奪いに来る」
「えっ!?」
王弟といえば、先王の側室の御子で殺されたという……?
「本物の王弟は生きている。しかし、王位継承権を奪いに来る輩は全くの別人だ」
王弟が存命だったことに驚く。それにしても何故今頃……?
カラコンができたことが、王位争いの切っ掛けになったに違いない。でも、あれはまだほんの一週間程前の話なのに。
「そなたに、責任を取ってもらおうか」
まさか、こんなことで……。その責任をとらなければならないなんて……。
唇を噛みしめ、自分の浅はかさを悔いる。
「仰せの……ままに……」
王家の男子にしか受け継がれない、王族の証。それが偽装できてしまうことの危機感は全く考えもしなかった。
さっき、馬車の中でミゲルが言った言葉は、こうなることが分かっていたからなのね……。
「ここにもう一人、呼んである。もうすぐ来るから待っていよ」




