17.クリストファーの憂鬱 その1
バッテンガー侯爵家令嬢、マリア・リンデ・バッテンガーか。初めて会ったのは視察で行ったバザーの時だったか。ストロベリーブロンドの髪の女の子だったな、と思い出す。気になるな……。
「クリストファー殿下、陛下がお呼びです」
「分かった。すぐ行く」
父からの突然の呼び出し。いや、突然ではないな。多分、来るだろうと予想はしていた。隣国の皇帝陛下と皇后陛下が訪問すると聞いていたため、大体の見当はついていた。
真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を真っ直ぐ進み、豪奢な扉を開ける。謁見の間に父王と王妃、隣国の皇帝陛下夫妻が揃っていた。
「お呼びだと伺いました、父上」
「クリストファー、こちらはヒゴーノ帝国のションナサル皇帝陛下夫妻だ」
「初めまして、皇帝陛下、皇后陛下」
膝をつき、挨拶をする。
「初めまして、君がクリストファー殿下だね?」
「はい」
ションナサル皇帝陛下の妻、皇后陛下はストロベリーブロンドの髪を結い上げている。
それがどういう意味か、言われなくても分かっている。
この国では珍しいストロベリーブロンドの髪はヒゴーノ帝国ではさほど珍しくない。
バッテンガー侯爵夫人はヒゴーノ帝国の皇后陛下の妹にあたる。
「姪のマリアが殿下に大変お世話になっていると聞いたもので、是非ご挨拶を、と思いまして」
「これはご丁寧にありがとうございます」
「マリアは非常に殿下をお慕いしているようで、これからもよろしくお願いしますわね」
上辺だけ見れば、皇后陛下とのやり取りはなんでもない社交辞令だ。
だけど……知っている。彼女が自分を慕っていることくらい。そしてその理由も……。
まるで蛇のような絡み付く視線に些か嫌悪する。
「私の婚約者であるエヴァと親友だと聞いておりますので、こちらこそよろしくお願いします」
と頷き、謁見の間を退室した。
『クリストファー様、お会いしたかったですわ』
と、俺の前に現れたマリア令嬢。それから、婚約者であるエヴァの親友だと言っていた。
視察で街に出ると、いつも何処からともなく現れて、声をかけてくる。
エヴァとは会えないでいるものの、マリアからよくエヴァの話を聞かされていた。
『婚約者なのに会わないって不敬ですわ。殿下のことを蔑ろにして……。殿下がお可哀想です』
『初めてのお茶会の時に“高熱を出された”と聞いて、殿下にお見舞いを、とお花を摘んでいただけなのに、ものすごく怒られたんですのよ』
実はものすごい高飛車でワガママだとか、伯爵家の者のクセに侯爵家の私にマナーがなってないといってくるだとか。他にも、エヴァには他に好きな人がいて、ムリヤリ婚約させられたことを恨んでいるとか。よくその相手とデートをしているとか。先日も、郊外まで一緒に出掛けていたと話していた。
ああ、何やら“宝石で作られたもの”と言って綺麗な天使の絵をプレゼントしてくれたこともあった。アレは取っておいてある。
ストロベリーブロンドの髪はよく目立つから、何処にいてもすぐ見つかる。そしていつも紫色のドレスを着ているのだ。
そして必ず
『私なら、
そういえば、先日届いたエヴァからの手紙……。アレは、どう見ても……。
「殿下、失礼致します。火急の用件がございます。至急、執務室までお越しください」
マリアについていろいろと思いを巡らせていると、侍従が慌てた様子で呼びに来た。
急いで執務室に戻ると、一枚のメモを渡された。
『クリストファー殿下との婚約を解消しろ』
走書きの様なもので書かれた文字。これは一体どういうことだ?
「エヴァ様が行方不明になられた、と伯爵から連絡がありました。伯爵家で、このメモ書きが見つかったそうです」
つまり、婚約を破棄しないことにはエヴァの安全は確保できないと、暗にそういっているのだ。
すぐに兵を出して捜さなければならないところだが、ここで騒ぎを大きくすると後々面倒なことになりかねない。
今は、ヒゴーノ帝国からのお客人が来ているからな。
「とにかく、エヴァがいなくなった時の詳細が知りたい」
「はい、これに」
差し出された紙に目を通す。
昨日の夕方、街で買い物。その後、行きつけのガラス工房から帰宅。その後夕食を家族でとる。就寝までは侍女たちがついていた。今朝、起こしに行ったところ、既にもぬけの殻だった、と。
「ガラス工房に向かう」
昨日、エヴァが寄ったとされるガラス工房。何かヒントがあるかもしれない。
一縷の望みをかけ、厩舎に向かう。
「殿下、護衛もつけずに出られてはなりません」
慌てて引き留めた侍従に、
「じゃあ、お前ついてこい」
と言葉を残し、部屋をでた。
「まあ、お前ならすぐに追い付くと思ったがな。お前なら剣の腕も立つし、安心して護衛を任せられる」
「殿下、それは少々買い被りすぎです。私がついていながら、エヴァ様を拐かされました。いかなる処分でもお受けします」
「処分の件は後だ。今は彼女を捜す方が先決だ」
「ありがとうございます」
二人は急ぎ街へ向かった。




