20.
猿轡を外され拘束が解かれる。
「クリストファー殿下……?何故ここに?」
「話は後だ、立てるか?」
私を立ちあがらせようと手を引っ張られるが、腰が抜けて上手く立てない。
「何すんだ、この野郎!」
殿下に飛ばされた男が、キラリと光るものを振りかざし殿下に襲い掛かってきた。
殿下は剣を素早く引き抜き、男の手を払う。
カランと音をたてて落ちたそれがナイフだったことに気付き、背筋が凍る思いがした。
そのまま男をなぎ払うと男は床に倒れこみ、やがて動かなくなった。
「……殺したの……?」
「いや、殺しはしない。証人だからな」
ずっと我慢していた箍がはずれたのか、今になって震えてきた。
殿下はそっと抱き締めてくれた。
「助けに来るのが遅くなってすまない、怪我はないか?」
若干乱暴な扱いをされ、服を破かれはしたが怪我はしていなさそう。
「はい、大丈夫です」
殿下の温もりに包まれて、徐々に震えが治まってくる。不思議だわ。
「助けに来て下さってありがとうございます。殿下」
「当たり前のことをしただけだ」
当たり前、ですか……。
婚約者という立場にある者だから助けに来ただけだ、と言われた気がした。
震えは治まったものの、立てそうにない。
助かった安堵と、殿下への想いとごちゃ混ぜな感情が渦巻く。
「帰ろう」
背中と膝の裏に腕が回り、ひょいっと横抱きにされる。
お姫様抱っことかいうヤツだ。
「殿下、降ろしてくださいませ」
「却下だ」
いや、重たいでしょ?ってか恥ずかしいし。それ以前に、なんかいろいろとお聞きしたいことが山ほどあるのですが……。
私をお姫様抱っこしたまま、スタスタと外に出る。
え、ええ?ちょっ、いろいろとツラいんですけど?
「俺の首にしっかり掴まってろ」
と言われ、素直に殿下の首に手を回す。近くなった顔の距離に思わずドキッとする。
外には数名の兵士と、護衛と思わしき人がいた。
「中にいる男を捕らえろ」
兵士たちが建物の中に入る。
その凛とした声が格好よくて……。
殿下は、私を抱えたまま器用に馬に乗った。
馬上は予想以上に高かったが、殿下がしっかりと支えてくれていたおかげで怖くなかった。
馬が駆け足で道を行くのに、殿下の体幹は少しもブレない。鍛え上げられた身体にギュッとしがみつく。
「揺れるが我慢してくれ」
一言いうと、殿下は真っ直ぐ前を向き、馬を走らせた。
やっぱり、義務だけで私を助けてくれたんだわ。
婚約を解消するって言っていたけど、まだ正式には婚約者だものね。
殿下が現れたとき、嬉しくて、少なからず私の身を案じてくださったのでは?と思っていたが、それは都合のいい勘違いだったと分かってしまった。
「殿下、見せつけないで下さい」
「黙れ」
馬を走らせながら護衛と良くこんな会話が出きるわね、とどこか違う感想を抱いてしまった。
そうよ。殿下にとって私はただ婚約者という肩書きを持つ者。そこに恋愛感情は存在しない。
それがどうしようもなく、胸を抉られる。
暫くしてたどり着いたのは、王宮だった。
「え?うちに帰るんじゃなかったんですか?」
殿下を仰ぎ見ると目が合ってしまった。
「そのまま帰ったらご両親が驚かれる。それに少し協力して欲しいことがあるから」
「協力、ですか?」
「ああ、詳しいことはもう少ししてから話す。とにかく今はその格好をどうにかしないとね」
ふわりと微笑まれる。
ふ、不意打ちだわ。恋愛感情がないと知りつつもときめいてしまう。
馬から降りても、殿下は私を降ろしてはくれなかった。
「殿下、あの、そろそろ自分で歩けると思うのですが……」
小声で訴えるも
「却下だと言ったはずだ」
と言われ大人しく殿下に運ばれる羽目となり、そのままどこかの部屋に運び込まれた。
そこでようやく
ソファーに降ろされた。
「エヴァ、ごめんね。社交デビューまで会いたくないって言ってたのに、約束破って……」
頭を撫でられ、部屋に控えていた侍女に、後は頼むと言ってスッと離れていき、
「じゃあ、また後で」
殿下はそのまま、部屋を出ていった。




