23.
「あのとき、エヴァの意識があるか分からなかった。物音一つしなかったしね。それでも婚約解消を告げることが一番確実にエヴァが帰ってくる。メリーがそれを聞いて、主犯に報告すればメリーの仕事はそれで終わり。夜に君をベッドへと戻し、朝、普通に目が覚めるのを待つ予定だった。だけど、それはできなくなった。メリーにエヴァ行方不明事件を指示した犯人が、別の男にエヴァを拐うよう、命令したから」
主犯は多分、あの倉庫の中で私を恨んでいた女性だ。
「メリーはエヴァを連れ去ることに反対したけど、その場で騒ぐと、他の者に気付かれる恐れがあって、黙って男を手引きせざるを得なかった」
メリーは私をそれ以上害する気はなかったのね。
それでも私にしたことは許されることではないけど……。
「屋敷を見張らせていた者から、大きな何かを担いで男が出ていくのを見たと、報告が入ったときには生きた心地がしなかったよ」
「そうだったんですか……」
何だか他人事のように聞こえてしまう。その時の意識がなかったせいもあるだろうけど……。
「そのあと、男の行方を捜すのに時間がかかってしまって……。怖い思いをさせたね」
それでも助けに来てくれたことが嬉しかった。
それが義務だったとしても。
「エヴァの誘拐を企てた主犯には、逃げられてしまったんだ。そこで、エヴァを王宮で保護することにした。エヴァがここにいることを、メリーにだけ知らせないようにしてある」
「メリーが主犯に私が帰ってこないことを告げれば、何か行動を起こすと……?その犯人が捕まるまで私はここにいればいいんですね?」
「さすがはエヴァだ。察しがいい」
殿下の顔は笑っているがアメジストの瞳は全く笑ってない。何だかちょっと怖いです、殿下。
「私のエヴァを拐った挙げ句、傷物にしようとするとは……。許せん」
え?今何て言いました?“私のエヴァ”?
その意味、勘違いしそうになるのですが……。
急速に頬が熱くなる。
「それと、婚約破棄についてだけど、父上から自分で自分の伴侶となる人を見つけることができないうちは半人前だ、と言われてね」
陛下がそう言ったということは、私が婚約者に相応しくないと判断されたも同じこと。
頑張っていたんだけどなぁ……。何が足りなかったのかしら?
赤かった頬が段々青ざめるのが分かる。ショックのあまり唇を噛みしめていた。口の中に僅かに鉄錆の臭いがする。
「エヴァ、何をそんなに百面相してるの?あーあ、唇切れちゃって……消毒しないと」
殿下は私の唇を指でなぞったかと思うと、唇を重ねてきた。
突然の出来事に思考が停止する。この間、約十秒。
「……ちょっ……何をなさるんですか?」
やっと離れた唇にはまだ殿下の熱が残っている。
今、キスされた……。意味わかんない。
「何って消毒だよ。可愛いエヴァの唇が傷付いたから」
何それ?何それー!『私のエヴァ』とか『可愛い』とかってさっきからなんなんですか!
「殿下、婚約を解消した今、そのような行動はお慎みくださいませ」
「殿下じゃなくて、クリスって呼んで?」
「私たちはそういう関係ではありませんから」
殿下の行動に戸惑いながら、かなり近い位置にいる殿下を窘める。
「違うよ。婚約を解消したもう一つの理由は、エヴァを口説き落とすためだもの」
何ですと?
「父上に、自分の伴侶は自分で見つけろって言われるし、エヴァはデビュタントまで会わないっていうし、それなら婚約を一旦解消した方が、エヴァを自分で選んだ婚約者として紹介できるし、エヴァにも遠慮なく会えるしね」
そして極上の笑みを浮かべ
「だから覚悟しておいてね」
私、とんでもなくヤバい人を好きになっちゃったかもしれない。
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