19.
油断していたわ。新しいビーズが出来上がったと聞いて、急いで買い付けに行って……。浮かれていたわ。
だからあの子の異変に気付かなかった。
「お嬢様、朝早くにすみません。新しい香水ができたんですって。ぜひお嬢様に試していただきたいと思ってお持ちしました」
侍女が可愛らしい香水瓶を差し出す。
朝、いつも起こしに来る時間より小一時間早かったのだが、新作のビーズを早く使ってみたくて夜更かししていたのが祟って、ボーッとしていたせいもある。
「ありがとう」
微笑む私にシュッと香水を振りかけた。
甘い匂いが鼻をつき、次第にクラクラしてくる。
それが何やら薬のようなものだと気付いたのは、意識を失う直前だった。
私、このまま殺されちゃうのかしら?
ゲームにはこんなシナリオなかったから、対策とってなかったし。うっすらと浮上していく意識を何とか頑張って持ち上げる。
ここはどこだろう?
暗闇の中で働かない頭を巡らせる。
声が出せないように、猿轡のようなものを咬ませられ、手足が縛られていて、声も出せず身動きが取れない。
暫くして人の話し声が聞こえた。
この声は……お父様?そしてもう一人……。聞いたことのない声だったが、その言葉を必死で聞き取ろうと耳を澄ます。
『やはり、婚約を破棄しないことには彼女は帰って来ないだろう。でも、病で臥せっていることになっている今、婚約破棄しようものなら次期国王としては外聞がよろしくない。だが、いずれ婚約を解消することを約束しよう。これで、近いうちに彼女は無事帰ってくる。良いだろうか、伯爵』
これ、クリストファー殿下!?婚約を解消するって言った……?どうしてこんなことになってるの?私がここに拘束されていることと関係があるの?
よく考えなきゃ。しっかりして。よく考えて……。
私、また意識を失っていたんだわ。これって誘拐されてるのよね。
次に気が付いたときは、何かに揺られていた。音や揺れ具合からして、おそらく荷馬車だろう。身体は拘束されたままで顔や体がチクチクする。多分、藁の中に詰め込まれてるんだわ。なんてひどい扱いなのかしら?これでも一応、伯爵令嬢なんだけど。
暫くして、どこかに着いたのか揺れがとまった。
まだ意識がないフリをした方が無難ね。
藁を掻き分ける音がする。そして、何者かに担ぎ上げられた。
“ひゃっ……”
寸でのところで悲鳴を抑えられた私を褒めてあげたい。
うっすらと目を開けると当たりは真っ暗で、今が夜なんだと分かる。
どれくらいたったのかしら?
そして、そのままどこかの建物の中に入る。街外れの倉庫のようだわ。
「遅かったのね」
若い女性の声がして慌てて目を閉じる。
「ああ、ワリィな」
近くで発せられた声。私を担いでいる男の声だ。
ドサッとどこかに降ろされる。乱暴ね、とは思うもののここで目を覚ましちゃいけない気がする。
「まだ意識が戻らないのね、流石だわ。これでクリス様は私のものよ。こんな女……」
ひどく恨みのこもった声は、私に向けられたもののようで。
怖い……。
「ほら、これが約束の報酬よ」
「おぉ、ありがてぇ」
「まだよ、最後の仕事をしてもらうわ」
「何だって?そんな話は聞いてな……」
「その女を犯しなさい。報酬は倍にしてあげる」
「そりゃあ、いいな」
男の卑下た笑いと、女性の声のやり取り。他にも人の気配がするのだけど、目を開けられない状況では確認のしょうがない。
ちょっと待って。その女性が言うその女ってどう考えても私の事よね!?
「あなた、ホントにそこまでしてその子が憎いのね」
女性の声だが、今度の声は大人びた女性の声。少し歳がいってる感じだけど……。
「どうやってクリス様に取り入ったのか知らないけど、これでやっと私がクリス様に選ばれるんだわ。他の男に犯された女なんてクリス様の妃に相応しくないもの」
女性二人の声が高らかに笑う。
「じゃあ、そろそろお二人、出ていってくんないかなぁ?オイラ見られながら犯る趣味はねぇもんで」
一人呑気な声が、私の恐怖を煽る。
嫌、こんなところで知らない男に犯されるのは死んでも嫌ッ!
意識が戻らないフリをしながら、震えそうになる体を必死に抑える。
「わかったわよ。じゃあ、後はよろしく」
女性二人が出ていく音が聞こえた。
「へへへ、ワリィな。お嬢ちゃんには何の恨みもないんだがね」
怖い、誰か助けて!
男が近づいてくる気配がする。
もうフリをしてる場合じゃない。身動きのとれない身体を精一杯捻って、逃げようと試みる。
しかし、縛られた身体は僅かしか動かない。
「なんだぁ?気が付いていやがったのか。でも、まぁその方がイロイロと楽しめるからなぁ」
男の手が私の肩にかかった。そのまま服を引きちぎられる。
いやぁーーーー
助けて!殿下……………………。
こんなときだけど気付いてしまった。殿下への想いを。
こんなことになるなら、断罪とか恐れないで殿下とちゃんと向き合っていたら良かった。
少しでも私の思いを伝えていたら良かった。
バザーで初めて見かけた殿下に一目惚れしてしまっていたこと。
アルフレッド達に告白されて、ドキドキはしたけど、殿下のことを考えるときのようなときめきはなかったこと。
ちゃんと伝えないまま、こんなところで他の男に犯されるなんて絶対嫌だ。
男の手がさらされた素肌に伸ばされる。
必死に首を振り抵抗する。
男がのしかかってきた。
絶体絶命……!もうダメだ……!
“ドカッバキッ”
物凄い音がして、身体にのし掛かっていた重みが消え、それとほぼ同時に強い力で抱き締められた。
「エヴァ、大丈夫か?」
この声……。




