思惑の外
「どうやら落ち着かれたようですね、ピカロ・ノスティール」
ピカロにとっては意味不明のダイザブロウの言葉。
それはピカロを落ち着かせるのに十分な驚きを与えていた。
同時に冷静さも。
(言葉では何とでも言えるのよ。言葉では)
そして一度冷静になると、いつもの悪い癖が出始める。
(自由に生きろ? なら試してやるわよ)
だがしかし、ピカロは本当の意味でやはり冷静ではなかった。
ピカロが今立っている場所がどこなのか。
ダイザブロウがペロと呼んだ魔獣がどれだけのものだったのか。
あまりにも普通でないそれらをすっかりと忘れていた。
「えーと、ダイザブロウだっけ?」
「おお、私の名前を憶えていてくれたのですね」
ダイザブロウがうれしそうに満面の笑みを浮かべる。
(何なのよこいつ、調子狂うわね。まあいいわ)
「ダイザブロウあなたの言葉が本当なら、もちろん私に協力してくれるのよね?」
「もちろんですピカロ・ノスティール」
いつもの調子を取り戻したつもりになったピカロは、挑むようにダイザブロウを見つめる。
そして無理難題をダイザブロウに投げつける。
「なら私を元居た場所に連れて行ってよ」
「わかりました」
(え?)
だがしかしピカロの思惑は大きく外れていく。
ピカロにとっての無理難題はダイザブロウにとって、特に難しいことではなかった。
むしろあまりにも簡単なことだった。
「ピカロ・ノスティール、あなたが行きたい場所、国や街の名前を教えてください」
(え?)
あまりにも簡単に聞き返してくるダイザブロウ。
そんな彼の言葉をピカロの頭は直ぐに理解できなかった。
「ピカロ・ノスティール? さあ、あなたが行きたい場所を」
(ふん、これだって、言葉だけならだれでも。いいわ、とことん付き合ってその鼻っ柱をへしおってやるわよ!)
「レンブール王国の王都よ」
「はて? レンブール? 今はそのような国ができているのですね」
(やっぱり、口だけじゃない! しかも国を知らないふりなんて、最低の言い訳ね)
ピカロはダイザブロウを罵ってやるつもりだった。
だが、彼女の口から罵りの言葉が発せられることはなかった。
「ピカロ・ノスティール、地図はわかりますか?」
「は? どういうことよ?」
「もし地図が読めるのであれば、今から地図を出しますので場所を教えてほしかったのですが」
「地図くらい読めるわよ!」
「それは助かります。では」
次の瞬間、ピカロの目の前に地図が表れる。
ただそれは普段見慣れた紙の地図ではなかった。
「な、なんなのよこれ!?」
「何と言われても。地図としか答えようがありませんが」
「こんな地図、見たことないわよ!」
ピカロの前に現れた地図は宙に浮く球体だった。
「これは一体なんなのよ!」
「ですから地図だと」
「こんな丸いものが地図なはずないじゃない!」
「そう言われましても。人口衛星からの映像をもとにした、この世界の地図なのですが…」
予想外の展開。
予想外の言葉。
ダイザブロウはピカロの思惑をはるか彼方に置き去りにしてしまう。
「ピカロ・ノスティール、あなたの知っている地形はありませんか?」
「あ、え、あ!」
(レンブール半島!)
「どうやら見つけたようですね」
「この半島の先がレンブール王国よ」
「なるほど、ここですか。では行きましょうかピカロ・ノスティール」
「は?」
ダイザブロウの言葉と共に周囲の色も景色も全てがなくなる。
そしてピカロの目の前にはいつも見慣れた景色が広がっていた。
「へ?」
「ここがレンブール王国で間違いありませんか? ピカロ・ノスティール」