35.
「兄さん、一体どういうつもり?」
伯爵家から帰ってすぐに僕は兄の部屋へと向かった。
「どういうってそのまんまだが?」
「僕が相手なら諦めようって思っていたって言ったのは、嘘だったの?」
「いいや、本気だったさ。でもな、王太子と婚約解消した今、誰がエヴァを狙うか分かんねぇだろ?あんなに可愛いんだ。先に手を打たないとね」
兄さんがエヴァのことを好きなのは知ってるけど。
しれっと答える兄を睨む。
「だからって、僕が結婚前提のお付き合いを申し込んでるところに、手紙なんか出さなくてもいいだろ?」
ホント、なんてタイミングだよ。わざわざ早馬まで使って。一応、ロラン伯爵には兄弟ともどもエヴァとの結婚は本気だと伝えたけどさ。
「俺が騎士団の訓練でいない間に会いに行った奴がよく言うよ。俺は今世でもあの子と結ばれたいの。クリスはルートだとか言っていたけど、俺とエヴァは運命なんだよ」
年上だからか余裕の表情で話す兄が、なんだか憎たらしい。
「でも、僕、譲る気はないんだからね」
「分かってるさ、だけど俺も本気でエヴァを落としにかかるよ」
兄は強敵だけど。僕だって負けないからね。
エヴァは可愛い。そして何事にも一生懸命だ。自分がやると決めたことは最後までやり通す根性がある。
それは前世からそうだったんだけど、彼女に前世の記憶があるのかは不明だが……。王妃様主催のお茶会のあとから性格が変わったから、もしかしたらそのときに何か思い出しているのかもしれないが、それを確かめる術はない。
俺は物心ついたときには自分が転生者であることを、なんとなく知っていた。
日本と言う国、今の世界ではあり得ない文明。何か違和感を感じていたが、それが前世の記憶だと解ったのは、初めてエヴァを見たときだった。
高飛車でワガママだと言われてたエメラルドグリーンの瞳は、本当は優しくて、努力家だった『めぐみ』の瞳の輝きそのものだったから。
雷に撃たれたかのような衝撃だった。前世の嫁だったんだから。そしてここが『めぐみ』のお気に入りのゲームの世界だってことも。
弟のアルフレッドが、やけにエヴァに懐いている。それを見るたびに胸が痛んだ。俺の嫁なのにって(前世のだけど)。
だけど、弟がエヴァを本当に好きで、彼女も弟のことを好きならば諦めようと思った。
でも、現実はそうはいかなくなってきた。エヴァの婚約者がこの国の王太子、クリストファーに決まったから。
本当にエヴァが、幸せになるのなら諦めなきゃいけないんだろうけど、諦めきれない自分がいる。
弟と結婚すれば、たまに会うことも可能だろう。でも、王太子妃になってしまえばおいそれと会うことはできない。だったら近衛騎士団に入れば、近くにいることが出来る。そう思って騎士団に入ったけど……。
なんと、そのバカ王太子がエヴァとの婚約を破棄しやがった。俺としてはラッキーとしか言いようがないんだが。
エヴァはかなり落ち込んでいた。許せん。
婚約破棄したくせに、エヴァを落とすとか言ってるし。
王太子クリストファーの言動を見ていると、なんだか様子が変だった。
『あの絵、ナントカ言っていた。前世であの子が作っていたものと同じものだ。やっぱりルートなんだ』と、確か他の令嬢から贈られた絵を見て何度も呟いていたし。
はっきりと前世だと言った。もしかしたら他にも転生者がいるのかもと思い、周りを注意深く観察していたら……。弟がそうだったんだ。
『バザーに行ってイベント起こしてきたし。王太子が婚約者でもあの家紋のハンカチさえ手に入れば……。』と言っていた。
前世で、『めぐみ』が家紋について調べていて、理由を聞いたら、ゲームのイベントで家紋の刺繍がなんちゃらって言っていたから。
エヴァにもめぐみの記憶があるだろうとは予測をしている。
クリストファー殿下が持ってる絵はそれまでこの国に存在しないものだったし、巷で切子グラスが流行し始めて、出所を尋ねたら、その提案をしたのがエヴァだったというから。
でも、どこまで記憶があるのかは定かではなかった。
あるとしたら、俺とめぐみが出逢う前までかと。俺や弟、王太子に対する態度からして、記憶が全て戻っているとは言い難かった。
だから、王太子に面会を求め、三者会談することにしたのだが……。
結局分かったのは、三人ともエヴァを狙っているという事実だけだった。
「……さん。兄さん?聞いてるの?」
弟の声でハッとする。
「何ボーッとしてるの?教えてよ。ハンカチの刺繍って僕から頼んじゃいけなかったの?」
あー、頼んじゃったって言ってたな。しょうがない奴。
「家紋の刺繍を男から頼むということは、『あなたの貞操を奪いたい』って意味があるんだぜ」
そう言うと、弟は顔を真っ青にした。
「だから、あの時伯爵が怒ってたんだ……」
それって伯爵にバレたってことだよな。御愁傷様。
エヴァは意味を知らなさそうだけどね、それはアウトだ。
俺は弟に向かって合掌した。




