怒りと涙と困惑と
(は? え? はああっ?)
ピカロは完全に混乱していた。
(は? へ? いま、わたしに一目惚れっていった?)
父親や家を通した婚姻の誘い(大体が第四とか第五婦人だった)は何度かあった。
だが、生まれてこのかた、男に面と向かって告白されたのは初めてだった。
「ピカロ・ノスティール?」
「ちょ、え、あんた、なに言ってるのよ!」
「なにと言われましても。強いて言えば、愛の告白でしょうか?」
ダイザブロウの愛の一言に、ピカロの頭は更に混乱する。
そして、それを誤魔化す為に、大きな声で相手を威嚇した。
「愛って。わたし達、今初めて会ったばかりじゃない!」
「それがなにか?」
「それがなにかって、色々おかしいじゃない!」
「おかしいと言われましても、何処がでしょうか?」
ダイザブロウの漆黒の瞳が、ピカロの瞳を見つめ返す。
「だ、だ、だって、愛とか好きってもっとこう、お互いが時間をかけて」
「なるほど。私の告白は急すぎると?」
「そ、そうよ」
「ふーむ、時間ですか。わかりました」
「へ?」
「では私はしばらく貴女と一緒にいることにします」
「は?」
「貴女が仰ったではありませんか、お互いが時間をかけてと。ならばその時間をかけるために、私は貴女のそばにいることにします」
ピカロが否定する全てに、一切の迷いのない口調で矢継ぎ早に提案を返すダイザブロウ。
その迷いの無さと、真っ直ぐな視線にピカロ戸惑いは更に深くなる。
(こいつ一体何が狙いなの?)
そして戸惑いは疑いに変わる。
ピカロの生きてきた世界は、それほど優しくもないし単純でもない。
こんな明け透けな言葉をピカロは信用できなかった。
「折角の提案だけどお断りさせてもらうわ」
「ふむ、理由を聞かせていただいても?」
「簡単よ、あなたを全く信用できないから」
「なるほど。確かに初対面の私を信用してくれ、と言うのは無理がありますね」
「そうよ!」
「ではどのようにすれば貴女の信用を得られますか?」
「それは、その」
「ピカロ・ノスティール。参考にしますので、貴女が信用している人物はどのような人物教えていただけませんか?」
(わたしが信用してる人間? 信用? ……)
「ピカロ・ノスティール?」
ピカロはダイザブロウの問いに答えを持ち合わせていなかった。
なぜなら。
「そんなもの……いないわよ! 弱小貧乏貴族の三女なんて、家の中では邪魔物以外の何者でもなかった」
一度話し出すとピカロの口は止まらなかった。
「お金もないコネもない! だから自分の手でなんとしてものしあがるしかなかった! 例え影で罵られようとも、回りを蹴落とし、相手を騙し、なんとしても這い上がるしかなかった!」
一度吹き出した気持ちは、もう収まりが効かなかった。
ダイザブロウの問いへの答えではなく、ただ自分の人生への不満と怒りが羅列され続ける。
「信用できる人なんてものはいなかった! それでも学園ではうまくやれてたのに、あのまま卒業できてれば、まともな職について、まともな生活ができたのに、あともう少しってところだったのに!」
ピカロの目から涙が溢れだす。
ピカロ本人もなぜ泣いてるのかわからない。
それでも涙が溢れだす。
「どこかの王族とかいう訳のわからない奴が、全部台無しにした! なんで? いままで歯をくいしばってやって来たのに、あんな脂ぎった親父のせいで!」
そう、ピカロはただただ悔しかった。
「ここまで努力してのしあがったのに、あんな男のしかも第五婦人になんかなりたいわけないじゃない!」
どんな理不尽も乗り越えてきた自分の人生を、いきなり無茶苦茶にされたことに怒っていた。
「しかも求婚を断ったら、反逆罪よ! 私が何をしたの? あの国に仇なすことなんか一度もしていない! 好きでもない男の求婚を断るのは国にとって仇なすことだというの?」
ただただ怒っていた。
「お父様もお母様もお兄様もお姉様、家の人たちも誰も誰も助けてくれなかった。島流しになったときに見送りにも来てくれなかった。こんなくそったれな人生で誰を信用しろっていうのよ!」
寒さにうちふるえながら、叫ぶピカロを暖かなひかりが包み込む。
(?)
そしてダイザブロウがピカロの予想だにしない言葉を口にする。
「ふむ、これは私にとっては喜ばしいことかもしれませんね」
「は? なにが喜ばしいのよ!」
「私が貴女の最初の人物になれる機会があるからですよ。ピカロ・ノスティール。私がなってみせましょう、貴女が信用できる最初の人物に」
「は?」
「貴女は自由に生きて下さい、貴女は自由に怒って下さい、貴女は自由に泣いてください」
「へ?」
「貴女がこれから進む道の障害を全て排除してみせましょう。貴女の怒りの源を全て叩き潰しましょう。貴女に涙させる根源を全て消し去ってみせましょう」
「え?」
「そして私を見てください、その強き意思を宿した瞳で」