18.クリストファーの憂鬱 その2
街は活気づいていた。街の至るところにガラス工房があり、店頭にはガラス製品が置かれている。よく見ると、グラスにカッティング加工がされた、貴族の間で流行りの切子ガラスだ。ゆっくり見てみたいとも思ったが、先を急ぐ用事がある。
目的のガラス工房を見つけ、店に入る。
「いらっしゃいませ」
女性がでてきて対応してくれる。
「突然失礼する。昨日、ここにエヴァ・ドゥ・レイが来なかったか?」
単刀直入に聞く。
「エヴァお嬢様?ああ、確かにうちに来たよ。それがどうかしたかい?お貴族様」
エヴァの行方不明の件は、まだ伯爵家と自分たち二人しか知らない話だ。ここで騒ぎを大きくするわけにはいかない。
「いや、ちょっと訊きたいことがあるのだが……」
「それなら主人を呼んでくるよ。ちょっと待ってて」
そういうと、女性は店の奥に消えた。そして、暫くして男性を伴って現れた。多分、この人がご主人だろう。
「こんにちは、何かご用ですか?」
厳めしい顔の中に埋もれる黒い瞳。俺は瞠目した。
「……エヴァが、昨日ここに寄ったとのことだが、どんなものを買ったのか知りたい」
「……一応、企業秘密なんだけど。何か訳ありなんだろ?殿下」
最後の一言は聞こえないほど小さな声で発せられた。
店の主人が、見せてくれたのはカボションカットのガラスの粒。試作に試作を重ねてやっと出来たのだという。彼女はこれを買った。それも大量に。一体何に使うのか分からないが、彼女がこれを購入したのは間違いない。
その他はいつもと変わりない様子だった、と店の主人から話を聞いた。
「やはりな。エヴァが自分から消息をたった可能性はなくなったわけだ」
次に伯爵家に向かいながら推測する。
元からそんな可能性は考えていないが、念のためにこの店で確認をとった。
「そうですね、私から見ていてもその様な素振りはありませんでしたし」
「それはそうと、お前そのまま伯爵家に行って大丈夫なのか?」
「心配無用です」
伯爵家を訪ねると、伯爵夫妻が出迎えてくれた。
「殿下、わざわざお越しいただいて恐れ入ります。娘がこんなことになるなんて……」
人払いをしてある部屋で伯爵夫妻と話をする。
伯爵夫妻は、エヴァのことを心配してか心なしか窶れているようにみえた。
「こちらこそ、突然すまない。この件については、他言してないだろうか?」
「はい、屋敷で働くものには病で臥せっている、と伝えてあります。ただ侍女には嘘をつけないので、事実を伝えて、時折部屋でお世話をするフリをしてもらうよう、殿下の指示通りに全て行っております」
「それでいい。早速だがエヴァの部屋を見せていただけないだろうか?」
「はい、こちらでございます」
エヴァの部屋の前まで案内される。扉をノックし声をかける。
「すまない、病で臥せっていると聞いて見舞いに来た。少し会えないだろうか?」
中から侍女の声がする。
「少しだけでしたらお会いになるそうです」
扉が開き、侍女が入れてくれる。
一緒に伯爵夫妻も部屋に入り扉を閉める。あまり派手ではない落ち着いた雰囲気の部屋に、机と本棚、テーブルとソファー、天蓋付きのベッドとごく普通の令嬢の部屋である。
テーブルには刺繍の道具と、刺繍の施されたハンカチーフがきれいに片付けてある。その刺繍のモチーフには見覚えがあった。
……この紋様、アイツか。
腸が煮えくり返る、とはこのことか。
次に机に近づく。整頓されていて特に変わったところはない。
「他に特に変わったことはないか?怪しい人物に心当たりは?」
「実は、侍女が一人いませんで……、何やら実家の母親が危篤だそうで、早朝に実家に帰したのですが……」
「その侍女は、エヴァが行方不明になったことを知っているのか?」
「いいえ、まだ娘が居なくなることが分かる前の話ですので」
「あの子が怪しいに決まってるわ。どうしてお嬢様と同じ頃に居なくなるのよ?」
「メリー、やめなさい」
「アンナさん、でも……」
メリーと呼ばれた侍女が涙ぐむ。それを窘める侍女。そして今朝から居なくなったという侍女。
なるほど、そういうわけか。
他に何か手掛かりになるものはないか部屋を見回す。
すると、クローゼットの近くにあるモノを見つけた。
「やはり、婚約を破棄しないことには彼女は帰って来ないだろう。でも、病で臥せっていることになっている今、婚約破棄しようものなら次期国王としては外聞がよろしくない。だが、いずれ婚約を解消することを約束しよう。これで、近いうちに彼女は無事帰ってくる。良いだろうか、伯爵」
そう伝えると、伯爵は頷いた。
「殿下がそう仰るのであれば、我々に異存はございません。元々、うちの娘には王太子妃など性格上、務まりませんから」
「では、失礼する」
おい、いろいろ突っ込みたいが……。それを飲み込み、伯爵家を後にした。
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