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50.ミゲル、頑張る

「追ってきたか」

 馬を走らせながら追手を見やる。追手は二人。これくらいなら何とか振り切れそうだ。

 アガザエルトで、ルディスタンの王弟が生きていたとして攻め込むつもりなら、邪魔になるのは現在王位継承権があるクリストファー殿下だと考えられる。

「いたぞ、先頭を行く方を狙え」

 やはり狙いは殿下のみだ。

 渓谷は道なき道で、普通の人が通ることは難しい。だが、ここを抜けると、通常だと一日半かかる国境を半日で越えられる。

 追手も渓谷から先は追ってこないだろう。

 国境の普通のルートでは間に合わないし、私がこの国を出るのに怪しまれる。

 ルディスタン側にはアレクシスがいるけど、そこで時間を取るわけにはいかないし、アレクシスにはルディスタンに入ってから報せをやることになっている。

 渓谷に差し掛かったとこで追手が矢を射ってきた。

 矢が前を走っていた馬を掠めたため、馬が大きく嘶き馬上のモノがバランスを崩して振り落とされ、谷の深くへと吸い込まれていった。

「く、クリス様ー!」

 わざと大きな声で殿下の名前を叫び、次から次に放たれる矢を避け、後を追うように谷底に向かった。

「チッ、逃げ足の早いヤツめ。しかし、あの高さから落ちたなら助かるまい。引き上げるぞ」

 追手が引き上げるのをチラリと振り返り確認する。

 さっき落ちたものは、殿下が宿を出るときに着ていた上着。殿下の背格好に合わせた木の棒に服を掛け、馬の背に取り付け並走させていたため、遠目では実際に人がいるように見えただろう。上手い具合に騙されてくれたみたいで若干ホッとする。

 渓谷を抜けルディスタンに入り街へ出ると、クリストファー殿下が夕べ書いた手紙を駐在している兵士に渡し、急ぎ国境にいるアレクシスに届けるよう伝え、王宮へ向かった。






 王宮に到着し、陛下の元へ急ぐ。

「陛下、報告します」

 陛下の前で膝をつき、王弟が存命としてアガザエルトと手を組み、乗り込んでくる可能性があること、ユリウス伯爵家のランシュアがアガザエルトと通じていたこと、クリストファー殿下がランシュアを追っていることなどを告げた。

「やはりな」

 陛下はまるで全てお見通しだったかのように落ち着いておられる。

「王弟が生きている、か……。どこでそんな情報を得たのやら。ふっ、今まで露見しなかったことの方が奇跡とでもいうか……」

 陛下の表情は、怒っているようにも笑っているようにも見えた。

「レイ伯爵家のエヴァを呼べ。それからもう一人……」

 陛下の指示に従い、もう一人の人物へ登城するよう使いを出し、エヴァ様の屋敷には私が向かうことになった。

 もう一人、陛下が呼ぶように伝えた人物は、知っている者だったが……。何故、その人物なのかは不明だ。





 エヴァ様に何とお伝えするべきか……。

 アガザエルトの件は伏せておくにしても、今日は殿下の供ではない。

 一人で来たことに不信感を抱くだろう。それに今回は陛下の直々のお呼び出しだ。

 エヴァ様をお連れするため、馬車で屋敷前までやってきた。

 スーザンには話をしておかないとな……。

 レイ伯爵家……。エヴァ様付の侍女になっていた時、エヴァ様に好意を持った。殿下の護衛として来ていた頃は、エヴァ様に会えるのが楽しみだった。

 たった数日前のことが何だか懐かしく感じる。

 それに、アガザエルトに出立する直前に、皆でエヴァ様を怒らせたのだった。殿下だけは、もしかしたら謝罪に来ていたのかも知れないな、と今更ながらに思う。

 呼び鈴を鳴らし、陛下の命で来たことを伝える。伯爵にも事情を伝えて、エヴァ様を王宮にお連れする旨を話した。

「暫く大人しくなったと思っていたが、今度は何をやらかしたんだ?」

 もはや伯爵の言葉に突っ込みを入れる余裕はなかった。

「ミゲル、何だか久しぶりですね」

 侍女に呼ばれてやってきたエヴァ様は、いつもと変わらない笑顔を見せてくれた。

 その事に僅かに安堵した。これから先、エヴァ様に取っては良くない出来事が起きる。陛下に呼ばれるということは、そういうことだ。

 私はできるだけ平静を装い、エヴァ様に登城を願い出た。

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